刃 4
「・・・アナタは?」
ポールはかすれた声で尋ねた。
見たところ警察では無さそうだ。それどころか男は柔和な笑みを浮かべてはいるモノの、カタギの人間では無いようにすら思えた。
その柔らかな笑みの裏側に隠しきれない狂気が潜んでいるような圧をポールは感じ取ったのだ。
「私の名前はジョセフ、ジョセフ・ボールドウィンだ・・・まあ名前などどうでもいいか。君の問いに答えようポール・トレイシー・ジャスティス」
ジョセフは真っ直ぐな目線でポールの瞳を覗き込む。
何もかもが見透かされたような気がして少し居心地が悪くなった。
「・・・そうだな。私という存在を一言で表すのならば・・・”正義の味方になり損ねたモノ” とでも言おうか」
正義の味方に・・・なり損ねた・・・。
ポールはジョセフが言った言葉を頭の中で繰り返す。何故かその言葉はモヤが掛かったように正常に働いていないポールの思考の奥底にストンと入り込んでくるようだった。
「ポール、私の顔に醜い火傷の跡があるだろう? 私は幼少の頃に大きな火事に巻き込まれてしまってね、この傷はその時に負ったモノなんだ」
ジョセフは静かな声で語り始める。
「我が愛しき母君は大火事の中幼い私の手をふりほどいて一人でサッサと逃げてしまった・・・炎の燃えさかる建物の中で取り残された幼い少年。生存は絶望的だ。だがそんな生きることを半ば諦めた私の前に颯爽と現れたのは一人のヒーローだった」
そう語り聞かせるジョセフの目は、まるで輝かしい過去を懐かしむかのように優しく細められていた。
「その時私は初めて正義を知った・・・そして憧れたさ、”正義の味方” ってやつにね」
そしてジョセフはゆっくりと自身の懐に手を入れると中から安物のハロウィンマスクを取り出すと何故かそのままマスクを被った。
不気味なゴム製のマスクは、まるでソレが彼の本当の顔であるかのような表情をして違和感なくその立ち姿に馴染んでいる。
「・・・しかし残念ながら私は正義を行う事ができなかった。正義を行おうと試みる度に炎の中私の手を振り払った母親の姿が頭を過ぎって・・・そして世界を憎んでしまうんだ」
今ジョセフはどんな表情を浮かべているのだろうか。
自身の過去を語るその声は淡々としており、表情の無いゴム製のマスクだけが不気味にポールを見つめている。
「どうやら私は正義に憧れる事はできても正義を行う事は出来ない人間らしい」
皮肉げにそう言ったジョセフの言葉にポールは雷に打たれたような衝撃を受けた。
気がついてしまったのだ。
目の前のこの男は自分と同じなのだと。
「ポール、君のことは調べさせて貰ったよ・・・どうやら君も私の同類らしいね」
ジョセフの視線がちらりとポールの腕に向けられる。
「体を刃に変化させる能力・・・素晴らしい力だ。その力を私の目的のために貸してはくれないだろうか?」
「・・・アナタの目的?」
「ああ」
そこでジョセフは一呼吸置いてゆっくりとポールの元まで歩み寄る。
ポールの肩に手をおいてジッと目線を合わせた。
「正義になりそこねた我々が、悪を持って正義に問いを投げかけるのさ」
◇
ソードはパチリと目を開いた。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようで、寝転んでいたソファーの下には寝る直前まで読み込んでいた資料が散らばっていた。
「・・・ずいぶんと懐かしい夢を見たものだ」
ポール・トレイシー・ジャスティス。
過去に捨てたその名をそっと口にする。
正義を冠するその立派な名前は、きっと情けない小悪党としか生きることの出来ない自分には重すぎたのだろう。
ソードは立ち上がって散らばったテーブルの上から半分ほど中身の減ったウィスキーの瓶を取るとそのままラッパ飲みする。
強い酒精が喉を焼く感覚。
酒が冷え切った体を温めてくれた。
瓶を乱暴に机に置いて床に散らばった資料を拾い集める。
「・・・もう間もなく答えはでる」
入院しているパワーの傷が癒えたら作戦は開始される。
最大の悪でもって行われるその問いは、きっと彼が長年求めてきた ”正義”というモノの本質を浮き上がらせるだろう。
それが良いことなのか悪いことなのか、壊れてしまった彼にはもう分からなかった。
そっと自身の右拳を見つめる。
ああそれは、触れるモノ全てを傷つける一振りの刃に似ていた・・・。
◇