目が覚めたら
二ヶ月以上放置プレイな自分に痺れて憧れますね。一体完結まで何年かかるやら...。だいたいタイピング遅いのがいけないので練習します。
俺の人生から一度母親は奪われた。
奪われた、というかまだ幼かった俺からしたら起きたらいきなり、忽然と母親の存在がこの世界から抜け落ちてしまったように感じた。
本当に何の前触れもなく、いきなり生活から一つ日常がなくなる…。そんな経験をすることなんて、きっと人生長く生きても80年、そうそうないと思う。
だけど、それは突然やってきて、俺の一番大切な人をどこか遠くの土地にさらっていってしまった。
さらっていったというのは別に行き過ぎた比喩ではないと今でも思う。
実際、葬儀には母親の死体がなかった。
味気のない真っ白でからっぽな棺桶の中に母の遺品と、母親の顔写真とだけが、たくさんの真っ白な花弁の上にひっそりと置かれていたことを今でも鮮明に覚えている。
母に知り合いは多いと聞いたことはなかったけど、対して大きな葬式でもなかった。
-龍平くん。私のこと覚えているかしら、隼人の妹の夏子というのだけれど。
出席者もまばらで寂しい葬式の最中にそう声をかけてきたのは、一人の女の人だった。
今でこそ、その女性に引き取られて10数年、彼女がどんな人なのかわかるようになってきたが、小さな頃の俺には黒い服を着た怖い女性にしか見えなかった。
-小さい時に一度会ったきりだから、覚えていなくても当然ね…。
女の人はそう独り言のように呟いた。
-…ねえ、龍平くんのお母さんは遠いところに行ってしまったの。残念だけどしばらく戻ってこないわ。
女の人の口から、一語一語はっきりと発せられる言葉には少し冷たさがあった。
確か彼女がそう言ってから、彼女に後ろにいた誰かが彼女を諌めるように言っていた気がする。
-だから急で悪いのだけど、あなたは明日から私たちの家族と一緒に暮らすことになるわ。
女の人は表情を変えず、また冷ややかな眼差しのままでそう言った。
もちろんこの時の俺は何が何だかわかってはいなかった。がしかし、彼女の良い草から自分の母は今いないのだということだけは伝わって、悲しさからか、寂しさからか俺は所詮三歳児らしく大泣きをした。
自分でもなぜ自分が泣いているのか訳が分からなかったが、目から溢れ出る涙を止める術も知らなかったし、ただ流れ出る感情に身を任せていた。
-よろしく。龍平くん。
女の人、もとい俺の叔母夏子は、その時いきなり泣き出した俺を、先ほどまでの冷ややかな無表情からは一変して、優しく撫でてくれた。
その手の感触はまるで母にあやされているような、静かなぬくもりを帯びていて、その懐かしさがまた俺の涙を誘った。
母親の死に様はとても悲惨だったらしい。少なくともその母親の実子に真実をそっくり話すことが憚れるほどには。
もうすぐ14歳になろうとしている俺も実のところ、母親が何で死んだのかはっきりわからないでいる。少し前までは、本当に死んでいるのかすら疑わしかったところだ。
自分の母親の死をそれとして実感できたのは、つい2年前のことだったがその時は全く驚きもしなかった。
生きていたところで9年をもの長い時間を空けてしまうと、自然と心の癒着も薄れるんだろうか。
自分の父親もとっくのとうに他界していることも、おおよそ同時期に知った。
父親に関して知ったことは、事故だったと言っても構わないだろう。夏子の両親は父親の素性を隠しておきたかったようだし。
俺が父親の死を知ったと聞いた彼らは随分とバツが悪そうだった。
夏子が言うには俺の血とやは親とあまり仲が良くなかったらしい。しかし自分の息子だというのに…。
学校の授業を通して、社会の仕組みを理解していく中でなんとなく父親の存在を不思議には思っていたが、父親の死を知った時、心の中の靄がやっと晴れたような気分だった。
父親は俺の生まれた後すぐに交通事故でなくなっていた。視界の悪い雨の日の事故だったらしい。
これで両親の死の謎は一つ解けたわけだ。
