4話 吉田の鬱屈
――――――――――――――佐藤とは、割と関わりが深い方の人間だと思っていた。
佐藤は根暗な奴だ。本当に。自分のことが大嫌いで、とにかく自分を卑下したがる。佐藤はそういうやつだ。そして積極的に他人と関わりを持とうとしない。そういう傾向のある佐藤が、なぜか俺のことは、≪吉田さん≫と呼んで慕ってくる。教養学部芸術学科は仲良し学科として有名であるが。佐藤は先輩とも同年代とも、つるもうとしない。
「また会ったな、佐藤」
現代メディア論の時間、四限、一番眠い時間。佐藤は二限の時と同じ、無表情だった。疑わしげなまなざしは、四月の新入生合宿で出会った時と、変わらない。佐藤の班の引率になったのは、果たして幸運だったのだろうか。佐藤が、俺の中に、不安要素として、巣食っている。
「……これ、一年生向けの授業ですよね。しかもメディアコース向けですよね」
「芸術学科にコースの垣根はない。……俺は英作文できないからメディアコースをあきらめた人間だから」
芸術学科あるあるとして、センター試験の点数が足りなくて出願した、とか、二次試験の科目だけでコースを決めた、とかいうのがよくある。佐藤は私立大学が第一志望だったらしいが、落ちてこの大学に来たらしい。佐藤の絶望的な目は、そういうところから来ているのか、とも思ったけれど、どうやら違う。佐藤は受験の話をするとき、本当に表情を変えないから。
「吉田さんって一浪でしたよね。……ま、だからそんなふざけた人なんですね」
軽蔑するわ、と言いたげな顔だった。憎たらしい後輩だ。だが俺は知っている。佐藤が否定的な発言をするのは、心を開いている人間に対してだけだ、ということを。
「俺は実はスペック高いからな」
佐藤は俺のその言葉を鼻で笑った。担当の教授が教室に入ってきたのは、それから間もなくのことだった。
授業の最後に出席カードを出して、教室を出た。佐藤はまだ教室を出ていない。この後はもう授業がないので、佐藤にちょっかいでもかけよう、と思っている。佐藤は俺の中で特別だ。それは断言できる。ただそれは、恋仲になりたいとか、そういう特別、じゃなくて。
「佐藤、ラーメン食べるぞ」
「私この後バイトなんですけど」
家族が当たり前にいるように、佐藤にも当たり前にいてほしいと思う、そういう特別。
「いいよサボって」
「ラーメンよりお金の方が大事なので。……明日ならいいですよ」
佐藤が一瞬、柔らかい顔をした。この表情を見ると、安心する。それは今現在付き合っている同学科同コースの一年生の笑顔とはまた違って。母親が生きている、みたいな。そんな感じ。
「マジ?明日、角田な」
佐藤が好きだと言っていた、ラーメン屋。俺の彼女も好きだし、俺も好きだからよくわかる。≪角田≫という、味噌ラーメンの美味い店。
「わかりました。半額おごってください」
佐藤が食べるのはいつも、醤油ラーメンだ。そういうところも、本当に佐藤、って感じがして。俺は佐藤に何を求めているのか、自分でもわからない。
「むしろ俺がおごってほしいわ」
俺の言葉に、貧乏人、とだけ返して、佐藤は食堂の方へと向かっていった。多分早めの夕飯を食べるのだろう。バイト前には必ず夕飯を食べると言っていたから。佐藤の髪が風に揺れていた。俺の彼女にはない、綺麗なキューティクルが光っていた。