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新たな人生

嘘つきました(笑) 蘭狐の実齢がわかります。


 銀色の月光に照らし出された山道に美しい笛の音が響き渡る。どことなく寂しさを感じさせるその音色は一層、静寂な森に寂寥感を与えた。

一段と濃くなる妖気を全身で感じながらも晴人はその笛を止めることはない。


その時、晴人の足元をすっと何かが通り抜ける気配がした。


――またか…。


見れば緋色の小鬼が焦ったように走りさっていく。それはその小鬼に限らず、目線を動かせば様々な奇怪ななりをしたモノたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていた。

なぜなら前方から放たれる妖気が凄まじい勢いで山を覆い尽くしていったからだ。山に巣食っていた低属な妖たちは急に放たれた強い妖気に恐れを抱き、急いで逃げていったのである。



――ある意味、仕事が減って楽だな…。



と、のんきなことを考えてながら晴人は最も妖気が強い場所までくると、そこで笛を吹く手を止める。







「……あら?もう止めてしまうの?」


クスクスという含み笑いとともに妖艶な女の声が響きわたった。声のする方を見ると前方の木の幹から一人の女が現れる。


「ほう…、そなたが噂の美女か」


流れるような銀髪に琥珀色の瞳、そして絹のように白くて麗しい肌に見たことのないような艶やかな衣をまとった女が妖艶な雰囲気を放ちながら立っていた。たしかに見るものを惹き付ける絶大な魅力がその女にはあった。


「…くす、あなた綺麗な顔してるわね。ねぇ、今夜は私と過ごさないかしら?」


そう言うと蘭狐は晴人に歩み寄り、細いがしっかりとした首元に自らの腕を絡ませた。

その妖艶さに他の男であればすぐに飛びつくだろうが、晴人はしれっとした態度で言い放つ。



「美人は好きだが、生憎『妖狐』と寝る趣味はないんでね」



「―――っ!?」



その言葉に蘭狐は瞬時に表情を変え、後ろへ飛び退いた。


こいつ、ただ者ではない……。


――直感がそう自分に告げる。

まさか、自分の本性を見破る人間がいるとは思わなかったからだ。目の前にいるこの男は相当の眼力を持っているにちがいない……。

蘭狐は晴人と6メートルくらい距離をとると、改めて男の姿をよく見た。


年は二十歳前後だろうか、濃い紫の下襲に白く透けた狩衣をまとい烏帽子をかぶっている。腰まで伸びた髪を先だけ軽く結わえて流している。鼻筋の通った整った顔立ちをしており黒曜石のような瞳はまるで見るもの総てを見透かすようであった。



「……貴様、何しにきた」



口調を変え蘭狐は凄まじい殺気を放つ。それは黒いオーラとなり蘭狐の身体にまとわりついた。木々がざわめき、周りの空気が急激に冷え始める。

しかしその様子を目の前にいる男は涼しげな顔で見ていた。普通の人間――いや、たとえ陰陽師であってもこれほどの邪気に当てられたら立っているのが困難なはずだ。


「……本当はそなたを倒すよう言われていたが、生憎私は約束を守らない方なんでね」



「――は?」



予想外な発言にしばらく思考停止すること20秒――


「――じ、じゃあ何をしにきたのよ!!」


蘭狐の声に若干ヒビが入った。自分でもそのことに吃驚する。


――私はこの男を恐れている!?


自分を倒しにきたわけでもないのに、態々自分の元へきた陰陽師――。

目の前で平然と立っている男に少なからず自分の奥底で恐怖心が芽生えていることを蘭狐は認めざるをえなかった。

なぜならこんなケースは200年生きてきた中で一度も無かったからだ。


しかし、その恐怖心も次の一言で粉々に粉砕した。




「…お前、私のところに来ないか?」













「――それで、なんで私があなたのところに行かなきゃならないの?」


パチパチと音をたて焚き火が二人の姿を照らしだす。さっきの一言で敵ではないと確信した蘭狐は改めて晴人の話を聞くことにしたのだ。丸太に腰をかけ微妙に警戒しながらも蘭狐は向かい側の地べたで胡座をかいて座っている男を見た。


「ところでお前は邸がないのか?」


「あるわよ!!」


開口一番に失礼なことを言うに晴人に蘭狐は思わず素で突っ込んだ。恥ずかしさのあまり赤面したが、暗闇だったためばれないのが幸いだった。恨めしそうな目でくしゅんとくしゃみをしながら寒そうに身体をさすっている晴人を軽く睨む。