…母親のことも強く聞けば教えてくれたのだろうか?…
今となってはもう母の死の真相を教えてくれる人間など誰もいやしない。多少相手を嫌な気分にさせようが、自分が嫌な気分を味わおうが聴いとくべきだったのだろうか。
あ、電話がなっている…。電話に出ないと。受話器は…。
-もしもし、山口さんのお宅でまちがいないでしょうか。こちらは渋谷保安局の川崎と申しますが…
(眩しい…。)
背中に少し固い感触を感じて目を覚ました。白くきつい明かりが顔面を照らしている。
少し間があって覚醒した俺の聴覚が機械的に断続する音を捉えた。
目の前には無機質な白い壁が立っている。いや、よく見ろよ。白い天井だ。
寝ていたみたいだ。
でも、背中に感じるこの感じはいつも自分が使っているもベッドのそれとは随分違う。ゲームのやりすぎで睡魔に負けて自分の部屋のベッドに倒れた、とかではなさそうだ。
そもそも俺の部屋にはこんな白い天井なんてない。
俺はひとまずどこにあるとも知れないベッドから立ち上がろうとしたが、何故か思うように腕や足が動かない。
別に手足が今寝ているベッドに繋がられているとかそういうわけではなさそうだが…。
それだけではなく少し体を動かすたびに妙な吐き気と倦怠感が襲った。
(これは下手に動かない方がいいかもしれないな…。)
今自分のいるこの部屋には全くの見覚えがない。というか生まれてこのかたこんな無機質で清潔な空間を見たことがない。
見た感じ周りにも誰もいないようだし。
変に暴れてもしもリバースしたら、思うように身動きの取れない今、誰がその後始末をするというのだろうか。
俺か?多分そうなるんだろうな。酸っぱい空気の中で何時間かゲロと添い寝した後のことになるだろうけど。
(何が起こったんだっけ。)
頭を枕に預けながら、自分の身に起こったことを整理する。
俺は一人で…って当たり前だけど、家にいて、ピンポンが鳴ったから、封筒とって、用紙に色々書いて、俺の部屋にいって、そしたらいきなり意識が遠くなって…。
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意識を失う前、最後にパソコンの画面に映った光景を思い出して、ゾクッと背筋を冷たいものが駆け上った。
「…まさかね。」
年頃だからと言えばいいのか、最近オカルト思考にとりつかれ気味なのは俺も自分で承知している。いわゆる中二病ってやつだ。
まあ誰でもそういう神秘チックな話にとりつかれてしまう時期はあるわけで…。
首が回る範囲で今自分がいる場所を見回したが、先ほどと同じく人影はない。自分が横たわっているベッドの他には、そのすぐ隣に椅子が一つあるきりでめぼしいものも他になく殺風景な部屋だった。
先ほどから聞こえてくる耳障りな規則的な機械音は今横たわっているベッドの頭の方にある機械から鳴っているみたいだ。
ちょうど自分の足が向いている方には、ぼやけて見づらいがドアが見えるので、全くの出口のない部屋というわけではなさそうだ。
よかった幽閉されたとかじゃなくて。俺の右手が暴走しちゃうとかいう中二全開の痛い人間を隔離するための施設に収容されたとかじゃなくて。
そもそも、そんな兆候すらなかったし。
大方少し大きい病院の一室とかなのだろう、疲労でぶっ倒れている俺を、後から来た施設の人間が俺を発見、病院に搬送されて今はベッドで療養中。
我ながらすごい想像力だ。うん。
確かに、一度封筒を取りに行った後しっかり鍵を閉めたかは曖昧だった。
(それにしてもあんな夢久しぶりだったよな。)
気づけば俺の頬はしっとりと濡れて、目尻には涙がたまっていた。
今思うと、当たり前のように夏子さんは俺の親をやっていたし、省吾も省吾でよく嫌な顔一つしないで俺の兄貴役を演じていたと思う。
五朗さんもそうだ。食費も、光熱費も二人分稼いでいた。俺一人の分が浮くだけでどんなに楽ができただろう。
(やばい。またなんか目頭が熱くなってきた。)
