悪の敵 3
「社員証か入館許可書をご提示下さい」
大手警備会社 ”クイックリー警備”
その入り口に男は立っていた。
空に昇った真ん丸な満月がその男を照らし出す。
ボサボサの黒髪にキリリとつり上がった眉毛。ウルフは入り口に立つ屈強な警備員を前にして無言でギロリとその巨大なビルを見上げた。
表ばかり立派に取り繕ってその実裏では巨悪を働いている・・・彼の目にはこの小綺麗なビルが異臭を放つゴミ溜めにも見えた。
「邪悪・・・滅ぶべし!」
そう叫んだウルフは呆気にとられている警備員の胸ぐらを掴むと圧倒的な膂力で身体を持ち上げてそのまま投げ捨てた。
ドアをこじ開けると警報が激しく鳴り響くがそんなモノはもはや気にならない。
彼の瞳はまっすぐに悪を見つめているのだから。
「不審人物が一階に侵入! 警備の者が数人軽傷を負っています!」
慌ただしく走り回る職員達。
警備会社なだけあって一般的な会社より対応がスムーズだ。警備員達は警察に通報した後、道具を揃えて一階に急行。一般職員は相手が強力な能力者である可能性も考慮して速やかに避難を始める。
ウルフはビルの最上階を目指してズンズンと突き進む。
先日確認した見取り図は完璧に頭の中にインプットされている。だから初めて訪れた場所ではあるが迷うこと無く進めるのだ。
目の前の数人の男達が立ちふさがった。皆警棒や刺叉などを構えて何か叫んでいるがすでにウルフの耳には意味のある言葉として届かない。
もはや彼は人間では無く悪を狩る一匹の獣なのだから。
咆哮。
ウルフの喉から放たれるは空気をビリビリと振るわせる人外の咆哮。
そして変化が始まった。
メキメキと音を立てて骨格が組み変わる。筋肉は激しく隆起し肌は分厚く浅黒く変わった。体毛がどんどんと伸びていき全身を覆う。爪がそして牙が鋭くそして長く伸びていき、ソレがかつて人間であったことが嘘かのように変化する。
ソレは一匹の怪物であった。
狼から気高さを取り払い、人間から知性をそぎ落とした。獰猛さと醜さを掛け合わせた無垢な一匹の怪物だ。
目の前に現れた怪物に絶句する警備員達に向かってウルフはもう一度殺意を込めた咆哮を放つ。
放たれる桁外れの殺気と漂う肉食獣の香り。
警備員達は本能的な恐怖に襲われて一目散に散っていった。
下っ端に用は無い。ウルフの目的はあくまでも幹部クラスの犯罪者達。恐らく先ほどの警備員達は上層部が何をしているのかも知らない一般人だろう。
ウルフはズンズンと奥に進むとエレベーターの前にたどり着く。
電気が止められているようで使用は出来そうに無いが、素直に階段から上層階に上がっても敵の思うつぼだろう。
エレベーターの扉に指をかけ、その怪力で無理矢理扉をこじ開ける。空いた空洞の中に顔を突っ込んで上を見上げると、どうやら思った通りワイヤーを使ってここから上に上れそうだった。
警察がくるまでそう時間はかからないだろう。事は速やかに済ませなくてはならない。
ウルフはワイヤーを掴むとするすると上に上がっていった。そのスピードは驚くほど早く、彼の身体能力の高さがうかがえる。
あっと言う間に上層階まで昇ったウルフは閉じているドアに思い切り蹴りを入れて破壊し、ジャンプしてフロアに着地する。
ギョロリと鋭い目線で周囲を見回すとタイミング良く廊下からこちらに来る人影が見えた。鼻歌を歌いながら陽気に歩いてきた大柄の人物はエレベーターのドアを蹴り破って出てきたウルフの姿を見て呆然と口を開けた。
全身を覆うキラキラと輝く金色のスーツ。髪は派手な紫色に染め上げ、目元には炎をかたどったタトゥーが彫り込まれている。
麻薬王セルジオ・バレンタイン。
かつて逃した大物がまさか目の前に現れるとは・・・ウルフは自分の幸運に感謝した。