5話 何でもアリだぜ ストレンジ カメvsレオン
あけましておめでとうございます
中天に燦然と輝く太陽を右手に風化した自然の回廊を進み続ける。陽の当たる所はジリジリと焼けるように暑いが、日陰は通り抜ける風が心地よい。まさか初手から砂漠を進むとは思っていなかったので、フード付きのマントを買わなかった俺にとってはずっとこのままでいて欲しい位だ。この姿で砂漠を行くのはちょっと厳しい。
目に映る景色は切り立った崖と、時折顔をのぞかせる古代遺跡のようなものばかりだけど、現実世界でも家族旅行と言えば国内だった俺にとっては全てが目新しい。キョロキョロとあちこち視線を動かしていると、油断も隙もあったもんじゃないカメラが狙ってくる上に、現実世界ではありえない化物と遭遇する可能性を考えると、あまり浮ついた気分にはならないが、それでも多少の高揚感が胸の内に溢れていた。
しかし、歩いているだけでは、収録としては物足りない。一応、お互いのステータスの確認はしあったが、魔力――静海ならば超能力と言う、今までにない概念を含んだこの身体をしっかりと把握しておきたいし、そろそろ初戦闘が欲しい。
まあ、場所が場所だからチュートリアルじゃない、ガチ戦闘なんだろうなとは思うけれど。
「……あ」
そんな事をつらつらと考えていると、俺の視界に入ってはいけない物が入っていた。
俺たちの進行上、やや右側。やけに不自然な大きな岩があるのだが、それが今、確かに動いた気がする。目の錯覚かと思い、思わず隣りを歩く静海の顔を伺ってみると、彼女も今確かにばっちりと見たようだ。
「……なあ、静海。今さぁ」
意を決して声に出してみた瞬間、その大きな岩がグラグラと揺れ、その下から凶悪な面構えをした何かがこちらに視線を寄越してきた。岩の鎧に、極太の四足。スッポンやカミツキガメを百倍凶悪にしたような面。十分な厚みと質量を持った動く要塞。
「う、ウサギね」
「亀じゃねーか!?あんなウサギがいてたまるか!!」
「冒険の初獲物はウサギが相場でしょ!?」
「アレはどう見てもレイドボスだろ!?目を覚ませ!」
それと初獲物がウサギというのは通常通りのルートを通った場合です、マム――ヤバい!?
あまりの想定外の事態に静海が混乱している間に、目の前のウサギ()の口元が真っ赤に光った。瞬間、俺は大きく踏み込んで右ストレートを虚空に叩き込む。本来ならばただ単に虚空を切り裂くだけのしょっぱいストレートは、俺の身体の半分はある真っ赤に燃えた岩の弾丸の軌道を逸らした。ガリガリと腕の装甲を削る音とともに、強烈な熱が俺の側頭部を掠めていく。それでも無我夢中で潜り込むと、数瞬後、背後の崖にズドンッという轟音とともに着弾した。アイツは何だ!?ガメ〇か!?戦車か!?
「野郎!いきなりかよ!?」
「助かったわ……アナザーのウサギは凶暴ね」
冗談を言ってる場合じゃ――と思ったが、静海の声が微かに震えているので辞めた。連射は出来ないのか、口から煙を吐くウサギ(仮)を警戒しつつ、次弾はまだだと判断し、ようやく振り返ると、彼女は若干青い顔をしつつも笑っていた。その脇には玉玲さんのカメラがある。
あー……そうか、カメラ回ってるんだよな、今。尻尾を巻いて逃げるにしろ、カメラの前に立つ以上、その向こう側の人間を楽しませなければならない。彼女のそのプロ根性に頭が下がる。
しかし、不思議な奴だ。サイキッカーと言われてもわかる気がする。精緻な表情は読みづらく、口を開けば口調も千万変化で掴み所が無く、同級生だった頃は仲が良かったわけでもないのに、俺に話を合わせる程度の小器用さは持ち合わせている。俺に声を掛けた事もそうだが、何を考えているかわかったもんじゃないが、わかりやすい所はわかりやすい。そう言えば同級生だった頃もそんな奴だったかな。今思えばそんな気もする。
まーよくわかんねぇけど、そんな彼女にばっかりやせ我慢はさせらんねぇ。
「いっちょやってみるか」
見たところ、目の前のウサギ(仮)の動きは遅い。攻撃手段は口から吐く焔の弾丸しかわからないが、おそらく噛み付き程度で基本は防御特化型だろう。化け物と対峙した経験なんてないけれど、ウサギだろうがガ〇ラだろうが、いずれとんでもない化け物を狩る為の踏み台なのは一緒だ。
