3話 佐藤の思い出
思えばタカユキも、写真を撮る奴だった。古めかしい一眼レフのカメラを、たまに学校に持ってきては、私を被写体にして、遊んでいた。現像するとすぐに、私にくれたのだが、あの写真はどこへしまっただろう。私が一度だけ、ショートカットにした時も、タカユキは写真を撮って、うれしそうにしていた。あの妙にダサいダブルボタンのブレザーと、縮毛矯正をかけたばかりだった当時の髪型が合っていたのが、おもしろかったのだろう。仲の良かった理科の先生との約束で、ショートカットになってしまった私を、タカユキは笑っていた。でも最後には、≪似合うよ≫なんて、ずるい言葉を吐くんだから。
「ずっと聞こうと思ってたんだけどさ、この写真、誰が撮ったの?」
さやしが、私のスマートフォンを覗いて、聞いてきた。食堂を出て、ぽんちゃんと別れたすぐ後だった。夕焼けが綺麗だった日、カラスが美しく飛ぶから、と言って、タカユキが私のスマートフォンを奪い取って、撮った写真だった。
「タカユキ」
その四文字を口にすることが、私にとってどれほどの苦痛か、さやしは知らない。あの笑顔が、あの声が、あの体温が、私を変えてしまったことも、さやしは知らない。さやしが何とも言えない表情で私を見つめているのが分かった。
「私の高校の時の、友達」
だから嘘をついた。自分の首を絞めてしまうような、大嘘を。
タカユキは、一見すると平均的な男の子だった。身長百七十二センチ、足のサイズ二十六センチ、小学校の時はサッカー少年団に入っていて、中高とバレー部に所属していた。勉強は理数系が得意で、とにかく数学が得意だった。変わっていたのは、その価値観。タカユキは、筋の通らないことが嫌いだった。だから思ったことは、躊躇わず口に出せる、勇気のある人だった。タカユキは私と同じ、進学コースに居たのに、運動部に所属していたから、よく難癖をつけられた。かくいう私も、進学コースに居たのにパソコン部に所属していたので、タカユキが周りの奴らに言い返せるのは、素直にすごいな、と思っていた。そんな時だった。
「自分で動かないくせに辛そうな顔してる奴のほうが、俺は嫌いだよ。佐藤さん」
タカユキと、初めて目が合った日。私はタカユキに、そう言い放たれた。心に電撃が走ったようだった。何か言われても、言い返さない私を見かねてのことだったのか、それとも単に私が気に入らなかったからなのか。今となっては確認しようもないけれど。でも私はその、タカユキの言葉のおかげで、死んだように生きていたあの進学コースの奴らに、
「私はあなたたちより出来ることが多いだけだ」
と、言ってやることができた。実際そうなのだから、相手も言い返してこなくなった。タカユキは満足そうに、その様子をずっと眺めているのだった。
「シオタ」
当時の私は、タカユキの名字しか、知らなくて。≪シオタ≫なんて、よそよそしい呼び方をしていた。
「ありがとう、私……、言えたよ。あの、あいつらに。……だから、」
他人と話すのが苦手な私とは、正反対のタカユキは、たどたどしく話す私にも、優しくて。
「俺、名字好きじゃない。……≪タカユキ≫って呼んでよ」
私の棘を、一つずつ、取り除いてくれる、そんな笑顔だった。私はいまだに、≪シオタタカユキ≫という名前を、漢字でどう書くのか知らない。でもシオタタカユキは、私の中に今も、ずっと巣食っている。