7話 佐藤は堅物
約束通り、ちゃんと吉田さんとやってきた、≪角田≫。二人きりは嫌、と言ったら、吉田さんは、同じ学科の同学年女子、≪今井春香≫と、吉田さんの唯一の友人ともいうべき、アートコースの逸材、≪田口宏文≫を連れてきた。田口さんを呼ぶ意味は分かる。吉田さんといつも仲良さそうにしているし、男だし。仲良さそう、という意味では、確かに≪はるちゃん≫、もとい今井さんを呼ぶ意味も分かるんだけど。里咲じゃないんだ、というのが、強い。里咲と吉田さんが付き合っているという事実を知ったのは、本当に最近だ。割と前から付き合っていたことは付き合っていたらしいが。知る機会もなかったし知ろうともしていなかった。里咲を呼ばれたところで、気まずいから。別に今井さんだろうが誰だろうがいいんだけど。
「……アクリル絵の具の分とレポートの分を考えたら、私が吉田さんにおごられるのは必然かと」
食券を買うためのあの機械の前で、私と吉田さんが言い争っていると、
「まあまあ、佐藤。俺が出してやるから」
田口さんが私に野口英世を差し出してきた。いや、お金を惜しんでいるのではないんだ。田口さん。
「田口さんからのお金はいりません。吉田さんからの正当な見返りを受け取っていないという話です」
田口さん、実はもう既に自力で稼げるだけの実力があるイラストレーターなのである。その辺の大学生よりは絶対に金持ち。だからといって庶民的な金銭感覚を失っていないあたり、私は田口さんに好感が持てる。
「佐藤……」
吉田さんが私に対して嫌な視線を送ってくる。私もそれに対抗して、軽蔑のまなざしを送っていると、
「あれ、このメンツ珍しくない?」
≪角田≫で社畜っている、と噂の、芸術学科二年生、≪中島綾斗≫が絡んできた。
芸術学科に毒されているラーメン屋は少なくない。この近所のラーメン屋さんには、たいてい芸術学科の二年生が務めている。中島も、その一人である。
「綾斗じゃん、久々に見たんだけど」
吉田さんがいち早くレスポンスを返した。吉田さんと中島、なんか違和感がある組み合わせだ。
「だって吉田くんタスク違うしね。火曜三限もサボったし。……っていうか、さとるみじゃん」
「何だよ中島」
唯一私が敬語を使わない先輩、それが中島だ。同じサークルのやる気ない者同士、仲良くしている。珍しく。
「何でラーメン?……っていうか、さとるみとはるちゃんって仲良いの?」
中島に欠如しているのは先輩への尊敬の念と他人への配慮である。
「仲良しだよ。ねえ、佐藤」
今井さんに肩を組まれた。今井さん腕細いなあ。
「仲良しだよ」
私も今井さんに便乗してそういったら、中島に笑われた。中島、あとで絞める。
「ほら佐藤、お前の食券」
吉田さんが、私がいつも食べる醤油ラーメンの食券を差し出してきた。諦めたのか、出費。
「やったあ!吉田さんありがとうございます!」
中島に食券を差し出して、注文を付けた。麺百グラム、薄味、絶対に盛るな、と。吉田さんがその光景をみて、薄ら笑っていたのを、私は見逃さなかった。