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8月3日

しょっぱなから、あんまり主人公関係ありません。世界観に入りやすくするための前日譚となります。大方はあらすじでほとんど説明されていますが、それをもう少し詳細にしたんものがこの話の中身になります。時々一人称なのか、三人称だかわからなくなるところがありますが、そこはご愛嬌で。

また、どう考えてもハリウッドに当てられた英語セリフが出てきますので苦手な方は()の中の日本語訳だけお読みください。省略表記を使っている箇所があります。

 寒いくらいにクーラーのきいた銀行の中は、たくさんの人でごった返していた。


 淡々と呼ばれる番号とともに、一人また一人とソファーから腰を上げて窓口へと歩いて行く。


 ルーカスは自分の番号が呼ばれるを待ちながら、自らの不幸と無能さを呪っていた。


 生来ガサツ、適当、ルーズという自分の性格には困らされてきたが、まさか異国の地で「クレジットカード」をなくすことになるとは。


 ルーカスは一昨日、仕事の帰りに一杯やろうと見かけたバーに寄ったのがそもそもの間違いだったのだと嘆く。


 たとえ、素敵な日本人女性に相手をされたとして、酒に弱い上、上戸なルーカスはそもそも酒を飲むべきではなかったのだ。


 それでもルーカスがバーなんかに寄ったのは、大きな仕事が無事に終わって機嫌がよかったからだった。


                  *


 元々はいくつかの日本企業からすでに了解されている契約書類に、法的な効力を持たせるためのサインをもらうだけの簡単な仕事だったはずが、そのサインをもらうのに一週間以上交渉を続けるという。

 

 まあすべて自分のせいなのだが。


 仮にも一企業のCEOがなぜこんな雑用をと、適当な気持ちで相手企業を訪れたことが悪かった。


 しかし、相手側は契約内容に完全に納得していたし、秘書のジャンから言い渡された内容も、本当にただサインを貰えばいいだけだったのだ。


 ただ最後になって、相手側から提示された熱意の表現というわけのわからない条件が、この一週間の苦難の発端になった。


 まさか、今更になって仕事に対し「熱意」を求められるとは思わないルーカスは、ほとんど丸腰でサインをもらいに行ったので、その日もちろんサインはもらえなかった。


 ルーカスは何とかして企業からサインをもらおうと躍起になった。絶対にルーカスの会社には日本の技術が必要だったからだ。


 自分の会社から、日本製品を使うプロジェクトに関する資料を取り寄せ、プレゼンのためのスライドと動画を企業の数だけ作り、一人一人へのハンドアウトを作る作業をほとんど寝ずに一人でこなした。


 一週間にわたる交渉とプレゼンテーションを経て、ようやく一昨日、すべての企業からサインをもらうことができた時は一瞬無神論者をやめようかとさえ思った。


 最後に相手側企業の代表と契約成立の握手をした時、ルーカスはほとんど意識を手放しかけていた。


 (文化による価値観の違いとはよく言ったものだ。)

 

 そう、ルーカスは思った。


 今回の契約内容、相手側の日本の会社や工場からしても悪い申し出ではなかったはずだ。


 それが熱意の確認など、下手をすれば相手側に機嫌を損ねられて、提案はなかったことになってしまうとは考えなかったのだろうか。


 アメリカなら、熱意なんて不確かなことは確かめないだろう。契約を結ぶ前に抜け道を作ろうとか、狡いことをやる駆け引きはあるかもしれないが。


 気になって聞いてしまったルーカスに彼らは、「ショクニンダマシイ」だと答えてくれた。もっともそれが何のことかはわからなかったが。

 

 しかし、彼らの語る様からそれが、彼らにとってとても重要なことだということは伝わってきた。


 今回の出来事は今まで技術大国、という点でしか評価していなかった日本という国へのルーカスの認識をあらためさせられた。


 そして、芽生えつつある日本への敬愛を胸に抱きながらも、そどうしようもない疲れと格闘しているルーカスの前にその天国が現れた。


 "JAPANESE BAR"だ

 

