主人のいない朝
本話に突入させちゃいました。一話目って大抵簡単だよねっていう酷い理由なのです。プロフェッショナリズムのかけらもない...。
投稿ペースがまさかの一ヶ月で一話という遅さ。二週間まで縮めます、死ぬ気で。
暑い。
誰がこの季節、この国の、正確に言えばこの都市の気温をこんなに高くしろと頼んだのだろう。
多分国の偉い人かな、卑弥呼とか。それは時代錯誤か。
誰だかわかったら一発殴ってやろう。
いや、殴ったら俺が痛いからやめて代わりにひっぱたこう。教科書丸めたやつとかで、スパーンって。
いい音なりそうだ。
この発展した都市で夏の暑さに悶えている俺のような人間は誓って多数派ではないはずだ。
まあそれは、都市の人口のほとんどが中心部に集中しているということに他ならないのだが。
大都市というのは便利だ。しかし、ほとんどの恩恵はその中心部に住んでもいないと実感できないものが多い。
例えばそう、エアコン。を使うのに必要な電気。にかかるお金、つまり電気代だ。
この辺りに住んでいる人間は決して金持ちの豪遊野郎とは言えないような者ばかりだ。
それこそ家電製品だってまともなものが買えないような人間だって多いし。
まともではない家電製品と言っても、別に祖父母の時代から抜け出してきたようなものを使っているわけではないから、動くことには動くのだけど、燃費がものすごく悪いのだ。
都市中心部の市民がやっているようにエアコンの設定温度を16度なんかにして、一晩中つけているなんてしたら数ヶ月、下手したら数週間で破産できてしまうレベルで悪い。
設定温度を都の推奨の26度にしたって、まだまだ全然余裕で破産できる。
それもこれも、元はと言えば何年か前に電気がアホみたいに値上がりしたのが発端なわけだが。
電気代の値上がりは、結局のところ何が原因だったのかは表立っても公表されなかったし、どうせ最近の災害続きのせいだろうとか勝手に国民は決めつけていた。今でもそれが定説になっている。
なんか変な名前の年寄りが首相になって、長い間続いた電気代のインフレを解決しようってことで、政府が総力を結集して研究を始めた。それが二年半前。
この研究が始まった当初は、やれ電力会社が国営化されるだの、実は最近のインフレも狙って行われたものだのと、陰謀論だとか都市伝説が誠しとやかに囁かれたものだ。
しかし、それもそのうち噂する気力も無くなったことによって下火になって、電気代に家計が圧迫されていくだけの日々が過ぎっていった。
やっと半年ほど前、待望の新テクノロジーとやらが完成したとかで、電気代が安くなる、地獄から解放される、と大喜びしていたらなんてことはない、その恩恵を受けるのは都市中心部だけだった。
なんでも電力供給のために、従来とは違ったパイプラインが必要だとかで、その整備に手間取っているらしくこの辺一帯に配備されるのはまだまだ先になるのだそうだ。
もちろん国民全体のニーズが下がったことによって電気代は少し落ち着いたが、それでも高いことには変わりない。むしろ今まで苦しめられていた分があって、あまり助けにはならなかった。
(俺これからどうすんだろ。)
俺は何が面白いのか、椅子の背もたれに身を預けながらそんなことを長々と考えていた。ある種の現実逃避と言っても全く間違いない。
実際、現実逃避はいくらでもしたかった。
電気も付いていない部屋で俺は一人、パソコンの前に座っていた。
あんまり外が明るいものだから、相対的に部屋がととても暗く感じる。
パソコンのディスプレイには一昨日発売のゲームのキャラ設定画面がやりかけでうつっていた。
これは昨日から付けっぱなしだ。
実は結構このゲームは発売前から結構気になっていて、いつもなら絶対にしない事前予約をし、発売当日に自ら直接店舗に赴いて購入してきた。
最近のシューティングゲームにはあまり見られない、キャラクターのカスタマイズ機能や、武器へのオリジナリティの付加など、とにかく個性を出しまくれるゲーム自体の特性と、最近にわかに増えつつあるMMOゲームの「課金至上主義」的なテーマを一切排除しつつ、美麗なグラフィックや戦術の多様性といった、ゲームのクオリティを保つという運営側の作品に対する情熱に感服していたからだ。
