2話 佐藤の人間関係
講義が終わってすぐ、教室を出た。吉田さんの隣にいると、私はタカユキを思い出して、死んでしまいそうになるから。タカユキは尊い思い出ではあるけれど、同時にトラウマ的な存在でもあるし。タカユキと一緒にいたあの日々を忘れるつもりはないけれど、でもタカユキのことは風化させなければならない。
「さとるみ!お疲れ!元気?」
元気の良い声が、私を呼び止めた。珍しく私を≪佐藤≫ではなく、小学校からのあだ名である≪さとるみ≫と呼ぶ彼女は、放送研究会のエース、荒木田咲である。
「ぽんちゃんじゃん。お疲れ。元気」
そして私は彼女のことを、≪ぽんちゃん≫と呼ぶ。彼女の昔からのあだ名、≪さきぽん≫が徐々に形を変え、≪ぽんちゃん≫に至る。私と彼女は保育園、小中高、そして大学までも一緒という腐れ縁。ぽんちゃんが私のストーキングをしているのではないか、と疑うレベルである。
「……吉田さんに会ったんだな?さとるみ、吉田さん大好きだからな!」
「うるさいなあ。……吉田さんには会ったけど。別に好きじゃないから」
ぽんちゃんは明るくて活発でいいやつだ。いいやつなんだけど、厭世的な私にはちょっと、眩しすぎる。そして色恋沙汰が大好きだから、何でも恋にしたがる。
「素直じゃないんだから。……タカユキくんのこと、まだ気にしてるの?」
そして平気で人のトラウマに土足で踏み込んでくる。ぽんちゃんがこれを、他の人にもやっているなら、それは大問題だと思う。別に私はぽんちゃんになら、踏み入られても全然問題ないと思っているけれど。ぽんちゃんはタカユキのことを、最初から最後まで知っている、貴重な人間なので。
「……吉田さんといると、タカユキを思い出して嫌になっちゃうんだよ。自分のことが、嫌いになるの」
前から私は、自分のことが嫌いな人だったけど、それは大学に上がってから、ますます酷くなった。自己肯定観という言葉は、私の辞書に存在しない。私は社会にはじかれた、不適合者だと、常日頃思っている。他人との関わり合いは、不必要に自分や他人を傷つけるだけだ。そんな私の価値観を理解してくれる奴は、今のところ、ぽんちゃんしか、見つかっていない。
「あ、さきぽんと佐藤がそろってる。お昼ご一緒していい?」
向こう側から声をかけてきたのは、写真に命を懸ける女、結城沙耶であった。ぽんちゃんが≪さやし≫と呼び始めたので、私も便乗して、彼女のことは≪さやし≫と呼んでいる。さやしはなかなか話の分かるやつで、私でも仲良くできる、数少ない人間である。
「もちろん!食堂混んじゃうから急ごう!」
ぽんちゃんの言葉に続くように、私とさやしも、ぽんちゃんの後を追って歩いた。食堂にはすでに、行列ができていたが、お構いなしだった。