新たなる火種
「・・・ほら、一応の応急手当は終わったわよ」
小さくため息を吐きながら巻き終えた包帯をギュッと縛る。裏切りの麗人、メグ・アストゥートは目の前の大男を嘲るように笑った。
「しかし最強の加速能力の使い手が聞いて呆れるわね。まさか年端もいかない少年に斬られてむざむざと逃げるなんて」
大男・・・麻薬王セルジオ・バレンタインはその言葉を聞いて不機嫌なうなり声をあげるとゆっくりと立ち上がる。
「・・・うるせえよ。見てろ、この傷の借りは必ず返してやる」
タトゥーの炎が燃える鋭い眼が怒りでギラリと輝いた。ズキズキと痛む背中の刀傷が自身の敗北を忘れ去れてくれないのだ。
ニンジャボーイ。
彼の顔に泥を塗ったヒーローの名を、麻薬王は決して忘れないだろう。
「ふふっ、怖い怖い。麻薬王さんはお怒りのようね」
妖艶に笑ったメグはスタスタと部屋の隅にあるデスクに歩み寄った。
恐らくはどこかの安いビジネスホテルの一室。申し訳程度に設置された家具の一つであるシンプルなデスクの上にはポツンとUSBメモリが置かれていた。
メグはひょいとソレを取り上げるとピッチリとしたスーツの胸ポケットにメモリをねじ込む。セルジオは思わずその豊満な胸元に視線を向けた。
ヒュウと下卑た口笛を吹いた後にニヤニヤと笑いながらセルジオは口を開く。
「それで? 例の話しは本当なんだろうな?」
「ええ、本当よ・・・まあ、例え嘘だったとしてもアナタはあのまま彼の組織に残る気はなかったのでしょうけど」
「たりめぇよ。誰が好き好んで負けることが前提の戦になんて参加するかよ・・・頭が逝かれてやがるぜ」
セルジオのその言葉にメグは薄く笑った。
「確かにその通り・・・ボスは・・・ジョセフ・ボールドウィンは頭が逝かれている。だけどその狂気が悪人達を引きつけて強靱な組織を作り上げたのよ」
「・・・ケッ、カリスマってやつかね? まあオレ様はアイツと心中なんてホモくせえマネはごめんだがな」
「ふふふっ、だから私の作戦に乗ったのでしょう? 合格よセルジオ・バレンタイン。アナタを私の所属する組織に案内しましょう」
「・・・約束のブツは忘れんじゃねえぞ?」
「もちろん、約束は守るわ」
ニヤリと笑ってセルジオは立ち上がる。ゆっくりとメグのもとまで歩み寄ってその柔らかな頬に右手を当てた。
「いい女だぜ全くよう」
「ふふっ、アナタの働きに期待しているわよ加速者さん」
悪は滅ぶことがない。
新たな火種は再び燃え上がるその時までそっと静かに力を蓄えるだろう。
◇