実際、クローズドベータ版時代から「今世紀最高のMMO シューティング」だなんて言われていたし。何よりco-op前提のゲームだったというのが決め手だった。
「ギュルー。」
そう、購入前レジの前でまだ見ぬ出会いに思いを馳せていたことを思い出し、ゲームでもやって気を紛らわそうとキーボードに手を置いたら、計ったようなタイミングで腹がなった。
そういえば、昨日の夜から何も食べてない。
嘘だ、寝る前にエナジーバーみたいなの食べたな。
俺は椅子から立ち上がって、昨日の格好のままで部屋の扉を開けるとひっそりとした廊下をキッチンへと歩いて行った。
空気は生ぬるいのに床だけはひんやりと冷たい。
居間のテーブルに目を向けると、昨日も見た書き置きがまだ置いてあった。
—省吾のクラスの懇親会へ行ってきます。夕飯までには帰ります。—
綺麗な字だ。
書いた当人の方は、というと約束を放棄してしまったのだが。
さざ波のような怒りを覚えたところで、俺はその手紙に関して考えるのをやめた。今更になって何を考えても無駄にしか考えられない。
冷凍庫の引き出しを開けるとレンジでチンするタイプの餃子があった。迷わず袋を掴んで取り出し、袋を開けて中身をレンジの中に放り込んだ。
もちろん、放り込む前にちゃんと皿を食器棚から出して、その上に並べた。
(うわ、ひどい顔。)
バタンッと音を立ててしまった電子レンジの扉にぼんやりと映った自分の顔を見つめて思う。本当に昨日は色々あった。
ー日本の自衛と警備のネットワークに対する慢心はここにきて大きな穴を作り出したといえるでしょう...
いつからつけっぱなしだったのか、ニュース番組を写していたテレビのの画面を消した。
電子レンジに入れてから3分も経たず餃子は出来上がった。水蒸気のせいで普通に皿も熱い。
餃子の食べ方は大きく分けて三種類くらいあると思う。
醤油+お酢、醤油+お酢+ラー油、醤油+ラー油。
個人的に醤油+お酢+ラー油の全部入れは邪道だと思っているけど、他の人はどうなんだろうか。
ちなみに俺は醤油に酢は入れない。ラー油だけだ。単純に酢が嫌いというだけで別に深い意味はない。あ、辛いものは好きだな。全く深い理由ではないけど。
「いただきます」
一人で家で取る昼飯というのも寂しい。休日なのに。しかも皿は餃子一色という偏食っぷり。精神的にも身体的にも悪そうだな。
夏子さんなら餃子は既製品でも何かしら作ってくれそうだ。
(まあ明日から気をつければいいさ。)
そういえば明日は、施設の職員が来るとか言っていた。
お昼頃に来ると言っていたから、どうせお昼でも食べさせてくれるだろう。
餃子は一袋全部を開けたから、三人前くらいはゆうにあったと思うが、みるみるうちに皿の上から姿を消していった。
それだけお腹が空いていたのだろうか。
ストレスによる過食もさることながら、食べなさすぎも良くないということだ。
「〜♪」
なんて納得しながら俺が最後の一個の餃子に手をつけようとした時、ちょうど玄関のベルが鳴った。
「はいはいー」
俺は箸を置いて席を立った。
(誰だろうこんな時間に。)
こんな時間といっても真昼なわけだが、通っている学校も遠いから、別に尋ねてくるような友人もいないし、この家も団地で近所付き合いもそんなにない。
来るにしても回覧板が関の山か。
「うちは勧誘とかならお断りですよ。」
俺は一人で家にいるときの決まり文句を言いながらドアを開けた。
「って、誰もいないし。今時ピンポンダッシュ?」
ドアを開けた先には誰の姿もなく、ただまっすぐな廊下とそれに沿って並ぶ手すりがあるだけだった。
空はおいでおいでと手招きするように魅力的な青で、ちょっと向こうには真っ白な入道雲も見える。まさに夏真っ盛りと言った感じだ。それほど遠くない近所の公園から、子供たちの無邪気な笑い声が聞こえて来る。
—— にしても暑い、部屋の中も十分に暑いと思えたがそれでも幾分ましだったようだ。
早々にいたずらかと決めつけてドアを閉めようとした時、玄関の扉のすぐ横の郵便受けに何かが入っているのに気づいた。
(なんだこれ。)
見てみると、それは大きな白い封筒だった。「重要書類在中」の字が目に入る。
「重要書類って…」
とりあえず俺は封筒を手にとって、そそくさと家の中へ入った。
