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佐藤と吉田  作者: 澪標零
回りくどい女、佐藤。
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1話 佐藤のヘイトスピーチ

 ————————————————————生きにくい世の中だ、と言っていた君の気持ちが、今ならよくわかる。

 この世は生きにくくできている。他人に合わせなければならない、それ故に協調性が求められる。思ったことをそのまま口にしたら最後、社会の隅へと追いやられ、永遠に人の輪の中に入ることは許されない。口より先に手が出るタイプの人間は、社会から即はじかれる。たぶん現代は、そういう世の中になっている。

「やっぱり、いちばんの友達は今も、タカユキなんじゃないかな」

誰に向けるわけでもない独り言が、寒空へと消えてゆく。空が青々と、私を見下している。笑顔を浮かべることができない私を、嘲笑っているかのようだ。何年経っているのだろう。私はもう大学生になってしまった。タカユキも今頃、と思うと、感慨深い。二限の始業チャイムが鳴った。周囲に足並みをそろえて、私も教室へと向かった。

 地元の国立大学に一応合格したのはいい。学部も特にこだわりはなかったので、教養学部に所属していることは、特に気にしていない。気に入らないのは、このキャンパスが僻地にある、ということ。最寄り駅からバスで三十分、一番近くのコンビニは車で五分走った先にある。二十四時間営業のスーパーは近所に存在しないし、ゲームセンターなんて夢のまた夢。なぜかパチンコ屋さんは三軒連続であったり、閉店詐欺をしているラーメン屋さんが二軒くらいあったりする。そんな程よい田舎のこの地に、私は一人暮らしをしている。もう半年近く経つのか。実家はこの大学から三十キロほど離れた場所にある。最寄駅までバスで十五分、一番近いコンビニは車で五分。やはり実家も、程よい田舎だ。

「佐藤じゃん。お疲れ」

大学に入ってから、なぜか名字があだ名と化してしまった私は、よく≪佐藤≫と呼ばれる。≪顔が佐藤じゃない≫とか、≪佐藤とか似合わない≫とか、散々言われた結果、名字をあだ名にしてしまう周囲のセンスが、私には未だに、理解できない。

「……吉田さん。お疲れ様です」

同じ学科の三年生の、吉田さんと遭遇した。下の名前は、まだ聞いたことがない。でも吉田さんはタカユキにすごく似ていて、すごく嫌い。

「先生まだ来てないの?」

そういえばそうだ、と思いつつ、吉田さんの分の席を空けた。一年生向けの教養科目を、なぜ吉田さんが取っているか、というと自由履修を埋めるため、らしい。加えてこの授業は、吉田さんのゼミの先生が担当している、ということもあって、もろもろ融通が利くようだ。だからといって、融通を利かせている吉田さんを、私はまだ見たことがない。

「来てないですね」

休講になれ、と念じつつ、私は手に握ったスマートフォンの画面を見つめた。この画面だけは、時が止まっている。タカユキと屋上から見た、あの日の夕暮れ。あのオレンジを、私は忘れることができなくて。私は晴れた日の夕方が、今も嫌いだ。

「……佐藤ってもうちょっと愛想よかったらいい女だよな。稲川を見習えよ」

そう言って私の前の前の列に座る、派手な髪色の小柄な女を、吉田さんは指した。稲川よしみ、それが彼女の名前だ。彼女の場合はフルネームがあだ名になってしまうタイプのやつで、同学年からは必ず、≪稲川よしみ≫と呼ばれていた。かくいう私は、吉田さんと同じく、≪稲川≫としか呼んだことがないけれど。彼女は愛想がいい。故に友達も多く、男もそれなりによって来る。彼女との縁は皆無に等しいが、うらやましいな、と思ったことも、なくはない。

「私はどんなときも、どんな顔すればいいのかわからないの」

≪笑えばいいと思うよ≫、という答えを期待したが、その言葉を吉田さんが発する前に、先生がやってきてしまった。吉田さんは何かいたずらを思いついた少年のような笑みを浮かべて、私の隣で講義を聞くのだった。

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