 ルーカスが立ちよった、随分と雰囲気がジャパンな店はその店にはルーカスの他に客がいなかった。


 何やら最初に出てきた「オトオシ」?というのがものすごくうまかったのを覚えている。


 あんまりにも、うまかったので、その「オトオシ」をもう一つ頼もうとしたらバーテンらしき男に笑われてしまった。


 それは日本のバーが最初にが出すもので、客が払う席のチップへの対価らしい。


 ワオ、チップスやフライしか出ないアメリカのバーと比べると雲泥の差だ。


 飲みすぎた理由の一つに、隣に座って酒をカップ(?)に注いでくれた「ジャパニーズ着物」を着た日本人の女性の存在があったことは正直に認める。


 年はルーカスより若いのだろうか。日本人は欧米人に比べれば若く見えるので確かなことはわからなかったが、決して幼くはなく、しかし妙な快活さを持つ、独特な女性だった。


 少し茶色がかった艶やかな髪の毛を頭の上で束ねており、それによって見えるうなじがあやかしかった。小さな唇はハリがあって、可愛らしい動きをしながら、また可愛らしい言葉遣いをする。少し小ぶりの鼻が他の顔のパーツを引き立てていた。


 吸い寄せられるような大きな瞳は、ルーカスが最初見た時は朱色に見えたが、後でよく見るとかなり明るい茶色だということがわかった。


 日本語のあまり得意でない自分の話を、朗らかに笑顔で相槌を打って聞いてくれる彼女には天然の魅力があった。


 時々混ざる英語も気にせず、気付けば身の上話や人間関係の愚痴、仕事の話、話すことがアウトなことまで口走っていたかもしれない。


 しまいにはその魅力にやられて、彼女を口説くという最低なことまでしたのに、店を放り出されなかったのは幸運だったと言えるだろう。


 彼女の返事まではまでは覚えていないが、十中八九酔っ払いの戯言だと思われて相手にされていなかっただろうことはわかっている。


 結局、完全に出来上がったルーカスの記憶はそこでぷっつりと途切れている。


 気付けば、半分だけ足をとおしたズボンに、汗臭いワイシャツという格好でホテルのベッドの上に転がっていた。


 土地勘のない自分があのバーから、どうやって自力で自分の部屋まで戻ったのかは見当さえつかない。何もトラブルを起こしていなければいいのだが。


 誓っていうが、ルーカスがここまで酔っ払って暴走したのはミネソタ州法の定めるところの成人年齢に達した日の夜以来のことである。


 何があったなど言う必要もないが、大波乱の1日から少なくとも15年はハメを外したことはなかった。


 その日、ルーカスが自分の絶望的なまでの酒への耐性のなさに気付かされ肩を落とすことになったのは言うまでもない。


 居酒屋から帰った次の日は、ひどい二日酔いと頭痛でベッドから出ることができなかった。特に重要な仕事もなかったので、生活を全てルームサービスで済ませた。


 クレジットカードがないことに気づいたのは酔いつぶれた日から二日経った、今日のことだ。


 ルームサービスや交通費は全て会社の出張経費で落ちるので、ルーカスは気づかなかったが、今日の朝、急に祖国の味が恋しくなったルーカスがホテルを出て、ホテルの外へブランチを食べに出かけたことでクレジットカードを無くしたことが判明した。


 アメリカンブレックファストを一皿しっかり堪能し終わった後、チェックをしようと思ったら、いつも入れている場所になかったのだ。


 とっさに会社の小切手を切ってしまったが、後でジャンに問い詰められることを考えると、なんとか言って銀行へ行って現金をおろしてきた方が良かったように思える。


 ブランチの値段など大したことはないが、たとえそれが少量であっても会社の顔が率先して会社の金を使うのは優秀な秘書が許さなかった。


 ルーカスは自分が盗みをはたらいてる気がして、心持ちが悪かった。


                  *


 ルーカスのアメリカへのフライトの予定はすでに二日後に迫っていたが、もう会社の経費を使うことはできないの少し日本円で現金を持っておこうと、こうして銀行へ立ち寄っていた。


 とはいえ、ルーカスは日本の銀行などそもそも使ったことがない。

 

 なので、とりあえず人が窓口に立っているところで事情を説明しようと思っていたところだった。


「あれ、あなたはおとといの...。面白い外人さんですよね?」


 唐突に背後から声が聞こえた。


 聞き覚えのある声に振り返ると、これまた見覚えのある顔の日本人女性が立っていた。


「やっぱり!ちゃんと自分の部屋まで行けました?すごい酔っ払ってたから...。仕事とはいえ少し飲ませすぎちゃったかな。ゴメンなさい。」


 あのバーにいた日本人の女性だ。化粧はしていないが、あの美しさは作られたものでないことが。


 おととい見た時と寸分違わない振りまかれる空気に、ルーカス鼓動が心なし早くなる


 こんなところでまた会うとは思ってなかったが、心の中でルーカスは見事にガッツポーズを決めていた。


「ええ、そうです。バーではありがとうございました。」


 しかし、自分があの時、彼女をバーで口説いたことを思い出して冷や汗が背中を伝った。


「バー?あ!松葉重さんのところね!あれは居酒屋っていうんですよ。...そっか、それならよかったです!でも、飲めないなら飲めないと言ってくれれば...。無理しちゃダメですよ?」