誰に見られているわけでもないのに、泣いてはいけないような気がして俺はとにかくぎゅっと目をつぶりながら、どうせ起きられないのなら眠りにつこうと息を整えた。
そうしていて、どれくらい時間が経ったろうか。俺は再びまどろみの中に落ちていった。
今度は夢は見なかった。ただ、瞼に入った力を緩めながら意識が闇の中に落ちるのに身を任せていた。
(暖かい…。)
しばらくして、俺は自分の頬を暖かい何かが這うのを感じて意識を眠りの中から引っ張り出した。それは母の、それか夏子のあの時のぬくもりに似ていた。
デジャブだ。
俺が泣いていると、わざとらしく失われたぬくもりのようなものが、まるで哀れむみたいに手を伸ばしてくる。
肝心な時にはいないのに、都合のいい…。
暖かさは、流れる水のように肌を撫でて…いきなりすっと離れ始めた。
(あ…離れていく…。いやだ、いやだいかないで。)
夢の中だけでもいい、そのぬくもりに会いたい、と強く思う。
俺は泥沼のような自身のまどろみと格闘しながら、必死に手を伸ばした。
本当にあまりに残酷で、非情だと思う。なんで、俺が気がついたくらいで離れていってしまうんだろう。
「待って母さん!」
ようやく完全に覚醒した俺の目の前にはまた、歪んだあの白い天井と、自分の手があった。
刹那、一喝。
「誰が母さんよ!体は...もう動くみたいね。」
…え?
さっきまでこの部屋に自分一人だと思っていたものだけど。
まさか今は違うのか?
声の方を向くと誰かが俺のベッドの横に座っていた。
目尻に再びたまった涙でぼやけてはっきりとは見えないが、声からして女性なのだろうか?
っていうか、今のもしかして聞かれた?いやもしかしてじゃなく聞かれたよな。最悪だ。目覚めが悪い。そして気分も最高に悪い。
「っ!ちょっと!そんな青ざめた顔で何をする気!?ちょっと待って!するならここじゃなくて…!誰か!こいつやばい!早くこっち来て誰か!」
ああやばい、黒歴史一つ確定だ。持ち堪えろ俺の体、いや主に俺の胃。頑張ってそれだけは回避しよう、少しくらいならオエってなっても大丈夫だが、今日食べた餃子はまずい。頑張れー、頑張れー俺のか・ら・だ…。
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「本ッ当に信じられない!」
「本当に申し訳ありません…。えっと…さ...?」
「佐伯よ!」
「はい佐伯さん。」
俺は一体何をやっているんだろう…。
目の前の少女にペコペコ頭を下げて何か面白いんだろうか。まあ少女というにはいささか背丈がありすぎる気もするけど。
「全く!胃の内容物を吐くときくらい吐くって言いなさいよ!」
「すいません…。」
大声でその黒歴史をえぐって欲しくない。非常に痛い。心が痛い。この中学二年生の夏休み、いや、ここ1年初めての女子とのファーストコンタクトが、まさかこんな展開とは。さすがの俺も自分に恐れ入った。
俺達は14歳男子の胃酸の匂いにまみれた先ほどの真っ白な「ゲストルーム」から、雰囲気の落ち着いたカフェテリアのような -と言っても客は俺たち二人以外誰もいないのだが- 木の丸いテーブルと、背もたれのない丸い椅子で溢れた大きめな部屋に場所を移していた。
しかし少女もこの少女で災難だと思う。恋愛ゲームでいうとしたら何だろう?ゲロ属性ヒロインとかなんかだろうか?
失礼なことを考えていたのに感づかれたのか、キッときつい視線が俺に向かって送られてきた。控えめに言ってめちゃめちゃ怖い。
少女の年はおそらく大して俺と変わらないのに、目つきが悪いからか発言や仕草がいちいち威嚇的に感じる。
いや、今威嚇されていることは確かだと思う。
テーブルを挟んで向かい合う形なのに、なぜか距離がすごく遠い。
…。…。…沈黙が長く感じる。
さっきはこの少女に怒鳴られていて嫌だったが、完全な無言というのも居心地が悪い。
佐伯さんは完全に俺のことを無視だし。そもそもここが病院だとして俺は勝手に病室を出てきてよかったのだろうか?
