6話 佐藤は干物女
―――――――――――あのね、と口を開いたのは、私の対岸に座っている女、≪道宮彰子≫だった。
入学当初は仲良くしていたけれど、今では授業が重ならなくて、話す機会もなくなっていた。長期休暇の間も会うことはなかったし。正直合わないな、と思っていたから、安心していたのに。何だろう。
「なるとさんに告白されたの。……どうしようかなと思って」
≪なるとさん≫。知らないわけではない。むしろ知り合いすぎてどうしよう、っていうレベル。教養学部芸術学科の選択必修科目のうち、一、ニを争うブラック授業、≪放送タスク≫を束ねる四年次の学生である。本名は≪黒瀬修平≫。なぜ≪なるとさん≫と呼ばれているかは、また別の話、ということで。
「それは彰子の好きにすればよくね。なぜ私に言うかね」
「さとるみ、なるとさんと仲良しでしょ」
出たよ、出ました。女子の大好きな奴。≪○○って、○○と仲良しでしょ?≫っていうお決まりのアレ。私はこれが大嫌い。女子という生き物、大嫌い。
「別に仲良しじゃないし。……私に何かを求めないでくれ。私は彼氏いない歴=年齢の人間だからな」
三限終了のチャイムが鳴った。救いのチャイムだ。
「私は四限があるので行くぞ。……じゃ、頑張ってくれ」
「えー、マジ!?……えー」
面倒だな。そう思った矢先であった。
「おい佐藤、四限のレポート見せろ」
吉田さんの登場であった。今日ばかりは救いである。ナイスタイミングであると吉田さんを褒めたたえたい。
「里咲に頼めばいいじゃないですか」
このままこの芸術学科のたまり場である≪教養学部C棟ラウンジ≫から出て行くのは自然な流れであった。さすがの彰子も追わないだろう。次の授業はB棟まで出なければならない。階段をいくつ上がればいいのだろう。
「今日里咲休むって」
意外だった。一年生は滅多に取れないアート系の、しかも本当に絵を描く授業だったから。里咲はアートコースだし、自分で描いた絵を、コンクールやなんかに出展するような奴だったから。
「……そうなんですか。別にいいですよ」
吉田さんもそういえばアートコースじゃないか、と思いつつ。私はラウンジを後にした。彰子が話す相手を変えたのも、彰子の大きな声で、よくわかった。
吉田さんと行動することが、最近多い。吉田さんが私と浮気している、という噂も流れているらしいが。私に限ってそんなことはしない。私は汚らわしい男女の関係が一番嫌いだ。
「佐藤、約束通り、角田だからな」
「……吉田さんって、私のこと何だと思ってるんですか?」
教養学部B棟、一階の角の教室の隅。私と吉田さんが、隣り合って座った瞬間。私の列を挟んで隣の席の同学年が、ひそひそと、話を始めた。よからぬ話をしているのだろう。勝手にしろよ。私と吉田さんが、お前らの望むような関係になることなんて、一生ないよ。
「佐藤は……佐藤だよな」
意外だった。道具とか、そういうこう、無機物みたいな答えが返ってくると思っていた。
「それは答えになっていないと思います。……それより今日、アクリル絵の具の日ですけど」
「はあ、忘れてましたねー。……佐藤貸せ」
今日はラーメンおごってもらおう、と考えつつ、私は吉田さんを鼻で笑った。