「ア、ハイ。すみません。What? イザカヤ?」


 女性に対して、大の男が小さくなって謝っているのがそんなにおかしかったのだろうか。自分を見て彼女はクスクスと笑っている。


 イザカヤという単語をルーカスが知らないことを察した彼女は楽しそうに説明する。


「そう!イザカヤです。日本のバー、なのかな?外人さんは銀行へはお金をおろしに来たんですか?あ、でもクレジットカードあるからいらないか。」

「あ!そうクレジットカード!知らない?ですか?」


 ルーカスは、クレジットカードという言葉にパッと反応する。もしかしたらバーに置いてきたかもしれないと思っていたのだ。


 彼女はしばらく考え込んでいたが、残念そうに首を振った。


「うーん。お支払いはクレジットカードでしたし...。ホテルまで送って行った時もタクシーは使わなかったですから...。お部屋か、ホテルのどこかとか...。」


 彼女が何を言っているのか、あまり聞き取れなかったが、イザカヤに置いてきたわけではないようだ。


 いよいよ、本当にこれは見つからないなとルーカスは首を振ったが、同時に今きになる言葉が聞こえた気がして聞き返した。


「Wait! ホテルまで送ってった?あなたが?」


 彼女は当然というように目を大きく見開いた。


「そりゃあそうですよ!あんなにベロンベロンに酔っ払ったお客さんをそのまま放っておけませんし、それにホテルも近かったから...。覚えてないんですか?」


 ルーカスには全く覚えがなかった。女性に介抱されてホテルに送り届けられというのは...。


  ルーカスは一昨日の自分の醜態を恥じた。ユリエがルーカスの気まずい空気が流れた。


「そういえば私、名前を言ってなかったですね?私、ゆ...。」


 パンッ パンッ


 彼女が全部を言い終わらないうちに、乾いた音が二人の男の、二つの言語による叫び声とともに空間に響き渡った。


「全員床に伏せろ!」

「GET ON THE GROUND!」


 みれば覆面をつけた男たちの両手には鈍く光る黒いものが握られている。どうやらそれらが先ほどの音の発生源だったようだ。


 男たちのうち一人が、こちらにその黒光りするものを突きつけながらわめいた。


「部屋の隅に全員まとまれ!」


 その場の客全員が一瞬固まって、そして誰かが悲鳴をあげたことから銀行の中は混乱に包まれた。


 何人か、入り口に近いところにいた客たちが慌てて逃げ出した。

 

 ルーカスの目には、男たちがあまりにもあからさまな銀行強盗に見えた。

 

 手に握られた拳銃は今時、アメリカのアミュネーションでもかなりコアなところでしか手に入りそうにない骨董品だったし、セリフがよくあるテレビショーのまんま写しだったのだからルーカスは盛大に吹き出した。