というか、最近の病院は病室のことをゲストルームって呼ぶのか?
「あーあ、ゲストルームはあの状態で放置してきちゃったけど大丈夫かなあ。」
そう、そのゲストルームって呼ぶのは一体なんでなんだろう。
「すいません。後で自分で片付けますから…。」
「ハッ。いいわよ、係りの誰かがやるでしょ。」
係りとは看護師のことだろうか?
「ところで佐伯…軍曹は一体何者?なんですか?」
「何者って、自分で言ってるじゃない。軍曹よ。」
「はあ。…最近の看護師の間では自分のことを軍曹って呼ぶのが流行っているんですか。」
それから一瞬の間があった。
「は?」
ん?何かまずいこと言ったかな俺。あ、もしかして
「あっ、すいません。医者でしたか。確かに侮辱ですよね、女性なら看護師という考えは。そういえば最近…。
「」
「あぁ、目が覚めたんだね!気持ち悪さはまだあるかい?」
あら、今度は白衣を着たあからさまに医者の様な男がやってきた。
男は清々しい笑顔で俺に歩み寄ると、少しよれた白衣のポケットに突っ込んでいた手を俺に差し出した。
「軍医のショーンだ。よろしくね。」
「ちょっとまってくださいよ、流石におかしいでしょ。軍医ってなんですか、自分の家に埋まってた地雷を踏んで足でも吹っ飛んだんですか俺は。」
流石にここで自然に手を取れるほど、俺の順応力は高くない。
「いや?吐瀉物なら踏んだみたいだけどね。臭うよ、ちゃんと服着替えたの?佐伯くん。」
ショーンは花をつまんで、少女の方へ向かって臭い臭いと手をひらひら。
「っ!?今すぐ着替えてきます!」
少女は顔を茹で上がった様に真っ赤にして席を勢いよく立ち上がり、俺にキッと鋭い眼差しを向けると足早にその場を後にしてしまった。
「…そんなに臭いました?彼女。」
再びシンッと静まってしまったのが、少し冷静さを取り戻させたのか、気付けばくだらないことを喋っていた。
というか、元はと言えば俺のせいなのに彼女が不憫だな。
「ちょっとここが良くてね。」
ショーンが自分の鼻をトントンッと叩いている。
「君も少し口から匂ってるけど、シャワー浴びたのかな?君が今来てるいる服も抗菌されてるから、彼女ほど酷くはないよ。」
なるほど。デリカシーのない発言には変わりはないけどね。
「さて…さっきの発言に驚くってことは軍曹から何も聞いてないね?自分で言いに行きますとか意気込んでたくせに、仕事しないなぁ。」
(そりゃ、ゲロぶっかけたら忘れるわな…。)
この人あの女の子のことが嫌いなのか?さっきからいちいち言葉に棘がある。
かと言ってわざわざ自分がゲロ吐きましたって言ったところで、フォローになるのかどうか。口から匂いがするってことは、気付いてはいるんだろうし。
そこでふと、純粋な疑問が頭に浮かんだ。
「ところで、ショーンさんって生粋の日本人ってわけではないですよね?それにしては、日本語が上手いというか。」
名前からして日本人じゃないのはダダ漏れだが、ショーンという男はまず背が高い。さっきは椅子に座っていたから自然に彼を見上げて喋っていたけど、今一度立って会話を交わしていると、まだ見上げてることに気付いた。
変わって、少し自分の欧米人へ対するイメージから離れた明るい栗毛の乗っかる髪の毛は、自分の好きな形でふわっと固めた、いかにも外国人なスタイル。
メガネの奥に見える緑色の眼球が面と向かって話していると良く目をひく。
ショーンはぽりぽりと頭をかくと、少し恥ずかしそうにありがとうと言った。
「確かに僕は日本人ではないね。まあ、両親はアメリカ人なんだけど、彼らの都合でね…。」
あー、よくある話か。アメリカは国家連に加入してないからなぁ。
近年は加入国の、うちや他の国へ移る人も多いらしいし。
「僕の両親は重度のアニメオタクで…。」
いやオタクかよ。
