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爪先の異端者

「くっ・・・ハハ。テメエの勝ち・・・だあ?」


 よろよろと立ち上がるセルジオ。


 その顔は血の気が引いて青白く、明らかに無理をしている事が分かった。


「ふざけんじゃねェ! 俺様は負けてねえぞ!」


 メラメラと燃え上がる闘志の炎。


 セルジオにまだ戦う力が残っていると危惧したジェームズは彼に向き直り、再び拳を胸の前で構えてファイティングポーズを取る。


「アォオオオーゥン!!」


 ピリピリとした緊張感が走る中、突如獣の遠吠えが鳴り響いた。


「何だ?」


 街外れの廃工場には場違いな声。セルジオがキョロキョロと周囲を見回すと不意に頭上から何か大きなモノが降ってきた。


 ジェームズとセルジオの間に割り込むように降り立ったソレは醜い獣の姿をしていた。


 ソレは狼と人をイタズラに足して互いの醜い部分だけを残したような、見ている者に生理的嫌悪感を感じさせる見た目をしている。


「貴様、セルジオ・バレンタインだな?」


 ソレはヒューヒューと空気の抜けた聞き取りづらい声でセルジオに向かって問いかける。


「あん? だったら何だってんだよ?」


 セルジオの答えにソレはゆっくりと右手を持ち上げ、その鋭いかぎ爪をギラリと光らせる。下手なナイフよりも切れそうなその爪は異様な迫力と存在感を持っていた。


「悪の根は絶たねばならぬ・・・セルジオ・バレンタイン、貴様の命この俺がもらい受けよう」


「・・・っは! 何かと思えばまた正義気取りのヒーローごっこ野郎かよ! 良いぜ! やれるもんならやってみな! 二人まとめて殺してやるからよ!」


 セルジオの瞳に再び怒りの炎が宿る。


 メリケンサックをはめた右手を大きく振りかぶり、傷ついた足に力を込めて至近距離で加速能力を発動した。


 一瞬で数メートルの距離を詰めたセルジオはその勢いのまま鉄拳をソレの胸部に叩きこむ。コンクリの壁に穴を開ける一撃。しかしその必殺の拳は分厚い外皮によって弾かれた。


 野性の獣の分厚い皮膚は、時にハンターの弾丸を通さないという。


 あっけに取られたセルジオに、ソレは掲げた右手を一振りする。


 何気なく振るわれたその一撃はセルジオの巨体を軽々しく吹き飛ばし、セルジオは床に倒れて意識を失った。


 圧倒的な戦闘力を目にしてジェームズはごくりとツバを呑む。


 ソレはゆっくりとかぎ爪のついた手を開閉すると倒れたセルジオに向かって歩き出す。まるで獲物を仕留める前の捕食者のような動きにたまらずジェームズは声をかけた。


「おい、何をするつもりだ?」


 ソレはジェームズの問いかけに首だけで振り返ると簡潔に答える。


「殺す」


「やめろ、ソイツは悪人とはいえ殺してはいけない。警察に突き出して法の裁きを受けさせるべきだろう?」


 その言葉を鼻で笑う獣。


「流石はヒーロー様、お優しい事だ・・・だが俺はそれほど優しくは無い。悪は・・・絶たねばならない」


 再び歩き出そうとしたソレをジェームズは先回りして道を塞いだ。


「どきなヒーロー。邪魔をすればお前も殺す」


「退くわけにはいかない。何故なら君の言う通り、私はヒーローなのだから」


 その言葉に強い意志を感じ取ったのか、ソレは問答無用で襲いかかってきた。


 獣のような俊敏性。広げられた両手のかぎ爪がギラリと光る。


 しかしその動きは単調で、しかもセルジオの加速を見た後だと少し遅く感じるほどだ。先の戦いを見るに耐久力はかなりのモノだろう。


 だがジェームズにとって、攻撃が当たるのなら相手の耐久力など問題にはならないのだ。 グッと足を曲げて力を込める。


 むき出しの素足、その指先を曲げ爪先を一つの塊と成した。


 襲い来るソレの姿を冷静に見極め、ジェームズはカウンター気味に右足を突き出す。



 能力 ”爪先の異端者”(ヘレティック・オブ・トゥー)



 それは保持者の爪先を硬化するだけの一見何の役にも立たない能力だ。硬化能力自体は割と強力な部類に入る能力だが、いかんせん効果範囲が狭すぎる。


 しかし ”爪先の異端者” はその範囲が限定的な分強力な力を有していた。能力発動後、硬化した爪先の硬度は ”この世のどんな物質よりも硬くなる”。


 だがそれでも扱い辛い能力である事は確かだ。


 若かりしジェームズはこの能力を十全に発揮するため、ありとあらゆるトレーニングを行った。


 この能力は言わば最強の弾丸だ。それを放つ為の発射台が弱くてはいかに優れた弾でも実力を発揮できない。 


 鍛えに鍛え上げられた筋力により放たれたトゥーキック。ジェームズの長年の思いがつまったその一撃は全てを貫く最強の矛となる。


「ぐぅううぅ!?」


 ジェームズの爪先がソレの強靱な腹筋に食い込んで内臓を抉る。予想外のダメージを受けたソレは鋭い牙の並んだアギトを大きく開いて吐瀉物をまき散らした。


 先ほどの戦闘でソレの耐久力を見たジェームズは久しぶりに全力の蹴りを叩き込んだ。通常の人間であればどれだけ身体を鍛えていても腹に穴が空いている威力だ、いくら人外の肉体を持っているとはいえ無事では済まない。


「くそっ!?」


 ソレはよろよろと後ずさるとそのまま大きく跳躍して廃工場の窓を突き破り逃走した。凄まじいスピードだった。追いかけたところで追いつくことは難しいだろう。


 今日は麻薬王を捕まえに来たのだ。奴の能力が依然として不明な今、追撃に出て思わぬ反撃にあう愚行は避けた方が良い。


 そう判断したジェームズはセルジオを捕縛しようと振り返り・・・先ほどまで彼が倒れていた場所に誰もいなくなっている事に気がついた。


「・・・逃げられたか」


 そう呟いたジェームズの顔はいつもの輝くような笑顔はなりを潜め、眉間にしわを寄せた険しいモノになっているのだった。








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