罠 3
何も障害物の無い場所で多数の敵を相手にするという事は不可能に近い。ならばこそジェームズは半壊した建物の中に飛び込んだのだ。
建物は至る所で火の手が上がり、スプリンクラーが作動していて床は塗れている。恐らく長居していてはこの建物の崩壊に巻き込まれて死んでしまうだろうが・・・それでも確実に死んでしまうであろう外にいるよりはいくらかマシだった。
複雑に入り組んだ建物の中を縦横無尽に駆け回る。崩れた瓦礫の山をひょいと飛び越えて後ろを振り返ると3人程の追っ手がこちらを発見したようでもの凄い勢いで迫ってきていた。
「待てやコラァ!」
瓦礫を飛び越えてきた最初の一人に目がけてジェームズは冷静に前蹴りを叩き込んだ。”爪先の異端者” によって硬化された爪先が敵の腹部にめり込んでそのまま地面にうずくまる。
続けてきた二人も冷静に対処すると、ジェームズは他の追っ手に見つからない内にその場を急いで離れるのだった。
(しかしマズいな。二、三人だったらなんとか対処できるのだが・・・囲まれてしまったら一気に形勢が不利になる)
ジェームズは腰のポーチから無線機を取り出すと警察への連絡を試みる。しかし応答は無かった。恐らくソードが先ほど言っていたように警察庁への襲撃があったのだろう。
これでは警察が応援に来るまで時間を稼いでおくという戦法が使えない。それどころかここをいち早く片付けて警察庁へこちらが応援に行かなければマズい事態に陥っているようだった。
メグ・アストゥートが敵側の人間だとわかった以上、他のヒーローへの連絡も不可能だと思っていいだろう・・・もちろんアイドル活動中のエマや祖父の家に行っているケイゴに連絡もされていない。
「・・・八方塞がり・・・か」
圧倒的にこちらの戦力が足りない・・・せめてこの場を切り抜けるだけの戦力が整えられれば話しは変わってくるのだが・・・ジェームズはそっと唇を噛みしめた。
ジェームズが監獄内を適当に走り回っていると、どうやら囚人達が捕らえられていたらしい部屋が立ち並ぶ場所に出たようだ。かつては厳重に閉じられていたであろう部屋の扉はすべて解錠されている。
「・・・ようヒーロー。どうした? 切羽詰まった顔してるようだが」
そんな中、ジェームズに話しかける声があった。振り向くと、一つだけ扉が施錠されたままの部屋があり、その中から声が聞こえる。
ジェームズはその部屋の前まで歩み寄り、小窓から中を覗き込んだ。そこに居たのはボサボサの黒髪とキリリとつり上がった眉をした獰猛な表情の男だった。
「俺を解放してみないかヒーロー。そうしたらこの場に跋扈する邪悪を全て滅ぼしてやるぞ?」
「邪悪を・・・滅ぼす?」
何故かその言葉に聞き覚えがある。
ジェームズの脳裏に浮かんだのはかつて麻薬王セルジオ・バレンタインと戦ったあの廃工場の中で出会った一人の能力者の言葉。
『邪悪・・・滅ぶべし!』
あの時出会った狼男の姿と目の前の獰猛な男の姿が重なる。
「まさか・・・お前は・・・」
次の瞬間、ジェームズの背後から大勢の足音と供に怒鳴り声が鳴り響いた。
「見つけたぜぇ! ミスターTだ!」
やってくる追っ手の数は十を超えている。焦りの表情を浮かべるジェームズに、男は静かな声で語りかける。
「さあどうするヒーロー? 助かりたいのなら俺を解放するんだ・・・そこのボタンを押せば扉は解錠される」
この男は間違いなく悪だ・・・しかし・・・。
ジェームズは迷った後、追っ手の方向をちらりと見て苦々しい顔で扉の横のボタンを押した。
カチリという硬質な音と供に扉が解錠される。
「感謝する」
短くそう言った男は扉を開けて外に出た。
迫り来る犯罪者達の方向に向き直ると唇を捲り上げてその鋭い犬歯をむき出しにした。その姿はまさに肉食の獣を思わせる獰猛さだ。
「邪悪・・・滅ぶべし!」