5話 吉田のオンナ
佐藤と会った後に正式な彼女に会うと、いたたまれなくなる。インナーカラーを最近青にした彼女。≪早川里咲≫。メイクは薄いしかわいいし、性格も明るくて言うことはない。ないけど。何か違う。
「ねぇねぇ、吉田くん」
ちょっとスローな語り口調、ちょっと低い声。佐藤に似ているようで、似ていない。俺は佐藤と里咲と、どっちが大事なんだろうな。
「昨日言ったこと覚えてる?」
「夕飯、一緒に食べる」
そうだ、そんな約束をしたのに、俺は佐藤に≪角田に行こう≫と言った。ついさっきだ。
「さとるみと私とどっちが好きなの?……吉田くんは私のこと好きじゃないのに付き合っているの?」
その問いは、里咲が怒っているから出てくるものではなくて。ただ単に、里咲の興味本位で出てきた問いであろう。確信があった。里咲は執着心に欠ける部分があるから。
「里咲のことは愛してるよ」
我ながらサムい言葉を吐いていると思う。佐藤に聞かれたら、罵詈雑言を浴びせられるに違いなかった。
「じゃあ私とセックスできる?」
プラトニックだった俺たちの関係に、亀裂が入った気がした。里咲と一夜を過ごしたことはない。里咲と付き合ってから、三ヶ月は経っている。でもそんな雰囲気になったことは、一度もなかった。佐藤がそれを知ったら、どう思うのだろう。里咲との関係を、佐藤はなんと形容するだろう。
「ほら、すぐに答えられないんでしょ。……吉田くんの優しさって矢印が私に向いてないよね」
里咲が笑った。佐藤のあの、笑っているのでもない、かといって無表情と言ってしまうには勿体ないあの表情とは違う。里咲の明快な笑顔は、今は脅しでしかなかった。俺は里咲に縛られているのだ。早川里咲という女に。
「俺は誰にでも優しい男だから」
里咲はそれに同意してくれはするが。多分そのうち、俺の隣から去っていくだろう。里咲はずっと笑顔でいるくせに、辛い思いをしているところがあるから。
当初の約束通り、里咲と夕飯を食べるため、買い出しに出た。この辺では一番朝早くから開いていて、一番夜遅くまで閉まらないスーパーである。里咲は俺の作るピラフを好物であると公言している。決まって俺が料理をするときは、ピラフかどうか聞いてくるのだった。
「今日は何作るの?」
「吉田くんのピラフを食べるんだよ?」
ほら、やっぱり。ピラフなんだ。里咲は食べるものにこだわりがあるタイプの女だから。多分俺がピラフを供給しなくなったら、それで終わりの関係なのかもしれない。
「里咲は俺のピラフが好きなの?」
「私は吉田くんのすべてが好きだよ」
里咲のピアス、今日はうさぎだ。そんなことを考えながら、俺は里咲の言葉を一笑に付した。