せっかく貯めた冷気がドアを開け放していては勿体無い。
「重要書類ってなんだろう。あれかな、税金とかの。それとも電気とかガスとか光熱費か?」
また少し生ぬるくなった廊下を独り言とともにキッチンへと向かう。
(税金ならもう払うべき義務はないんだけどな。)
郵便というのが送ってから届くまでどれくらいのギャップがあるものなのか知らないが、そもそも自動送付だったら対応できなくて当然か。
しかしよく見てみると、送付先の氏名は「谷口 龍平」で俺の名前になっていた。
「山本」の名札の住所に「谷口」宛の郵便物を入れるくらいなのだから本当に俺宛なんだろうな。
ああ、別に苗字で遊んだわけではない。
俺はとりあえず封を無造作に切って開け中身を取り出した。
重要書類と書いてあるからどんな大層なものが出てくるかと期待していたら、実際出てきたのは何かのパンフレットらしき妙にカラフルな冊子とぺらぺらの紙一枚だけだった。
「パンフレットって。」
試しにパンフレットの方を開いてみると、これまたカラフル、かつ可愛らしい字で「ようこそ!センチピードへ!」と書いてある。
カラフルな背景にカラフルな文字を置くものだから、色が混ざってなんだか気持ちが悪い。グリフィンドール、十点減点!
このページだけでもこれが一体何のパンフレットかは察しがついたが、次のページを開いた瞬間、自分の勘が間違っていたのかと疑ってしまった。
- 僕は狐のコン助!よろしくね! -
その一文とともに添えられた挿絵のふざけた狐が俺に手を振っている。
- これから僕達の紹介をしていくよ! -
「勘弁してくれ...」
予想の斜め上をいくパンフレットの有様に、とっさに心の声が漏れてしまった。
このパンフレットは全年齢対象なのだろうか。少なくとも、そろそろ義務教育を終える人物向きではないことは確かだ。
「もしこれが精神年齢に合わせてあるとしたら、煽りか何かだよな…」
だいたい、コン助ってなんだよ。
半分呆れながら次のページをめくると、ようやくこれが何のパンフレットかが明らかにされた。
- 児童養護施設センチピード。 -
よくもまあ「ようこそ」と「キツネのコン助」(正確にはコン助を合わせて3体くらいキャラクターがいたが。)だけで見開き2ページまるまる使えるな。
どうやらパンフレットにある施設はかなり大きいらしかった。
施設の外観写真などは、どうでもいいことにページを使った割になかったが、施設内にあるものリスト(めちゃくちゃ可愛いレタリングだった。)、と書かれている一覧表には体育館、食堂、はたまたプールなどもあるらしい。
施設の見取り図も載っていたが迷路かと見間違うほど広く入り組んでいて迷わないか心配だった。
小さくて、みすぼらしくて貧乏で...という、俺が施設に持っていた偏見とは違うようだ。
そんなに機能の充実した施設、どこの金持ちが運営しているんだか。
児童養護施設なんてビジネスの枠を超えて慈善団体だろうに。
そのページに次いでパラパラとめくっていくと、教育プログラムなんてものが出てきた。
全寮制の学校かよ。
どうやら義務教育家庭の終了した後も、望むなら大学まで勉学へのサポートが受けられるらしい。
いよいよ、宗教関連が絡んできそうなレベルで出来すぎた話になってきた。さすがに話がうますぎはしないだろうか。
施設の写真がないって時点でかなり怪しいし。
この施設から出た人間は全員洗脳されて社会に出た後、自分の収入を宗教団体につぎ込むようになるのかもしれない。
(さすがにオカルト思考が過ぎるか…。)
俺はそう自嘲しながら後のページをさらりと斜め読みすると、今度はペラペラした文字いっぱいの紙の方に目をやった。
まあなるほどなんとなく見当はついていた。いわゆる契約書ではないが、この施設の代表者を自分の身元保証人にすることを承諾するというのが書いてあることのだいたいの内容だった。
ご丁寧に、自分の個人情報を書く欄には赤字で「入力必須」と書いてある。
しかもだいぶ細く記入することになっているらしい。
苗字、名前はさることながら、生年月日、身長、体重や両目の視力、果てには手や頭のサイズまで。
靴のサイズとかならわかるが、なぜ手と頭?ヘルメットやグローブでも標準装備でこの施設では身につけるのだろうか?
