凶報
「シャア!!」
庭に出たケイゴは鋭く気合いを入れて自身の頬をピシャリと叩いた。祖父の家での特訓は当初の予定より大分長引いてはいるモノの、それでも確かに自分が強くなっていく実感が得られている。
「気合いが入っているなケイゴ。よきかなよきかな」
カカッと警戒に笑ってやってきたのはケイゴの祖父であるケイゾウ・タナカ。日本の古流武術のマスターであり、ケイゴの師だ。
「ほれ、朝の組み手だ。どんと来い」
ケイゾウの投げた木剣を宙で受け取るケイゴ。そのまま二三度素振りをして感触を確かめてから木剣を正眼に構える。
その隙の無い構えを見てニヤリと笑ったケイゾウはいきなり手に持っていた何かをケイゴに向かって投げつけた。
凄まじいスピードで飛んでくる黒い影。しかしケイゴは慌てる事無く必要最低限の動きでソレを回避すると当たって地面に落ちたソレをちらりと一瞥する。どうやらその変に落ちている石つぶてを右手に握りこんでいたらしい。地面には無数の石が転がっていた。
「ほれっ行くぞ!」
一気に距離を詰めるケイゾウ。握り締めた木剣を振り上げ・・・なんとそのまま投げつけてきた。
勢いよく飛んでくる木剣に完全に虚を突かれたケイゴは何とか反射的に自身の木剣で飛来物をたたき落とす事に成功するが、それはすでにケイゾウの術中に嵌まっているも同然だ。その小さな体を生かしてあっと言う間にケイゴの懐に入り込んだケイゾウは胸ぐらを掴んでケイゴの体を担ぎ上げる。
その老体のどこにそんな力があるのかと思うほどの勢いで投げ飛ばれたケイゴは必死で受け身を取る。
しかしケイゾウはそんなケイゴに追撃を仕掛けてきた。
いつの間にか拾っていた木剣を振り上げると、地面に叩きつけられたケイゴに容赦なく振り下ろす。反撃の余地の無い完璧なタイミング、今までのケイゴなら為す術も無くやられていただろう・・・そう、今までの彼ならば。
振り下ろされた木剣の切っ先は空を切ってそのまま地面に突きささる。突然地面に横たわっていたケイゴの姿が消えたのだ。
「何?」
驚いたケイゾウ。次の瞬間その背後から影よりケイゴが奇襲をしかける。
先ほどの攻防の中、咄嗟に自身の影に身を隠したケイゴはそのまま影の中を移動するとケイゾウの背後から姿を現したのだ。
「ボクの勝ちだよじいちゃん」
木剣の切っ先をケイゾウの首筋に突きつけて勝利を宣言するケイゴ。そんな孫の姿にケイゾウは嬉しそうに両手を上げる。
「カカッ! やるようになったのケイゴ。ワシの負けだ」
「じいちゃん、ボクそろそろ帰るよ」
祖父と供に夕食を食べながらケイゴはそう告げた。
「・・・そうか。気を付けろよケイゴ、何というかお前のやっている仕事はこのワシから見ても過酷なモノだからな」
「ははっ、じいちゃんが心配してくれるとは思わなかった」
そう言って笑うケイゴにケイゾウはどこか寂しそうな表情を浮かべた。
「ワシも歳を取ったという事よな。武術家としては弟子を過酷な環境に置いて育てるという事に何の抵抗もないんだが・・・爺としてはテメエの孫に危ない目にあって欲しく無いんだな、コレが・・・」
ソレは意外な言葉だった。
ケイゴにとって祖父はいつも元気が良く豪快な人物であったし、情け容赦の無い武術の師であった。こんな風に弱々しい祖父の姿を見るのは初めての事だ。
「・・・大丈夫だよじいちゃん、ボクは負けないから」
「・・・・・・ケイゴ・・・・・・ふんっ。その程度の実力でよくほざきよるわ」
そう言っていつもの顔に戻った祖父を見てケイゴは微笑んだ。
これでいいのだ。弱々しい顔をした祖父など見たくは無い。
「さて、辛気くさいのも何だしテレビつけていい?」
「勝手にしろ。リモコンはそこにあるだろ」
ケイゾウの許可を得てテレビをつけるとちょうどニュース番組をやってた。小綺麗な格好をしたニュースキャスターが何やら慌てた様子で報道をしている。
『緊急速報です! 都心の二カ所で同時爆発テロ。場所はサクセス銀行の本社と先日暴漢の侵入がありましたクイックリー警備の本社です。現在警察やヒーローが対応中とのこと・・・・・・』
テレビから流れる映像にケイゴはポカンと口を開けた。
「・・・・・・え?」
◇