魔法少女執行します
「え~、エマ様いないんですか~!」
太陽が天頂に重なったころ合いの教室で、一際人の注目を集めている転校生の少女、福坂リッカは落胆した。
「そうなの。部会の合宿で急にね~きのうまでいたのにね~惜しかったね~」
隣の同級生が無意識に追い打ちをかけた。
「ああ、愛しのエマ様!透き通るような美白肌!名士の令嬢!美少女!チアリーダー!会うためにここ晴嵐学園に来たようなもんなのにい!」
「親衛隊なんかもあるようよ。入る?」
「入ります!ところで部会とは?」
「部長たちの集まりよ。ときどき今日のように合宿したり派閥争いしたり忙しいみたい」
へぇ~と答えると授業の鐘が鳴り、さっと空気が引き締まった。
そのあとついていけるか不安になるほど加速する授業に追いすがりいよいよ青春本番、放課後が到来した。早速リッカは愛しのエマ様の片りんを知るべく学内を所狭しと巡りに巡った。
夕焼けが窓からあふれ橙色に世界を映す中、立ち入り禁止の札を超えた屋上への出口の踊り場で、集めた紙片を並べていった。
ふと不自然さに気づいた。一週間のゆがみを引き延ばし丁寧に手繰って原因を引き寄せる。それは今日の合宿に集約できた。
ふつうあらかじめ合宿の簡単な予定を顧問の教師に相談するらしい。しかし今回は今日の朝、いきなり事後報告の形で始まっていたことだけを電話口で告げられた。噂からうかがえるエマ様像と食い違う雑な角の立つやり口、第一合宿の場所が恒例の良心的な値段のビジネスホテルでも成員の自宅でもなくて、ある男子生徒の家で開かれていた。ちなみに報告もこの男子生徒が代理で行っていた。何かがおかしい。何よりこの男子生徒が怪しい。とりあえず現地に向かうしかないなと一人で納得した。
福坂リッカはその男の家の前に来た。二階建ての一戸建て住宅。呼び鈴に指を押し込もうとすると「およしなさい」と声をかけられた。声の元を向くとヒスイの片手に収まるほどの彫刻が意味深に据えられていた。持ち上げるとそれは印鑑だった。
「どなたです?」
「ここは危ない。ここにはとある怪異性を秘めている」
「怪異」
ふと二階に目をやると、カーテンの向こうの何者かと目が合った。
「我が家に何か?」
刺々しく男に声をかけられた。リッカはあっと声を上げた。彼は例の男子生徒だった。どてら姿だ。
「ぶ、部会がここっこであるとききっ聞きまして」
「伝言なら僕がきくよ」
「いや、やっぱいいです!そんなに重要な内容じゃなかった気がするし」
男に手をつかまれた。
「いいから入りなよ僕のメイドたちに用があるんだろ?」
「メイド?」
手を引く男の向こうにある玄関が開き、先ほど目が合ったエマをはじめとするメイド姿の部会のメンバーたちが出てきた。
「ちょうど昨日から僕はある力に目覚めてね、人を自分の召使として仕えさせることができる。君は合格だ。僕に使えるにふさわしい」
「なにをおっしゃっているので?」
どてらから干からびたサルの死体を取り出すとリッカの目前に掲げた。
途端、まばゆく光が瞬いて両者は互いに弾かれた。そしてその隙に這う這うの体でリッカはその場から逃げ出した。
星明りの下で、例の家を見下す原っぱの公園にリッカはいた。
すでに制服から二十袖のTシャツとジーンズのいでたちに代わっている。
垣根に埋まって双眼鏡で家を見る。しかし何の成果も得られないとポケットに差し込んだ例のヒスイの印鑑を引き抜き眺め弄ぶ。だんだん冷えてくる頭で家に秘めた怪異性とやらの意味を理解した。どてらの男が持っていたサルのミイラを直視したとき男の僕に堕ちるのだ。
だからといってもどうしようもない。垣根を眺めるとリッカは死んだセミに気づき、驚愕、飛び跳ね、足を踏み外してガードレールによっかかるもそれは体重に耐え切れずぼっきり折れて切り立った断崖から下の住居の庭に堕ちた。
「起きろ」
年を重ねた底から響くその声には聞き覚えがあった。
目覚めたリッカは集落にいた。しかし住人はスズメほどの大きさのタヌキや犬、オオカミやイタチだった。いずれも和装。
人間が住める部屋の中に、家具を隙間なく詰め込んで物置小屋のようになった中を、獣人たちが集合住宅として利用しているようだった。
少ない足場に座りなおすと黒い布で体を覆った小動物が直立していた
「ようこそ偽装住宅街へ、私はここの役人のミティという」
その小動物から低く野太い声が放たれた。
