魔女集会で会いましょう ~静謐の魔女~
昔々の大昔、森の奥には悪い魔女がいて、夜な夜な彷徨い出ては人に悪さをしたという。
けれど森を拓き、里が広がるにつれて、やがて魔女も住処を失い、今ではもうどこにもいない。
そういうことに、なっている。
深い森の奥は静謐の魔女クヴィエティツォの庭だった。
昔々の大昔には、この森にも多くの魔女達がいた。
昔々には、何人かの魔女たちが集っては語らった。
昔には、近所付き合いのある魔女と時々語らった。
今では、語らう魔女はもうだれひとりいなかった。
だから今は、深い森の奥は静寂に満たされている。
クヴィエティツォはもうずいぶん長いこと、この奥ゆかしい静謐に包まれて過ごしていた。
初めの内は寂しさが胸の裡からあふれてうるさかったが、時とともにそれもやがて静まり、百年ほどするうちに鼓動の音さえも凪いでいき、いまでは時々力ない風が木々の葉を揺らして遊ぶ音が響くばかりで、それさえも遠慮するように静かなものだった。
遠慮しらずの人間たちも怖れて立ち入らないこの森の深みに、けたたましい音が響いたのはある日のことだった。
森に音が鳴り響くのは、百年ぶりだったか、二百年ぶりだったか。日の差し込まない深い森の奥ではそれすらも定かではない。
確かな事として、その騒音は百年ぶりか二百年ぶりに静謐の魔女の目を覚まさせ、その錆びついた足を動かして呼び出したのだから、これは全く快挙と言ってよかった。森の賢いフクロウたちも、このようなやり方は思いもつかなかっただろう。
つまり、生まれてすぐの赤子を放り出して、大泣きに泣かせるなんて言うのは。
静謐の魔女クヴィエティツォは、おくるみに包まれて、木の根元に捨て置かれた赤子の顔をしげしげと眺めて、なにを思ったのかこれを抱き上げると、深い森の奥の奥、百年か二百年誰も訪れたことのない、静かの家に持ち帰った。
静寂をかき乱す騒音を止めようとしたのか、殺して食べて百年か二百年の空腹を満たそうとしたのか、はたまたほかに理由があったのか。そこのところはよくわからない。森の思慮深き狼たちも、魔女の気持ちまではわからない。
ただ、この泣き声の主が、静謐の魔女を随分と手後ずらせたのは確かだった。
何しろそれから数年の間、昼となく夜となくこの鳴き声は森の静寂を引き裂き、その数年が過ぎれば今度は笑い声がそれに加わり、さらにそれが過ぎれば物音こそ落ち着いたけれど、今度は何と、控えめな笑い声がそこに加わった。
静謐の魔女の微笑みだった。
やがて時がたち、森は拓かれ、里は広がり、人々の喧騒が、かつて深い森だった丘に聞こえるようになった。
その丘には一軒の古びた家が建っていて、今でも天気の良い午後には、品のいい老夫婦が言葉を交わすでもなく静かに微笑みあって、日向ぼっこに興じている。
昔々の大昔、森の奥には悪い魔女がいて、夜な夜な彷徨い出ては人に悪さをしたという。
けれど森を拓き、里が広がるにつれて、やがて魔女も住処を失い、今ではもうどこにもいない。
そういうことに、なっている。