罠 2
「素晴らしいなミスターT。まさかクラウス・アーロンをこうも容易く沈めるとは我々としても予想外だよ」
パチパチとやる気の無い拍手をしながら男が歩いてきた。
黒色のフード付きパーカーを着けた顔色の悪い男。目の下には不健康を主張するように濃いクマがくっきりと浮かび上がっており、怠そうな三白眼の瞳がギョロリとジェームズを見据えている。
「・・・お前は、いつぞやの暴漢か?」
ジェームズは男の顔に見覚えがあった。
そう、前に道ばたで女性を人質に取って暴れていた能力者の男・・・しかしあの時のような凶暴な様子は全くなく、冷徹なその雰囲気はまるで別人のように感じられるほどであったのだ。
「おや、俺を覚えていたか・・・まあどうでも良いことなんだが」
そう言って男、ソードは手で何かの合図を行った。
「・・・ふむ、なるほどな」
ジェームズは周囲を見回して自分の状況を理解する。
彼を囲むように集合した大量の脱獄犯達。彼らはいづれもこの場所に収監されていたという事は凶悪な能力者だ。
「先ほどのお前の言葉を返そうかミスターT。これはお前が弱かった訳じゃない・・・単に相性が悪いのさ。仮にさっきお前が倒したクラウスならば多対一のこの状況でも対応できただろう。アイツの防御力を突破できる奴なんてそうそういないからな・・・だがミスターT、お前はどうだ?」
嘲るようなその言葉にジェームズは無言を貫く。
「攻撃に特化したお前の能力はタイマンでは絶大な威力を発揮するが実は多対一の状況に対応できない。
今まで警察の援護があったからこういった状況は無かっただろうがな」
「・・・よく私の能力を研究しているな」
「もちろんだとも。ヒーローの中ではお前が最も厄介だからな・・・だからこうやってお前を殺すためだけに罠を張らせてもらったのさ」
「私がこの場所に来るとわかっていたとでも言うつもりか?」
「わかっていたんじゃねえ・・・誘導したんだよ」
そこで一呼吸置いてソードはニヤリと口角をつり上げた。
「メグ・アストゥートは俺たちの仲間だ」
「・・・なるほどな・・・そういうことか」
悔しそうな表情を浮かべるジェームズにソードは一歩前に出るとその右腕を一振りの刃に変化させる。
「警察の援護を期待するなよ? どうせ警察はもう烏合の衆だからな」
「烏合の衆・・・まさかお前達!?」
目を見開いたジェームズを見てソードは高笑いをする。
「これから死ぬお前には関係ねえよ!」
そして周囲にいた脱獄囚たちが一斉にジェームズに襲いかかった。
まさに絶体絶命の危機。
しかしジェームズは冷静に瞼を閉じて左手で目を覆うと、腰のポーチから取り出したフラッシュグレネードを宙に放り投げた。
パッと炸裂するグレネードとそこから漏れる破壊的な光。
集団はその視力を一時的に奪われて皆その身をかがめる。その隙をついて駆けだしたジェームズは前にいた男を蹴りでどかして半壊した監獄の中へとその身を投じた。
「逃すな! 追うんだ!」
ソードの怒鳴り声を聞いて視力を回復した脱獄犯達は彼を追って建物の中へ走り出すのだった。