一撃も貰ってはいけないだろう奴を実戦相手にこの身体に慣れる。
覚悟を決めて一つ小さく呟き、俺は一度体中の力をだらんと抜く。戦いの経験なんてない。俺が抱いてきたすべてはイメージだ。だから、そのイメージを――想像した俺の理想の身体の動きをトレースし始める。
小さくその場でトントンと二回ほどジャンプ。足は大地を踏みしめているか。その力は。その時の重心は。足の隅々の動きは――。
付け焼刃だっていい。繰り返していけばいつか本物になる。
いつだって俺はそうやって生きてきた。学生ならば学生らしく振舞って、ホテルマンならばホテルマンらしく振舞って、事務ならば事務らしく振舞って、兄貴ならば兄貴らしく振舞って――そうやって稼いだ時間でモノにする。物事を始める前に、自分の思い描いた想像上の自分に摺り寄せれば、大抵の事は出来るのだ。ならば今回も同じく自分の思い描く自分をトレースすればいい。
意識を内面に向けると、身体の隅々まで流れる何かがある。多分それが俺の知らない『魔力』という概念なのだろう。使い方はわからない。わからないから――俺の想像通りに暴れまくれ。拒否は不可だ。俺の身体、俺の力――すべて俺の物だ。
一つ息を整えて前方を確認すると、ウサギ(仮)の口から吐く煙が弱まり、再び赤く光り始めた。さあ、いくぞ。
「虎徹君!」
静海の声を合図に再び大地を蹴ってストレートを放つ。無我夢中でやった行動を再び――今度は蹴った大地が割れる程踏みしめ、向かってくる焔の弾丸の左下を抉るように完璧に狙いを定めて放つと、先ほどのまぐれの光景が完璧に再現された。焔の弾丸の軌道は変わり、俺達に直撃することなく背後の崖に轟音を立てて着弾する。
「いくぞ!」
「あっ、ちょ……ええ。いくよ!」
先行して距離を詰める。大地を蹴ると今までに感じた事の無い推進力で進んでいる事がわかった。一歩一歩がほぼ飛ぶように長い。風を切り、スローモーションに見える景色の中、描いた超戦士のような速度でウサギに切迫する。
でかい。頭だけでも俺よりやや小さ目ぐらいのサイズがある。近寄れば近寄る程、その大きさがありありとわかってくる。噛み付かれたら多分一飲みだ。岩のように見えたその甲羅はいつの間にか上に岩石が堆積していただけなのか、間近に迫ると下に赤銅色の分厚い下地が見えた。
「っとぉ――いっくぜぇ!」
乱軌道に進みながら距離を詰めると、ウサギはその身に似合わない素早い動きで、俺を噛み砕こうと顔を伸ばした。今はまだ小手調べの段階であるので、それほど無理には肉薄しなかったが、ガキンッと強烈な歯音が響く。狙いはウサギの首が伸びきった瞬間。一気に飛び込んで横っ面を叩く様に飛び蹴り一閃。ファーストアタックは頂きだぜ。蹴った時の勢いを利用し、空中で体勢を整え、そのまま再び蹴りを連撃で叩き込む。
「今のちゃんと撮ったかー?」
そして最後の一撃で再び距離をとって、カメラを指さしアピール。見た目が映えるだけで全然手ごたえ無かったけどな。
でも、まあ、思った以上に身体は動くか。まだ加減がわからないから少々詰めの甘さが残ったが、流石はステータス特化型だ。
「成程……こう、ね。ちょっとしんどい」
俺がわざと作った隙を狙ってきたウサギの噛みつきをなんなく避けると、俺が立っていた場所に向かって一斉に岩の塊が弾丸のように飛んでいき、丁度射線上に現れたウサギの顔面に叩き込まれた。その先ではまだ複数の岩の塊を辺りに浮かべて侍らせている静海結月が立っている。
サイキッカーと一口に言っても、その力は数え切れないほどある。その中で彼女が選択したのは「サイコキネシス」。所謂念力と呼ばれる力だ。とはいえ、チュートリアルも存在しないぶっつけ本番で使うのだから彼女も相当だ。
「俺にはよくわからんけれど、どういう感じなんだ?サイキッカーって」
「よくわからない。なんかこう、とりあえずこうそれっぽくやってみたらそれっぽくなった感じ」
「ふわっふわしてはる」
自分の事を棚に上げて言うけれど、それで大丈夫なのかよ?
