不穏な噂 3
シンプルな造りの、しかし質は良い調度品で整えられた部屋。部屋の奥に備え付けられた机と椅子。革張りの椅子に深く腰掛けている男はその鋭い眼光で、机の上に広げられた書類を睨み付けている。
ダン・アームストロング長官。
警察庁の新しい長官は、その短く刈り上げられた髪をイライラと掻き上げながら、書類に書かれている報告について考えていた。
彼が新たに作り上げた、対能力者用部隊”ヘル・ハウンド”は、概ねその役割を全うしていると言っていいだろう。
しかしダンを今悩ませているのは、そのヘル・ハウンドの隊長に任命された一人の警察についての不穏な噂であった。
「・・・なるほど、犯罪者に対する過度な暴力の目撃証言が多数・・・ね」
文面を読み上げて忌々しげに舌打ちをする。
もしそれが本当の事ならば許されざる事だ。ダンの目指している正義とはほど遠い。正義の象徴であるべき警察官がみだりに暴力を振るうなど、あってはいけないのだから。
考え込んでいると、不意にドアがノックされる硬質な音が響く。
「・・・入りたまえ」
ダンの許可を得た来訪者は、「失礼します」と言ってから部屋に入ってきた。
見事なブロンドの髪を、たっぷりの整髪料でなでつけた警察官の男。バッジで階級は警部だと分かる。
来訪者・・・ヘル・ハウンドのまとめ役であるレオン・レパード警部を、ダンは様々な気持ちが入り乱れた視線で睨め付けた。
「忙しい中呼び出してすまないね、レパード警部」
「いえ、お呼びとあらばいつでも」
出来る男の見本と言わんばかりに、レオンの立ち姿には一部の隙も無い。こんな優秀な男が暴力を振るっているなどと信じたくはないのだが・・・。ダンは、ほんの一瞬目を閉じて気持ちを切り替える。
感情で判断を下してはいけない。信じる正義のため、ただ冷静に判断を下すマシーンになるのだ。
再び開かれたその鋭い眼には、鉄のように硬く冷えた意志の光が宿っていた。
「・・・レパード警部、今回君を呼び出したのは他でもない、この書類についての話だ」
差し出された書類を不思議そうに受け取るレオン。そして書類を読み進めていくと、だんだんとその顔が青ざめていった。
その反応からダンは、レオンがこの件に関して心当たりがあるのだということを確信する。
「・・・何か言い訳はあるかね? レパード警部」
「・・・・・・何かの間違いでは? 私は決してこんなこと・・・」
とぼけようとするレオンは、しかしダンの鋭い目線に射すくめられてだんだんとその声が小さくなっていく。
「レパード警部、君がそういうのなら今回だけその言葉を信じよう。しかし火の無い所に煙は立たないものだ・・・もし今後もこの報告が上がり続けるようであれば・・・残念ながら君はヘル・ハウンドの隊長から下りてもらわなくてはならなくなる」
ダンのその言葉を聞いた瞬間、レオンの表情が急変した。
先ほどまでは少し青ざめた、現場を押さえられた犯罪者のような表情を浮かべていたレオンだが、ダンの言葉を最後まで聞いた瞬間、その顔から一切の表情が抜け落ちた。
まるで人形のように無表情になったレオン。そんなレオンの変化をジッと観察しながら、ダンは用が終わった事をレオンに伝える。
「私の話は以上だ・・・レパード警部、私を失望させてくれるなよ?」
「・・・・・・・・・はい・・・・・・では、失礼致します」
去りゆく部下の姿を、ダンは鷹のような鋭い目線で見送るのだった。
◇