ヒーローの仕事
「・・・ここが資料室です。基本的な活動のマニュアルもこの場所に保管されてあるので、何かわからない事があったらこの場所で調べることをオススメします」
そう説明しながらエマはちらりと背後を振り返った。そこには真剣な様子でエマの説明を聞いている大人の色香の漂う女性の姿・・・研修でこちらに来ているメグ・アストゥート女史だ。
事務室で簡易的な自己紹介を終えた後、ヒーロー部隊のリーダーであるジェームズが「女性同士の方が何かと気を使えていいだろう」という理屈でメグにこの施設の案内とヒーロー活動についての大まかな説明を丸投げしてきた。
尊敬すべきヒーローであるジェームズの言葉だからこそ素直に従ったが、仮に同じ言葉を同僚のケイゴが放ったのならエマはその場でビンタを喰らわしていただろう。
女性だからとか男性だからとか、仕事を割り振る理由に性別を使われるのはエマの一番癇に障る行為なのだ。
それに女性同士だからやりやすいなどという事も無い。プライベートでの遊ぶ相手ならともかく仕事相手で女性男性の区別はしないし、何ならエマは初対面のメグの事が何故か少し苦手であった・・・その理由は自分でもわからないのだけれど。
資料をパラパラとめくっていたメグが何かわからない箇所があったのかページをめくる手を止めた。
「・・・エマさん。少し質問をしても良いでしょうか?」
「どうぞアストゥートさん」
「ありがとう。でも私のファミリーネームは呼びづらいでしょう? メグと呼んで下さって結構ですよ」
「・・・わかりました。どうぞメグさん」
「ふふ・・・それじゃあ少し分からないところがあるのだけれど。資料を読んでいるとヒーローの活動は基本的にメインとなって犯罪者を取り締まるヒーローとそれをサポートするヒーローの二人一組で行われる事が多いみたいですね?」
「ええ、その通りです」
「それは少し無駄では無いですか? ヒーローの数は少ないです。もっと警察と連携を取ってサポート役を警察に任せれば今より多くの事件を網羅できるのでは?」
メグの言うことはもっともだ。
絶対数の少ないヒーローが二人一組で行動するとどうしても手の回らない事件が増えてしまう。これは軍部の中でも多く話し合われてきた議題なのだ。
「確かにメグさんの言うとおり効率は悪いかもしれません・・・しかしこれは軍の上層部でも何度も話されてきた議題なのですがヒーローは絶対数が少ないからこそより確実に、そして安全に一つの事件を解決できるように二人一組というスタイルを取っているのです」
「より確実に安全にですか・・・」
「ええ、凶悪な能力者による犯罪者が増えている現状、ヒーローという戦力は本当に貴重なんです。確かに分散して多くの事件を担当するという事もメリットがありますが・・・それはヒーローが負傷するリスクが大きくなる事も意味します。ならばこそ二人一組で確実に一つずつ事件を解決した方が全体の利になると軍は考えています」
ならばヒーローの数を増やせば良いという意見もあった。
しかしそう簡単な話では無いのだ。
まず戦闘に適した能力者が少ない。そしてその能力者の中で軍に所属しているものはさらに限られる事となる。
それにヒーローになるという事は街中での戦闘における能力の使用が国から許可されると同時に様々な制約を負うこととなるのだ。
まずヒーローとして求められるのは戦闘向けの能力者でかつ殺傷能力は低いというレアな能力者。もしくは殺傷能力が高い能力を有しながらそれを熟練の技術で制御することのできる能力者だ。
基本的に今街中の戦闘で能力の使用を許可されているのはヒーロー部隊しか存在しない。警察の中に戦闘向けの能力を持つ人物がいてもそれは事件解決の役には立てない。
超能力とはそれほど危険なモノなのだ。
「・・・なるほど一応理解はしました。しかし、ご存じの通り私はクイックリー警備に所属している者です」
「? ええ知っていますが・・・」
メグの突然の発言にエマはキョトンと首をかしげた。
そんなエマに不意にメグはグイッと顔を近づけると強い語気で言葉を放った。
「ヒーローのみが凶悪な犯罪者に立ち向かえる戦力であるという現状に私たちは危機感を覚えています。法を改定すべきです・・・それが無理ならヒーローという仕組みをもう少し効率の良いモノに変えるべきなのです」
その言葉には隠しきれない彼女の熱意が込められていた。
民間の警備会社に所属している彼女だからこそ感じることもあるのだろう。
「・・・失礼しました。熱くなりすぎたようです」
「・・・・・・いえ、参考になる意見をありがとうございました」