「――ゴホン。と、とにかくさっきからお前お前って失礼ね。てか態度変わってない!?私には蘭狐っていうちゃんとした名前があるのよ!」


若干棚に上げた部分は流すとし、いっきに捲し立てる蘭狐に晴人は口の端をニヤリとつり上げた。


「…ほう、『蘭狐』というのか。そりゃどうもありがとう」



そこで、蘭狐は自分の犯した最大の過ちに気がついた。相手のペースにいつの間にか飲まれ、晴人に本名を教えてしまったのだ。


――本名を教える。

これは、知能のある妖なら誰しも知っている禁忌の一つだった。しかも能力のある陰陽師に知れればもはや命取りである。なぜなら名前で相手を操ることができるからだ。

蘭狐は思わぬ失態に先ほどよりも火がでるように顔が真っ赤になった。

そんな蘭狐の様子に晴人は優しく微笑む。


「そういえば名前を聞いておいて自己紹介が遅れていたな。私の名は安倍晴人だ。今度から晴人と呼べ」


「…はる…ひと?」


蘭狐は驚愕した。まさか相手が本名を名乗ってくるとは思わなかったからだ。 その驚きっぷりに晴人は堪えきれず豪快に笑った。

「…くくく、そんなに驚くな。案ずるでない、私は名前で妖を操るなどといった趣味はない」


晴人はひとしきり笑うと目尻の涙を拭いながら困惑の表情をした蘭狐に向き直る。

「蘭狐…お前の能力を貸してほしいのだ」


「私の…能力…?」


いつになく真剣な表情で語る晴人に蘭狐は聞き返した。

「つまり、私に協力してほしいということ?」


晴人はニヤリと笑うと話を続ける。


「まぁ、そういうことだ。最近どうも怪しい動きをする輩が増えてきてな。そやつらの芽を摘み取ってほしいのだ」


「それは何か私に利益でもあるの?」



「……………」



「ないのかよ!」


再び突っ込む蘭狐は今度こそ自分の愚かさに落胆した。盛大に溜め息をつくとそこら辺に落ちてた木の棒で焚き火を消しにかかる。 つまりは『撤収』ということだ。

それに気づいた晴人は慌てて止めにかかった。


「いや、まて!…あるにはある。だから、もう少し話を聞いてくれ」


「……何よ」


「今まで退屈で仕方なかったのだろ?ならばその美貌と能力を違ったところで使ってみないか?きっと退屈しないと思うが…」


「それ今思いついたでしょ」


ハァ〜と蘭狐は溜め息をつくとゆっくりと瞼を閉じた。たしかにこの男のいうとおり良い退屈しのぎになるかもしれない。それほど蘭狐の妖としての生命は長く退屈なものだった。蘭狐が自らの美貌をもって男たちを騙していたのも日々の生活が退屈でつまらなかったからだ。


――ならば、この男の話に乗ってみるのも面白いかもしれない。


生まれて200年以上ずっと山奥で暮らしていたのだ。たまには人里に下りて暮らしてみるのも悪くないだろう。

蘭狐は決心したように瞼を上げ、金色に光る瞳で晴人を見つめた。



「――いいわよ。その話、乗ってやろうじゃないの」

「そういうと思った」


晴人はくすりと微笑むと懐から白い紙を取り出した。それに息を吹き掛け道に飛ばす。道に飛んでいった白い紙は一瞬で牛車に変わっていた。


「ならば話が早い。私の邸へ案内しよう」


晴人の差し出された手を掴み蘭狐はすくっと立ち上がる。


「私の部屋はちゃんと用意してあるんでしょうね」


「案ずるな。部屋の一つや二つどうにでもなる。それとも私の部屋で共に寝起きするか?」


一瞬で真っ赤に染まる蘭狐の顔に、晴人はまたも豪快に笑った。さきほど、自分の首に自ら腕を絡ませてきた女とは全くの別人のようであった。化けの皮が剥がれるというのは、まさにこのことをいうのかもしれないとくだらないことを考えながらそっぽを向く蘭狐を牛車に乗せる。


――とにかく、一見落着ということか……。


晴人は茂みの奥を一瞥すると自分も牛車に乗り込む。

それを合図に供のいない牛車は二人を乗せてゆっくりと山道を下っていった。



そして、その様子を茂みの奥から見つめる緑色の双眸があった。






『………行ったか』


晴人の作りだした式神の牛車が遠くに消え去るのを見計らうと、茂みからガサガサッと一匹の鼠が出てきた。


緑色の瞳をくるくると回し今まで蘭狐たちが座っていた焚き火の後を見る。


『――ちっ、晴人に先を越されたか。まあ、よい。他に打つ手はたくさんある』

そう言うと、鼠はまた茂みの中へと潜っていった。




『とにかくこのことを吉田様に報告せねばならぬな』





銀色に光る月下でまた一つ不穏な事件が起きようとしていた。


安倍 晴人(あべのはるひと) 20才 178センチ 祖父である晴明の血を引き継ぎ、飛び抜けた頭脳と能力をもつ。聡明だが面倒くさがり。

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