 もっともいくら骨董品だと言っても、それが火を吹けば人一人の命が簡単に散ることに間違いはない。


 パンッパンッ


 再び乾いた音が響く。同時に入口の方から金属が擦れるような音がしてシャッターが閉まり始めた。


 男二人組は人々の影に隠れたルーカスたちには気づいていないようだ。


 他の客たちに早く隅に集まるよう促している。


 とっさに“彼女”の手をとると、ルーカスはそっと物陰に向かって移動し始めた。


 いきなり腕を掴まれたことに、一瞬動揺した彼女だが何も言わずついてくる。ヒステリックでも起こされたらどうしようかと思っていたが杞憂だったようだ。


 ぞろぞろと部屋の隅に集まり始めた銀行の他の利用者とは反対に、ルーカスたちはカウンターの裏へ回り込んだ。


 そこからしばらく様子を見ていると、男たちは何やら客たちの人数を数えているのが見えた。いまいち状況がつかめない。


 それが終わると、今度は客たちを縛り始めた。二人しかしないのでかなりゆっくりではあるが、一人また一人と縛られていく。


 男たちは客の手はもちろん、足、目さらには口まで塞いでしまった。かろうじて鼻からのみ呼吸ができるようだ。


 ルーカスは違和感を覚えた。どうも計画性の薄そうな銀行強盗のわりに、何か引っかかる。第一、金が目的なら銀行員は縛らず残しておくべきだ。


 それが全員を縛るなど、男のうちどちらかがこの銀行に対して詳しいのだろうか。


 ルーカスが考え混んでいると、男たちは今度は何を血迷ったのかその覆面を外し始めた。


 まだ全員を縛り終えたわけではないので、当然まだ縛られていない客たちは今自分たちを恐怖に陥れている対象の方をじっと見ている。


 無事に出られた時、犯人の顔を覚えていれば逮捕に貢献することもできる。そう思っているものも少なくないだろう。


 男のうち一人はどこからどう見ても日本人だった。いや、アジア人というべきかもしれないが。

 

 凹凸のない顔に、短く切りそろえた黒髪。肌の色は日焼けしているのか、小麦パンのような色をしている。遠目からでは細かいところまではわからないが、銃を持っている手から察するに左利きのようだ。


 もう一人の方は対照的に凹凸の激しい、言って見ればルーカスに近い人種に感じられた。つまり欧米人だ。背が日本人と対して変わらないのは彼が小さいのか、日本人の彼が大きいのか。


 日本人の方が、ほとんどすべて客に対して命令しているのを見るに、欧米人の方は日本語がしゃべれないのだろう。


 二人は、何人かを縛らず残したまま、英語で雑談を始めた。慌てて聞き耳をたてる。


 「Dunno. It won't take that long. 」(わからん。そんなにかからないだろう。)

 「Hopefully. Not comfortable to be in this place. You know how I feel. Right?」(そうだといいな。ここは居心地が悪い。わかるだろ?)

 「I suppose, more or less.」(まあね、それなりには。)


 途中からでは何の話をしているのか全くわからなかった。


 いつまでたっても金を要求する気がないこと、客を縛り上げたこと、それから不可解な言動の数々。彼らの意図が不明だった。


 「Here they come.」(来たみたいだな。)


 先ほどから少しそわそわしていた日本人がどこから取り出したのか、何やら通信機らしきものに耳を当てていった。


 ルーカスは理解した、こいつらには仲間がいる、と。


 おそらく、銀行を占拠する組と金を運ぶ組という具合に分かれているのだろう。


 ルーカスは本当のところ、安全になるまでここでやり過ごすつもりだったが、それではダメだ、おそらく見つかる。


 なんで窓口のカウンターの裏なんかに隠れたのか。思い切り彼らのターゲットへの通り道ではないか。


 とにかく彼女だけでも外へ出さないと。


 「銀行強盗ならお金持って早く逃げてくれないかな...。」


 ルーカスが思考していると、彼女が小声で呟いた。


 「あいつら、仲間がいます。多分彼らそれを待ってた、と思う。」


 それを聞いた彼女は深くため息をつく。


 「私、ユリエって言います。」


 妙なタイミングでの自己紹介に一瞬戸惑ったルーカスも自分を名乗る。もっとも、イザカヤで散々言っていたかもしれないが。


 「ルーカス。ルーカス・アダムズです。」


 フルネームで名乗る必要があったのかは微妙だったが、ルーカスのそれは、半分ビジネスマンとしての癖なので仕方がない。


 「本当に外国人なんだね。」


 むしろ今まで何だと思われていたのだろうか。少し落ち込んでいるルーカスをよそ目に、ユリエは何かを考え込んでいるようだった。


 「他に出口ってないかな?」


 ルーカスは首を振る。

 

 「ない。」

 「そっか、だよねえ。」


 ユリエの顔が曇った。

 そう、唯一の出口は今シャッターが下りている。ルーカスはその質問には即答した。


 即答しておきながら、ふとさっきの男たちの会話を思い出して訂正する。


 「ゴメンなさい。多分ある。」

 「えっ?」


 ユリエの表情が少し晴れる。しかし、ルーカスの話を区や否やすぐに落胆した。


 「あの男が知ってる。」


 指差した方向にいるのは残った客の手足を縛っている二人組の片割れだった。

 



 

かなり前(多分小学生)から考えていたものの書き起こしになります。これを含めてあと三、四話分で序章とするつもりです。更新は不定期にはなると思いますが...。

洋書にかなり影響を受けていますが、そこはある意味のウザさとして許してやってください。書き手はゲルマン言語使うの大好きです。

これからルーカス君(32歳)の脱出劇が始まります。戦闘描写どうしようかなと悩んでいる作者です。


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