「君は公共の福祉という言葉を知っているか?ゆうべの衝撃はそれが具現化したものだ。少し説明させてほしい。私たちはこのように巨人の社会に同化したり、距離を置いたりしてひっそりと暮らしている。これまではできる限り君たち巨人と接触することを避けてきたんだ。しかしその禁忌を犯した者がいる。今日あった男の力がその証、私たちはその人を自分に隷従させる力を顕力とよんでいる。顕力と顕力がぶつかり合うことを公共の福祉というんだ。しかし、顕力は僕らは使えない。なぜなら僕らはあくまで感情で動き時間を知らない未開人、獣人だからだ。だけど人間だけだとそもそも顕力が発生しない。人間が獣人をいたぶりほかの人間を隷従させる道具としてつかうことで初めて顕力が生まれる。つまり僕ら獣人は人間がほかの人間を操るための触媒なんだ」
「長い、三行で」
「夕方の男を倒してほしい」
「どうやって?」
「ヒスイの印鑑があるだろう?」
「だから?」
「それは我々のあらゆる能力を結集して我々自身を絶対王の魔の手から守るべく拵えた品物でな。基本絶対王に対抗する能力を使用者に与える」
「つまり人を操れ?」
「無い」
「あ、そう」
「顕力を使う人間を絶対王と呼ぶ。絶対王が覚醒すると手前勝手に王にふさわしい格好に変化する」
「高ぶると変身するわけね」
「そういうことだ」
鐘の音が鳴った。
「警鐘だ」
「なに?」
「王がここをかぎつけたんだ!行くぞ!リッカ!ここには5000人の国民がいる」
「エマ様!」リッカが叫んだ先空の上にはあこがれの先輩が虚ろな瞳でこちらをみつめていた。
「リッカ!我々の軍艦がやってくるまで時間を稼いでほしい!戦い方を教えよう!印鑑を右手で握って左手にあとがしっかり残るように押してみよ!」
言われるままにすると突然降ってきた両開きの扉に上から地面にたたきつぶされた。
一つ二つと秒をまたぐと扉が乱暴に開け広げられ、光あふれる中を目にもあやな和風のドレスをまとったリッカが現れた。
いつの間にか外へ避難していた住民たちが拍手し喝采した。
その隙に付け入りエマが接近、リッカの手を引き抜いて現れたわき腹に膝うち、大地にたたきつけた。リッカはありがとうございます!というと体勢を立て直そうとするも二つ、三つとエマの拳がこめかみを打ち、倒れてしまう。
「もういい」というとほかのメイドたちを引き連れて男がやってきた。
手には捕まえられた獣人を握っていた。それをミイラが頭から飲み込むと干からびたサルの目に光がともる。
倒れたリッカの頬に手を添えくいっとうえを向かせて引き寄せる。
ようやく間に合った獣人の軍艦の砲撃が轟音と爆炎で辺り一面を破壊しつくした。軍艦といったが獣人のそれは空を飛ぶ。
強く、ヒスイの印鑑が瞬く。リッカはそれを男にとられまいとして飲み込んだ。
大きな鎖につながれた手かせ足かせつけた白いワンピース姿に変わった。
「リヴァイアサンが…目覚めた!」
こんなにボロボロな小娘に何を期待するのだろうとリッカは一瞬頭をかすめたが飲み込んで、敵としてエマをにらむ。
エマはこれまで腰に飾っていた日本刀を引き抜いた。
こぶしをエマに突き出し鎖がそれに答えて拳の拡張線上にぐるぐる塊となって小手になる。
エマは刀で居合!拳と刃がたたき合う。次々と繰り出される拳に圧倒されるメイド服と日本刀。
「にげて!」
メイドはかいがいしくも峰で男の頬骨の下から杓い上げてはるかかなたの夜空に飛ばしていった。
そして一人残ったメイドは降伏した。
一戦が終え、ぼろぼろの体でがれきの山に寄りかかる。
「エマ様は?」
「気を失っているところをああしてる」
刺されたほうを見ると軍艦の錨で固定され宙づりになってるメイドのエマ様がいた。
「警察はいつ?」
「こない」
「…なんで?」
「結界が張ってあってな、この集合住宅は実際はこの通り半壊しているが外からは瓦のひとつ残らず元のまんまに見える」
「結界って便利ねえ」
「あまり外部からの介入を喜べないんだ僕たちは」
「私は?」
「もう内部の関係者だ」
「嘘…なんで?」
「ヒスイの印鑑飲み込んだだろ?あのせいで私たちは君を代表者に選んだことになったんだ」
「投票とかはないんですか」
「ここだけの話、次の地方長官を選挙で決める運びになっていたのだけど」
「しばらくは地方軍を中心とした戦時体制が敷かれるな。集合住宅も半壊したし」
「さあ!これからが私たちの本番だ!がれきの掃除と生存者捜索!張り切っていこう!」
「帰りたい…」
「みんなそう思ってるさ」
夜は更けていった…




