祖父
ケイゴはグッと筋肉を伸ばして完治した肩の調子を確かめる。
入院の期間はトレーニングができなかったので筋力は落ちているようだが動きに支障は無いようだ。
退院したその日、ケイゴが向かったのは祖父の住む田舎町だった。
彼の入院中に行われた任務で、チームリーダーであるミスターTと熟練ヒーローのガンマスターが主犯の男を取り逃がしたという。
立て続けのヒーローの失態に世間の目は冷たかった。
このままではいけない。
今の自分には力が足りないと感じたケイゴは有給を取って自分を鍛え直す事に決めた。
そう、彼の武術の師でもある祖父の元へ・・・。
電車から降りたケイゴは懐かしい景色に目を細める。慌ただしい都会とは違った穏やかな空気が流れている。
その場でストレッチを始める。
長い入院生活で凝り固まった筋肉を足から順番に時間をかけて全身をほぐしていく。いつ何が起きても即座に対応出来るように念入りに・・・。
そして身体が温まった頃合いでようやくケイゴは歩き出した。目指すは祖父の住む家、この駅からは徒歩で15分といった所だ。
目の前に広がる巨大な和風の庭園。
和の雰囲気を感じさせる瓦屋根の木造建築。庭には枝振りの良い松の木、小さな池にはたくさんの色鮮やかな鯉が泳いでいる。
木製の重厚な門を押し開けてケイゴは大声で家の主を呼んだ。
「じいちゃーん! 来たよ!」
事前に今日来る事は連絡してあるので家にいないという事は無いだろうが、ケイゴの呼びかけに返答は無く庭はシンと静まりかえっていた。
「・・・買い物にでも行ってるのかな?」
とりあえず中に入ったケイゴは重い門をしめて家の主が帰ってくるまで庭をぐるりと探索する事にする。
大きな庭だ。
場所が田舎という事もあるのだろうが、庭の規模が桁違いに大きい。祖父が若かりし頃どんな仕事をしていたのかは知らないがそうとうな金持ちだったのだろうか。
しばらくぼうっと歩いていると庭にある大きな松の幹に何やら白い紙切れのようなモノが貼り付けられているのが見えた。
何気なく近寄ってその紙を確認する。
そこには黒々とした墨で一言日本語が書かれていた。
【隙あり】
それを確認した瞬間背後から凄まじいプレッシャーが放たれる。
サッと振り返ると何やら小さな黒い影が素早い動きでケイゴの懐に入り込んできた。流れるようなその動きは相手に反撃の隙を与えない。
あっという間に服の襟を掴まれたケイゴはそのまま背負い投げの要領でぐるんと投げ飛ばされる。
急速に回転する視界。次の瞬間に地面に叩きつけられるであろう衝撃に備えて受け身の準備をする。
完璧な受け身。ダメージは無い。
しかし相手はケイゴが受け身を取る事を予測していたのだろう。そのまま寝技に移行すると素早くケイゴの側面に回り込んで腕の関節をキメた。
「降参! 降参だってじいちゃん!」
顔をしかめながらタップをするケイゴにカカカと豪快な笑いを放ったのは小柄なケイゴよりさらに小さな老人。
つるりと禿げた頭、その小さな身体を鶯色の作務衣に包み、古風な下駄を履いていた。
この小さな老人こそ庭園の主人、ケイゴの祖父である古流武術の達人、ケイゾウ・タナカその人である。