さも当たり前の様な顔をしているけれど、所々、一杯一杯な様子が隠しきれていない辺り、案外彼女も俺と同じタイプなのかもしれない。
「そう言うそっちはどうなの?その鎧が所々光っているし、変なオーラ纏っているし、それにさっきの殴り返しはなに?」
「それっぽくやったらそれっぽくなった」
「凄くふわっふわしてるじゃない」
もしかしたら、よくわかっていないから出来ているのかもしれない。静海の砲弾にしたってもう一人の自分を創ったばかりで出来るわけがない。だが、わかっていない所のこの事態に、いきなりリミッターが外れたのかもしれない。
ゲーム時代のスキル制の名残は残っているが、ここが現実である以上、スキルにない事が出来ない訳ではない。習得していないそれを繰り返し習熟して『スキル』という洗練された形になる。
自分が出来る事、出来ない事を把握していない今は格好の機会なのかもしれない。我武者羅に、我武者羅に。『出来る』『出来ない』じゃなくて『やる』――俺はそうやって兄妹達を養ってきた。出来なくてもやる。出来るまでやる。出来ない事など何一つとしてない。
矜持を保て。リミッターを外せ。覚悟を決めろ。逆境を笑え。闘争を楽しめ。
すべては武尊、薫流、光流、武人――俺に託され、遺されたアイツらの為に。
「よぉ、大将。カッチカチのアンタからしてみれば、俺たちみたいなふわっふわしてる奴らなんて大っ嫌いだろうな」
ズシン、ズシンッとウサギが動く毎に俺達の身体が浮きかねないほど灼熱の大地が揺れる。それに伴い、背中に背負った岩石がバラバラと上から落ちてきた。意図しての行動じゃないだろうが飛び込み辛い。大雑把な狙いで飛んでいく静海の弾丸を浴びながらも、その歩は止まらない。
ふと気が付くと、俺は笑いながらその場で大きく足を前後にスライドさせ、腰を落として構えていた。身体の中を流れる何かの流れが急に活性化してくる。その激流は身体の中に留まらず、俺の身体の周りに纏わりつくように溢れ出る。魔装の所々に入っているラインが輝きを増す。
「ふわっふわしてるから、俺達はアンタを殺せる適正なレベルを知らない。だから――|俺達(レベル1)がアンタを倒してしまっても問題はねぇだろ?」
戦闘に入って初めて思い出したのだが、そういえばもう一つわかっていない事があった。俺は俺がもう一つ保持するクラス『魔闘士』の事をよくわかっていない。
だから、やってもかまわねぇよな?
瞬間、腰の辺りに構えた両手に、俺の身体の中からの流れや、纏う空気の流れが集って輝き始める。魔力も闘気も、その全てが凝縮される。
挨拶代わりだ。喰らえ、時代を超えて語り継がれる必殺技の代名詞。
「かーめー……」
「えっ!?あっ!ちょ……アウトーッ!?」
「破ァ―――――――――――ッ!」
素で慌てる静海の声が響く中、俺の手の中から放たれた閃光がウサギに直撃した。ぐっ……やっぱり出力が足りんな。歯を食いしばらないと吹き飛ばされそうな程のフィードバックの手ごたえを視るに、どうあがいてもあの巨体を太陽まで送り届けられそうにない。それにたった一発で体力など諸々の物が一気に持っていかれる。やっぱ元ネタみたいにうまくはいかないか。
それでも息切れ寸前で止めると、ロマン砲に耐え抜いた巨体が僅かに浮き上がり、ズズンッと言う轟音と共に腹を地面に着けて倒れ込んだ。その衝撃で俺も足を取られて倒れる。
「少しは自重して」
「……反省はしている。後悔はしていない」
咄嗟に立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれなかった俺の顔を覗き込み、静海が手を差し伸べてくれた。そう言う彼女の身体はサイコキネシスを応用しているのか、ほんの少しだけ宙に浮いている。その様子に自重しないのはお互い様だろうと言いたいが、ありがたく差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。
目の前のウサギは倒れ込んだ事で姿を見せる前と同じように瓦礫に埋もれたような姿になっていた。その巨体だからか、立ち上がる事に難儀しているようにも見える。そうしていると、散々衝撃を浴びた所為か、ちょうどウサギの真上辺りの崖が崩れ――、
「「あっ……」」
ドドドッと凄まじい轟音と土煙を立てて、ウサギの上に大小様々な岩石がなだれ落ちた。その中の内、割と大きな破片が必死で立ち上がろうと首をもたげていた頭に当たり、その頭を押しつぶしていた。
あの程度じゃ死なないんだろうけど――、
「結月……」
「ええ」
「「好機っ!」」
俺達にとっては願っても無い機会。疲れた体に鞭打って再び魔装を高ぶらせて飛び込み殴る蹴るを繰り返す俺と、ここぞとばかりにぶち込んだ静海の砲弾の前にウサギがついに息絶えたのはその30分後だった。
しかし、洒落にならねーよ、この初戦闘。