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手負いの獣

「ハァ・・・ハァ・・・」


 人気の無い路地裏に駆け込んだソレは息を乱しながらキョロキョロと周囲を見回して誰もいない事を確認すると耐えきれなくなったかのように地に膝をついた。


 ズキズキと痛む腹を片手で押さえ、もう片方の手は地面をついて身体を支える。


 脳裏によぎるのは対峙したヒーローの一撃。


 真っ直ぐに突き出された前蹴りの爪先が自身の腹筋を抉る感覚。


 この能力が開花してからこれほどのダメージを受けたのは初めての経験であった。気力でここまで駆けてきたがダメージは思ったより深いようで、しばらく動けそうに無い。


 そしてソレの身体がメキメキと音を立てて変形を始める。


 大きく荒く組み上げられた骨格は内側に折りたたまれてコンパクトに、ナイフより鋭かった鉤爪は丸みを帯びて牙は引っ込んで人のソレへと変わる。


 全身を覆っていた剛毛は抜け落ち、その顔を顕わにした。


 ボサボサの黒髪にキリリとつり上がった太い眉毛。鋭い眼光は腹部の痛みの為かわずかに揺れている。

 そこにいたのは一人の人間の男であった。


 先ほどの獣の姿の時は気にならなかったが、もちろん服など着ておらず全裸の男が路地裏で腹を押さえてうずくまっているという奇妙な光景がそこにあった。


「くそっ・・・ヒーローめ・・・」


 その瞳には怒りの色が浮かんでいる。


 ようやく息が整ったのかゆっくりと立ち上がる男。どうやら獣の姿の時ほど大男という訳でも無いようで薄らと筋肉のついた痩せぎすの体型をしていた。


「よお元気かウルフマン?」


 突如背後からかけられた声に男は振り返る。


 そこに立っていたのは黒色のフード付きのパーカーを身に付けた見慣れぬ男。目の下に濃いクマの出来ている三白眼がギョロリとこちらを見据えていた。


「・・・何者だ?」


「俺の名はソード。お前は少し派手にやりすぎたんだよ・・・だから俺みたいな奴が出張って着る羽目になるんだ」


 どうやらこのソードと名乗る男は今まで屠ってきた悪人達の報復に来たのだろうと推測が出来た。


 あの死体を見て来るくらいだから腕には自信があるのだろうが・・・能力者一人程度なら負傷した今の自分でもどうにかできそうだ。そう判断した男はソードに向き直ると右拳を握り締め・・・。


 発砲音。


 物陰に隠れていたソードの部下達が背中を見せた男を躊躇無く撃ったのだ。


 何が起こったのかわからないという顔でその場に倒れ込む男に、ソードはゆっくりと近寄るとその頭をぐりぐりと踏みつける。


「馬鹿が、何で未知の敵に対して一人で来ると思ったんだ? 能力使わなくて勝てるならそれに超したことはねえんだ・・・俺らはヒーローみたいにお綺麗じゃねえぞ? 怪我している相手を集団で襲うなんて基本中の基本だ」


 そしてソードは懐から一丁のピストルを取り出す。


 ゆっくりと銃口を男に向けると歪な笑みを浮かべた。


「じゃあなウルフマン」


 勝ちを確信したソードの耳に、地の底から響くような怨念のこもった声が聞こえてきた。


「・・・やはり貴様らのような悪はこの世から抹消されるべきだ」


「何だ?」


 ソレは足下の男の言葉だった。


 男はぞっとするような目線で自分を踏みつけるソードを睨み付けると血を吐きながら呪いの言葉を叫ぶ。


「邪悪・・・滅ぶべし!!」


 ぞくりと背筋が冷えるような感覚。


 手早く片付けないとマズいと考えたソードはそのまま一発二発と銃弾を男の背中に撃ち込んだ。


 しかし放たれた弾丸は男の身体の内側から盛り上がった筋肉によって阻まれる。


 異変を察知したソードはパッとその場から離れた。びくびくと痙攣する男から何やらメキメキと湿ったような音が鳴り響く。


「お前ら! 殺せ!」


 部下に命令を下すソード。


 頷いた部下達はおのおの銃器を構えると地に横たわる男に一斉射撃をした。放たれる無数の弾丸、殺意を秘めた鉄が男の身体を蹂躙していく。


 しかし、全ては遅すぎた。


 放たれた弾丸はその分厚い皮膚によって弾かれ、内蔵までは届かない。大きく変形した骨に体を圧迫されて男は苦悶の叫び声をあげた。


 男の身体が作り替えられていく。


 人から


 人ならざるモノへと。


「ギュルァアアアア!!」


 そこに立っていたのは一匹の化け物であった。


 人から知性を取り除き、狼から気高さをそぎ落としたその姿はただ醜さと凶悪さだけを混ぜ込んだ畏怖すべき存在として昇華される。


「おうおう、聞いていた以上に醜いなウルフマン・・・・・・いいぜ、怪物退治といこうか」


 ソードは自らの右手を鋭い刃へと変化させニヤリと男臭い笑みを浮かべた。




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