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世界一美しいタヌキの日々

「ウフフ。今日も私ったら美しい」

  時刻は午前6時。平日の早朝から一人鏡の前に立ち、自画自賛を繰り返すタヌキがいた。その名もたぬ山たぬみ。彼女は今、高校一年生だ。

  たぬみは非常に美しいタヌキだ。まず身長が180センチある。そして体のほとんど半分が脚なのだ。つまり高身長なだけでなく脚も長い。また、ハリウッドモデル並みの細身でありながら巨乳である。たぬみは世界のトップモデルのようなスレンダーな体に、ルノワールの絵画に出てくる女性のような豊満さを持ち合わせているのだ。まさに抜群のスタイルである。

  もちろんスタイルだけでなく、たぬみは顔も素晴らしかった。その瞳は大きく、美しいオレンジ色をしている。そのオレンジの瞳を長く黒い睫毛が縁取る様子は、まるで広大なサバンナの地に夕日が沈んでいく景色のようだ。そしてたぬみの微笑みは、かの有名なモナリザにも匹敵する美しさと神秘性を持っていた。

  それほど美しいたぬみである。当然、ひとたび学校へ行けばみんなの注目の的、そればかりかTVや雑誌で活躍するモデルにでもなれるはずだ。

  今日もたぬみは学校へ向かう。電車に乗って行くのだ。

  たぬみが家を出ると早速、たぬみと同じ高校の制服を着た女子生徒が駆け寄ってきた。

「おはよう!」

  そしてその生徒はたぬみの横を通り過ぎ、たぬみの数メートル前を歩いていたもう一人の女子生徒の肩を叩いた。

「今日の体育卓球だよね」

「そうそう、帰りカフェ寄ってかない?」

  そんな会話を楽し気に交わしながら、二人の女子生徒はどんどん歩いていく。

  駅までの道を歩く生徒は他にもたくさんいる。みんな友だちとその日の授業のことや、昨日のTV番組の話などをしている。もちろんたぬみのように一人で歩いている者もいるが、たぬみに話しかける人物は誰もいない。

  駅に着く。たくさんの人で賑わうホームで、たぬみは一人で立っている。そして電車に乗り、電車を降りるとまた少し歩いて、学校に着いた。

  下駄箱で靴を履き替えようとしていると、足早に通り過ぎた誰かがたぬみの靴を蹴った。靴は前に飛んでいったが、直してくれる人はいない。たぬみは黙って足で靴を直し、履き替えた。

  教室に入る。周りは口々に「おはよう」と言い合っているが、たぬみは誰にもおはようと言わない。それ以前に、たぬみに声をかける者はいなかった。黙って自分の席へ向かい、静かに座る。

  そのまま授業が始まった。無論授業中はみんな黙っている。しかし授業の間の休憩時間や、移動教室に向かうとき、体育の時間などは、誰もが多かれ少なかれ友だちと一緒に行動している。そして色々な話をする。高校という場所は、生徒たちの話し声や笑い声が耐えることがない。賑やかで明るく、楽しい場所だ。

  ところがたぬみにはそのどれも感じられない。休憩時間も移動教室も体育も、ずっと一人で黙って行動する。その表情からは何の感情も読み取れない。ただ淡々と、学校側から与えられた生活を送っているだけのようだ。楽しいはずの昼休みすら、たぬみにとってはただ昼食を取るための時間に過ぎない。

  そして帰りの会と掃除が終わり、放課後になった。部活動に励む者、家に帰って勉強したり友だちと遊びに行く者、過ごし方は様々だ。

  たぬみは放課後になると同時に学校を出た。教室を出るスピードは、恐らく校内で一、二を争うものだろう。他の生徒のように放課後話す相手がいないのだから当然である。

  そして朝来た道を戻り家に帰り着く。

  朝家を出てから帰ってくるまで、およそ8時間。その間たぬみは一言も喋らず、誰とも会話することなく時を過ごした。珍しいことではない。むしろたぬみにとってはこれが日常なのだ。

  たぬみには彼氏などはおろか友だちもいない。学校で言葉を発するのは専ら授業で先生に当てられたときだけだ。放課後遊ぶ相手も、週末に出かける場所もない。

  そう、たぬみは───

  "陰キャ"だった。

  いつからこんな風になったのかは誰にも分からない。たぬみも保育園や小学校にいた頃は、人並みに友だちがいたはずだ。ところが気付いたときには今の状態になっていた。恐らく高校という新しい場に馴染むのに失敗したのだろう。陰キャとは総じて環境適応能力が低いものである。

  集団に加われなかった者に逆転のチャンスはない───スクールカーストという圧倒的身分制度の前では、モナリザ級の容姿の美しさなど取るに足らないものなのだ。

  しかしたぬみの性格にもかなり問題があった。たぬみはまた鏡の前に立ち、呟く。

「今日もみんな私の美しさにおののいて話しかけて来なかったわね…いくら私が美しすぎるからって、遠慮することないのに」

  そして自分の顔とスタイルをチェックして、部屋着に着替え始めた。

  この言葉がどこまで本気なのかは分からない。しかしたぬみは周りが話しかけて来ないのは自分の美しさに引け目を感じてのことだと思っているようだ。そのような性格こそが周りと距離を作る原因になっていることに気付いていない。

  そしてたぬみは今日もベッドに入り、周囲の憧れと尊敬の眼差しを浴びる自分を思い描いては満足気に眠りにつくのであった。

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