というか、そんなのわかるわけがないだろうに。
見た目だけでも随分とボリュームがありそうなので、俺は近くにあったペンを掴むと早速記入欄を埋め始めた。
自分でも知らない、というか例え、健康診断やその他諸々の結果を見たとしてもわからなそうなものばかりあるのでどこまで自力でできるやら。
とりあえずわかる範囲だけを書き込もうとしたら、見事に半分までしか埋めることができなかった。それもほとんどが去年の数値だ。
名前: 谷口 龍平 年齢: 16歳 身長: 176センチ 体重: 68キログラム 視力: 両目とも1.0 靴のサイズ: 27.5 睡眠時間平均8時間 100m走タイム 17秒 5km走タイム 37分 握力 右30 左26
正直自分の視力をちゃんと把握しているだけ、褒めて欲しいところだ。記入事項がスポーツテストのような内容なのは気のせいだろうか?
これ以上はどう頑張っても無理なので、明日施設の人間に手伝ってもらおう思って席を立ちかけた俺の目に飛び込んできた一文に俺は愕然とした。
『記入単位はフィート、ポンドでお願いします。』
「いや、遅いよ。遅すぎるよ。ペンで書いちゃったじゃん。」
素早くツッコミを入れる俺、かっこいい。
もっと先に書いておいてくれれば…。だいたい日本はグラムとセンチだろ普通。
手に握ったペンを折れるほど強く握りしめながら心の中でこの書類を作った人間の性根の悪さに悪態をついた。
悪態をつきながら、俺は修正液と単位を求めるために俺の部屋へ歩いて行った。
部屋に入り、どすっと腰を椅子の中に沈めるとゲームのキャラ設定画面を消して、検索用にインターネットのウィンドウを立ち上げた。
ペンを久々に握ったことによる、指のだるさをまぎらわすようにゆるゆるとキーの上をなぞっていく指を見ながら、時々タイピングを間違えるたびに削除キーを叩いた。
「なになに、68キロは…ほとんど150ポンドくらいか。数字がでかいな。デブにしか見えん。176センチは5.7フィート。って、なんかいきなり小人になった気分」
俺は面倒くささを誤魔化すように独り言を吐きつつ、単位をパソコンで変換する。
「修正液は…。確か引き出しの中だったよな」
またもや独り言を呟きながらパソコンの置いてある、多機能勉強机の引き出しを開けたが、残念なことに修正液はそこにはなかった。
いや、あったことにはあったのだが、蓋が開けっぱなしになっていて中身はカッピカピ、とても使える状況ではなかった。
窓とブラインダーの隙間から覗く太陽が凶暴にギラついている。
「嘘だろ、この暑い中外とか出たくないぞ、俺。」
俺は大きなため息とともに開けた引き出しをしまって椅子にまた深々と腰掛けた。
今日という日に外を出歩くと思うと、かなり腰が引けた。
日差しはきっと刺すように痛いだろうし、かと言って長袖を切れば暑いから、それはそれで嫌だった。
しかし、この書類は明日施設の人間が来る時に一緒に渡すんだろうし、一応の誠意は見せておきたい。
(後回しにしても、まためんどくさくなるだけだしな。)
そう思い立ち、椅子から重たい腰を上げようとした時、俺の頭をふと疑問がかすめた。むしろなぜ今まで気にしなかったのか、というレベルではあるが。
俺はうきかけた腰をまた椅子に落ち着け、キーボードに手を置くと検索用ウィンドウに文字を打ち込んだ。
キーが軽快な音を立てて静かな部屋に響く。
その途端、何かが大きく弛む音がした。弾けような音と、金属が擦れるような音、その間に空気の抜けるような音がして部屋の景色が一瞬歪んだかと思うと、すぐに俺は自分の意識を手放しかけていることに気がついた。
俺の体が床に崩れ落ちる寸前、コンピューターのウィンドウに浮かぶ文字が目に入った。
- 検索ワード: 児童福祉施設センチピード 検索結果: 0件 -
初めての投稿、つまり前日譚を投稿しておきながら見切り発車が祟って全くアイディアが形を成さないまま一ヶ月が経過。これではしょうがないということでまさかの序章をすっぽかして本話突入。これでまた詰まってしまわないといいんだけど...。残日譚は半分くらい書けているのですが、どうもしっくりこないのでもう少し時間をください。