タルト
鶸は一人で戻ってきた。
(駄目だったのか)
落胆する笹屋に近づくと手を伸ばし、またもや何も言わずにいきなりシャツを捲りあげた。
晒された素肌にひやりと外気が触れる。
驚きの声を上げる笹屋に構うことなく小さな籠を腹に押し付けた。
「腹に隠しておけ」
「だから説明をしてくれませんか」
「二人、取り戻してきてやっただろうが」
何故に怒っているのかと不満げに眉を顰める。
鶸が指さす小さな籠を見ると竹ひごの隙間から鬼灯の実が二つ入っているのが見えた。
「その中に魂が閉じ込められている。晶彦が麓に出れば、魂は収まるべき場所へ帰る」
その話を信じてよいものか。
判断しあぐねていると腕を掴まれ引っ張られた。
「キボネに気付かれる前に逃げるぞ」
あまりの勢いに足が縺れながらもどうにか鶸の後ろを駆け出した。
今この場で考えている余裕がないのは祭囃子の音で分かった。
草を掻き分け踏み越えて霧の出始めた野原をひたすらに駆けても、音は遠くなるどころかますます近づいてきている。
突然止まった鶸の背に笹屋は勢いのまま衝突した。
すぐさま振り向いた鶸が力づくで布を引き下げ笹屋の視界を奪う。
見えずとも強烈な異臭と騒音が存在を示していた。
(きっと目の前にいる)
足元から黒い影に飲み込まれていくような感覚に襲われる。
びしゃりと音を発てて何か赤黒いものが落下する様子が布の隙間から垣間見えた。
「これはこれはキボネ様。お目にかかれて光栄にございます」
「ご立派なご一行様で、さすがキボネ様」
「私共はこれから峠へと参るところですよ」
鶸が話すばかりでキボネの返答は一切聞こえない。
代わりにびしゃり、どさっと何かが草の上に落ちる音が絶え間なく続く。
手をそっと繋いできた鶸が耳打ちしてきた。
「目をしっかり閉じておけ」
言われたままにしていると「これは家内です」という鶸の声と布が顔から落とされる感触があった。
「腹に子を抱えておりますので、どうかお通し願いたく」
今目を開ければキボネの姿が分かるのだろうが、畏怖が体を支配する今、そんな気は微塵も起こらない。
「ご配慮くださり、誠にありがとうございます」
再び布が顔にかかる感触があった。
「走るぞ」
繋いだ手を鶸が一層強く握り、暗い野原を走り出した。




