刃 2
相手は有名ないじめっ子で、ポールは同級生を助けようとしたのだと言うこともあり自体は大事にはならなかった。
しかし迎えに来てくれた母親は何も言わず悲しい顔をしてソッとポールの手を取ったのだった。
先生の説教より何よりポールには母のその悲しい顔の方が何倍も堪えた。
そして決めたのだ。
もう自分は決してこの拳を握らないのだと。
月日は流れ、ポールは少年から青年へと変わった。
すらりと高い背丈に雄々しき精悍な顔立ち。しかしその目の下には濃い隈が浮かんでいる。ポールは自身の掌を見つめた。
あの日
もう拳を握らないと決めたあの日の決意はあっさりと覆る事となる。
あのいじめっ子の上級生は報復のためにと仲間を連れてポールの元にやってきたのだ。
最初は抵抗しなかった。
こうやって複数人に暴行を受ける事も、自分が人を傷つけてしまうよりは何倍もマシだと思えたからだ。
しかし何発か良いパンチを顔面に貰った時、ポールの意識は途絶えた。
気がついた時には彼の周囲には血にまみれた少年達が転がっていた。
幼きポールは震える手を目線に掲げた。
この掌は、近づくモノを全て傷つける刃だ。
そして、自分には平穏な生活を送る事など決して出来ないと悟ったのだった。
その日からずっとポールは眠れぬ夜を過ごしている。
目の下の隈は日に日にその濃さを増していき、いつしか睡眠不足で死んでしまうのでは無いかと思えるほどであった。
(・・・死んでしまうのならそれでもいい・・・こんな危ない奴なんていなくなった方が世のためだろう)
かつて正義に燃えていた少年はもうそこにはいなかった。
ここにいるのは正義の燃えかす。
正義を志し、そしてソレが自分にかなえられないモノだと知った絶望のなれの果てだ。
「ポール・トレイシー・ジャスティスだな?」
背後からかけられる野太い声。
ポールが面倒くさそうに振り返ると、そこにはいかにもといった容姿のチンピラが5人ほどニヤニヤと笑いながらこちらに歩いてくるところだった。
大きくため息をつく。
複数の不良を一人で叩きのめしたあの日から、こうやって毎日のように街の喧嘩自慢達がポールの元にやってくるようになった。
毎日、毎日。
休む間も無いほどだ。
そうした日々の中、皮肉にもポールの天才的な闘争の才は磨かれてゆく。
ポールはゆっくりと右拳を握り締め、大きく振り上げてかけだした。
・・・ああ、その拳は全てを傷つける刃に似ている。