「ほら、国家連ができ上がるって流れが出来てからは長いこと続いて来ていた国どうしの関係がガラリと変わったろ?あの時、国家連に加盟するって声明を出していた日本と、反対派だったアメリカとの関係は良いものではなかったから。」
アニメを求めて移住して来たってことか。なんか飢えた動物が大移動して来た感じだな。
「そのために、非加盟国筆頭の母国を捨てるとはすごい決意ですね…。」
国家連なんてものが出来たせいで、第二次世界対戦の終わりから長いこと続いていた外交関係も結構変わった。
その影響は主要な国々の他にも細々とした小さな国や団体にまで及んだが、その中でおそらく最も驚きだったことは日本とアメリカの約80年という外交関係にきっぱりと幕が下りたことだったと思う。
あまり学校の歴史の授業はしっかり聞いていなかったが、アジアとヨーロッパの各国が歓迎した国家連の設立にアメリカは最初から反対だった。
日本はそのアジア諸国っていうくくりで例外になるわけでもなく、政府も国民のほとんども国家連を喜んで受け入れていた。
それが結局、アメリカとの軋轢を生むことになったんだけど。
正式に国家連が設立されて、日本が加盟して以来アメリカへの自動車の輸出は激減したし、スーパーの棚の並びからも日本に入ってくる安い穀物、野菜やアメリカ発のお菓子でさえ姿を消した。
当然、日本にはもう在日米軍基地なんてどこにもない。いくつかの基地の跡地になんて新しく公園ができたくらいだ。
日本人ってそんなに米軍嫌っていたんだろうかと時々不思議に思う。
「そりゃあその時はまだ、国家連なんて所詮絵空事のようなものだったからね。強者である母国の枕元であぐらかいてたのさ。」
ショーンは、はははと笑って足を組み直すと一転、真剣な顔つきになって俺の方を向いた。
「さて、なんで君がここに連れて来られたか、僕やさっきの彼女が何者なのかという質問には、『僕には』答えられないんだけど、君がどこに行くべきなのかは教えてあげよう。」
あんたら二人が何者なのかは自分で言っちゃっでたけどね。
差別でもなんでもないけど、真剣な顔で外国人が臭わせるような話をすると、あり得ない話も本当にありそうな感じがする。
っていうか、あんだけ彼女のこと罵っておいて結局大したこと教えてくれないんじゃん。
「確かにここがどこなのか、自分になにが起こったのかは知りたいところですけど。」
なんだか、胡散臭いんだよなぁ…。
「今日中に俺、自分の家帰れると思います?」
ショーンは胸の前で両手を降参とばかりに小さく広げると「君が強く望めば。」
また意味のわからないことを言った。
「準備ができたら、そこの廊下を突き当たって左にあるエレベーターに乗れば良いよ。止まる階のボタンとかは押さなくて良い。押したって反応しないけどね。」
そろそろオタク外国人(正確には親がだが。)の意味ありげな言葉遣いに疲れてきた。正直アニメの見過ぎだと思う
ショーンはというと、俺の方をじっと見ているだけで特に何か話そうという意図は感じられない。
あと、無表情だと睨まれているみたいで怖い。
行くか…。
「それじゃ、ありがとうございました。」
一体どんなことに対して自分が礼を言ったのかわからないが、俺はショーンに言われた通りに無表情な廊下をまっすぐ突き当たりまで歩き始めた。
(結構長いな。)
廊下は思わず独り言がでるほど長かった。途中別にドアがあるわけでもなく、直線に廊下が伸びている。
さっきショーンと別れた所は、ここからはもう見えないから相当歩いて来たと思うけどなかなか終わりが見えない。
廊下そのものも凝ったデザインな訳でもなく、絵画が飾ってあるでもない。平衡感覚を失いそうな真っ白な床と壁と天井が、その壁と天井の付け根に廊下を斜めに照らすようにつけられた蛍光灯の光を反射していて俺は終始目を細めて歩いていた。
もしかすると、ショーンに騙されかな。
