8話 佐藤は強がり
案の定、中島のシフトの日に当たってしまったから、盛られた。麺、絶対二百グラムある。器が重いもの。というか、吉田さんとか三百グラム頼んでるのに何で平気で食べているの。
「……中島!盛った分食えよ!」
「えー、無理」
吉田さん曰く、百グラムは普通のラーメンらしいのだが、私の胃のキャパシティは、百グラムが限界だと言っている。一般的な大学生の胃は四次元ポケットか何かなのだろうか。
「佐藤に二百はさすがに盛りすぎじゃね」
今井さん、いいことを言った。その通りです私の胃は小さいんです、よくわかっていらっしゃる。
「さとるみは食える!」
「無理だって言ってんじゃん、中島って馬鹿なの?」
憐みの目で田口さんに見られた。心底田口さんが憎い、といいつつ田口さんは二百五十グラム食べきっているしなあ……。偉い。出されたものは残さない、というのが私のポリシーなのだが。今回ばかりは残さないと私が吐いてしまう。
「佐藤は頑張ったよ」
吉田さんが不意にそんなことを言った。タカユキにも、昔そんなことを、言われたことがあって。
「……佐藤泣いてる?」
今井さんに言われるまで気づかなかった。私は涙を流していた。大盛りのラーメンを頑張って食べたからじゃなかったけど、タカユキは確かに、私に。
「…………ッ、ごめん、先出るね」
私に、あの日、≪頑張ったね≫と、言った。
忘れもしない、高校二年生の冬、クリスマスもそろそろだね、なんて言いだした頃。――――――――――
私はあの日、誰も居ない渡り廊下で、世界史の先生に、≪好きだ≫と言った。初めての愛の告白だった。振られるとわかっていた。彼は年上の女が好きだったから。
「佐藤は頑張ったよ」
タカユキは知っていた。私が世界史の先生に恋していることを。そして当時から、タカユキは知っていた。図書館の司書のおばさんと、世界史の先生が付き合っていたことを。
「泣くなよ。……わかってたんでしょ?でも言ったんでしょ?」
二人きりの、あの教室にもし、戻ることが出来たら。私は多分、タカユキに≪好きだ≫と言うだろう。もしあの時私が、タカユキを縛っていたら。もっと違う運命が、待っていたんじゃないかとも、思うことがあるんだ。
予報外れの雨が降ってきた。寒い。バイトがないのが救いだった。金曜日の夜、一人で歩くこの通りは、寂しいものだ。傘を持っていない上に、フードのない服を着ている私は、雨を浴びるしかなかった。
「……吉田さん」
六駅南にある実家に住んでいるはずの、吉田さんが、目の前に立っていた。黒い傘をさしている。額には汗。走ったのだろうか。
「…………佐藤は、何が苦しいの」
私側に傘を傾けながら、吉田さんはそう言った。雨の音が徐々に強まっていく。心が締め付けられる思いだった。
「吉田さんにはわからないですよ」
思ったよりも低くて、冷たい声が出てしまった。タカユキみたいな顔で、タカユキみたいな声で、優しいことを言わないでほしくて。
「佐藤、俺は……」
「タカユキみたいなこと言わないで!私に優しくしないでよ!どうして……どうして……」
泣くしかなかった。幼稚な私には、泣くしか術がなかった。雨がどんどん強くなっていく中、私と吉田さんの間だけ、時が止まっているようだった。