機動力
「ほらよ!」
セルジオの蹴りがエマに迫る。
所謂ヤクザキック。後先を何も考えず力のままに右足を突き出したその攻撃は、技術的には幼稚なモノとはいえ、その巨体から繰り出される破壊力を侮って良い物では無い。
エマは能力を発動すると翼を大きく広げ、フワリと後方に浮かび上がってその蹴りを回避した。
しかしこの場所は狭い室内。机などの障害物や壁と低い天井がエマの能力を十分に発揮する事を許さないのだ。
(この場所での戦闘は圧倒的に不利・・・データを盗んだメグ・アストゥートに逃げられた今、負ける可能性の高い目の前の敵にかかり切りになるのは得策じゃ無い・・・ならば)
エマはチラリと背後の窓を見た。
翼を持つ彼女ならば窓から飛び出して戦線を離脱して他のヒーローの助力に向かうことが可能だろう。
そしてそうした方が全体の利になることは明らかだった。
そう判断したくるりと体を反転させると一気に窓に向かって駆けだした。両腕を顔の前で交差させ、そのままの勢いでジャンプして窓を突き破らんとする。
「させるか、よ!」
エマの行動を妨害せんと能力を発動するセルジオ。
能力 ”誰もオレを捕らえられない”(アクセラレート)
それは物体を加速させるセルジオの強力な超能力。
加速したセルジオはエマの進行方向に先回りするとその巨大な拳を彼女に叩き込んだ。
「きゃあ!?」
短く悲鳴を上げて吹き飛ばされるエマ。
体格差が大きいためか、エマの華奢な体は周囲の家具を巻き込んで壁まで飛ばされる。
「いーぃ声で鳴くじゃねえか」
余裕たっぷりの表情で首をゴキリと鳴らしながら近寄ってくるセルジオを睨み付けながら、エマはフラフラと立ち上がった。
「舐めるな!」
カッと目を見開くエマ。
背中の翼をバサリと羽ばたかせ、その推進力を利用して一気にセルジオとの距離を詰める。ダッシュの勢いを拳に乗せて油断しているセルジオの腹筋に全力の右ストレートを撃ち込んだ。
体をくの字に曲げるセルジオ。しかしエマは拳の先に伝わる硬い筋肉の感触で、その一撃が大したダメージになっていない事を悟った。
「痛てぇなクソガキィ」
炎のタトゥーで縁取られた獰猛な瞳がギョロリと動いた。
セルジオの無骨な右手がニュッと伸びてエマの首に掴みかかる。万力で喉を絞められたエマが苦悶の声を上げるなか、セルジオは歯を剥き出しにして顔をぐっと近寄せる。
「圧倒的に攻撃力が足りてねえなヒーロー? テメエみたいなガキの拳が本気で鍛えた男に通用すると思ってたのか?」
攻撃力不足。
それは常々エマの課題となっていた事だった。確かに彼女は選択を間違えた。先ほどの一撃は顎や頭部など、筋肉の関係ない場所を狙うべきであったのだ。
薄れゆく意識の中、エマは最後の抵抗とばかりにキッとセルジオの顔を睨み付ける。
「ハッハァ! いいね、気の強い女は嫌いじゃねえぜ」
しかし戦況は絶望的だった。
エマが死を覚悟したその瞬間、ソレは訪れた。
スッと音も無くセルジオの背後に現れた小柄な人影。その人影は背中から何かを抜き取るとセルジオに向けて容赦なく攻撃を仕掛ける。
「ギャアァア!?」
謎の人影に襲撃されたセルジオは背中の傷口から血を吹き出して派手に床に転げる。解放されたエマは咳き込みながらセルジオを襲撃した人影を見上げた。
「ヒーロー ”ニンジャボーイ” ここに見参!」