そんな人間には見えなかったけど、もしかすると凄腕の詐欺師だったのかもしれない。
犯罪行為に疲れて訪れた建物で、なぜか女性に絡まれてるゲロ臭い男児に興味を惹かれてちょっかいをかけて遊んでいたのかも。
ひょっとすると俺は実はもう死んでますってオチかな。なんか色々説明がつく気がする。
でも死後の世界での1日目が女性に胃の中ぶちまけるって、想像したすることも稀だったけどろくなところではなさそうだ。
しばらく歩いていると今度は目の前に何か見えて来た。見た目的に多分人だ。
あの人に道があってるか聞いてみよう。職員ならこの病院無駄に広いですねって愚痴も忘れずに。
あんまり廊下がつまらない空間だったことと、自分の履いたスリッパが床を叩く単調な音ばかり聞いていたから、この廊下を歩くことに飽きてしまった。
疲れた脳は変なことを考えるものだから、愚痴をどうやって伝えようかなんて試行錯誤していたが。
奥へと歩くにつれて、その人間の正体がわかって来た。
あの髪型は見覚えがある。前に見た時も多分あんな体格だった。
何よりもさっきシャワーを浴びたあと、更衣室で少し唸ったあのいかにも病人の着そうな薄緑色の服は間違えるはずがない。
(あれ俺だ。っていうか、この壁一面鏡になってるのか。)
まさかくだらない思考の果てに別に見たくもない自分の姿を観察する羽目になるとは思いもしなかったな。
あとこんだけ長い廊下の進行方向に鏡とか紛らわしい。まだまだ延々と続くのかと思ったわ。
でもここが突き当たりということは…。
あたりを見回すと、確かにエレベーターのものらしきスイッチがある。近くを観察すればエレベーターのものだと言われれば、頷くことのできる謎の両開きのようなドアも見えた。
どうやら、これでやっと自分の色々知りたかったことがわかりそうだな。
一つ問題があるとすれば、それがあったのは左手ではなく、右手だ。
軍医とか言ってたけど、あいつやっぱりただのバカだな。
右と左間違えるとか小学生でもしないぞ。
ドアの横にある真っ白のボタンを押すと、チンッという少しレトロな音と共に音を立てず白いドアが開いた。
俺がショーンに言われた通りにエレベーターの中に入ると、さっきの静かさはどこへ行ったのかというほど、ドアが勢いよく音を立てて閉まった。
(完全に逃げ場なしじゃん。)
自嘲気味に俺はそう呟くと、ぐんぐん上がっていく電光板に書かれたフロアの数字が上がっていくのをボーッと眺めいた。
エレベーターの電光板にうつる数字がどんどん上がっていく。
時々ガタガタと揺れる以外は静かなもので俺も静かに乗っていた。
一体俺がいるこの場所はどれだけ広いんだろうか。エレベーターに乗っている時間は恐ろしく長く感じられた。
それとも、ここに来てから全てが現実離れしているせいなのか。
再び小さなベルの音がしてドアが開いた時、俺はやっと解放されたような気がしてため息をついた。
ドアを降りた先はまっすぐと廊下が短い間伸びていて、その上には赤い絨毯が綺麗に敷かれていた。その絨毯は廊下の続く先に見える片開きのドアの手前でぷっつりと途切れている。
普段なら別段気にすることでもないのだろうけど、あんまり短時間で自分に経験がないことばかり起こりすぎて全てが疑わしく見える。
俺はドアの方へ向かって歩き始めた。
エレベーターに乗る前までの廊下と違ってここには絨毯が引いてあるから、普通に歩いているだけだは足音が立たない。
その妙な沈黙は不快だった。どうせなら音楽でも流しておくべきだと思う。
歩き始めて間もなく、道の先のドアが「カチャッ」と小さな音を立てて開いた。
「随分遅かったね!迎えを出しに行こうかと思ってた。」
男の声は俺rの他に誰もいない廊下によく響き渡った。
なんかよくわからない外人と、ヒロイン候補が出てきましたがまだ何もしていない俺こと主人公。何が起こるんでしょうね?筆者もわかりません。見切り発車です。