タルト
行けども行けどもやはり人の姿はない。
二人きりで夜の道を行く。
天を仰げば月もなく星もなく厚い雲が覆う。
ありふれた住宅街からいつの間にか霧の深い野原を歩いていた。
草の海に一本の白い小石が敷かれた道が遠くまで伸びている。
どこから取り出したのか、鶸は北と墨痕鮮やかに一文字記した提灯を下げている。
これが唯一の灯りのはずだが、妙に辺りは明るい。
此処はどのような場所かと尋ねた。
「そうだな、境目みたいなところだ。俺たちは峠と言っている」
山でもないのに峠とは、目を凝らして周囲を観察するがやはり山中とは思えない。
「鶸さんはその、狸や狐とか?」
恐る恐る尋ねてみると気を悪くした様子もなく否定する。
「あいつらは此処へは来れない。俺はまた別のものだ」
答える声にそこはかとなく気落ちした匂いがして、追及は躊躇われた。
急に笹屋に提灯を預け、鶸は道を外れて草の中へ入っていく。
腰を屈めて草を千切っているようだった。
戻ってきた鶸は何かを捏ね「いいものを見つけた」と言う。
手元を覗こうとした笹屋はいきなり顎を掴まれ、口にその捏ねたものを押し付けられた。
抗議の声を上げようにも、口を開けばよく分からないものが入ってきそうで迂闊にはできない。
「ただの朝顔を潰したやつだ。紅の代わりだな」
ついに笹屋は殴って抵抗したが、鶸は痛がる様子もなく平気な顔をしている。
「友人を助けたいのだろう。この程度、我慢しろよ」
「勝手な言い分だ、せめて前もって説明して下さい」
口を拭おうとして阻まれた。
「キボネ対策だよ、あとこれも被っておけ」
袂からするする白い布を引き出すと笹屋の頭から被せた。
手触りの良さにまじまじと生地を手に取ると上品な光沢を放ち、正絹と思われた。
布は大きく頭から足首まで覆われている。
「いいか。キボネの列に会ったら、絶対に喋るな。絶対にだ」
「分かった」




