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プロローグ

 熱い。


 喉はカラカラに乾き、口内はねっとりとした粘度の高い唾液で粘ついていて不快だ。


 幼い少年の目の前を埋め尽くすは灼熱の炎。放たれる熱気に当てられて、すでに流す汗すら失った少年は吐き出される煙を吸い込んで鈍った頭でぼうっと考える。


 自分はこのまま死んでしまうのだろうか。


 何も為し得ぬまま、


 人生の意味すら知らぬままその生涯はここで閉じてしまうのだろうか。


 燃え尽きた本棚が崩れ落ち、その破片が少年の顔に当たる。ジュッと自分の肉が焦げる音を聞きながらその場に倒れた少年は痛みすら感じない朦朧とする意識の中、静かに笑った。


 両親は「火事だ」と叫んでパニックを起こしたように慌てふためいていた。母親の服の袖を掴んだ少年の手はすぐさま振り払われ、少年は一人火に囲まれた部屋の中に取り残されのだ。


 人に優しくあれ


 正しいことをなせと少年に語って聞かせた両親は真っ先に少年を見捨てて家から逃げた。


 人に優しくなんて嘘っぱちで、正義なんてこの世には無いのだ。それを悟った少年は何故だか急におかしくなった。


 自分だけ助かろうと我が子を見捨てた両親が醜く哀れに思え、そんな醜い大人になる前に死んでしまえる自分は、ある意味では幸運にも思えたのだ。


 だって世界に正義なんて無くて、優しさなんて虚構だと言うのなら生きていてどんな意味があるというのだろう?


 薄れゆく意識、呼吸すら困難な熱気の中、そして少年は光りを見た。


「まだ生きているか少年?」


 優しい声と供に逞しい腕に抱きかかえられた感触。硝子の割れる甲高い音とフワリと内臓が引き上がるような浮遊感。そしてあれほど少年を苦しめていた熱気が消え、爽やかな冷たい空気が肺を満たすのを感じる。


 重たい瞼を必死に開ける。


 ぼやける視界に映ったのは派手な色の仮面をつけてこちらを見ている大人の姿。


「・・・・・・アナタは?」


 少年のその問いに、仮面で表情の分からないその大人が優しい声で答えた。


「君を救いに来たヒーローだ」




 その日少年はこの世の悪と善を知った。


 視認することさえためらわれるこの世の中に、息を忘れるほど美しい善があると知ったのだ。





 そして少年はヒーローに憧れた。




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