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2話 そして悪女とネゴシエーション

 「色仕掛けは通じんよ?」


 さっき咄嗟にそんな言葉で答えてしまった自分の馬鹿さ加減を心の底から恨みたい。人気のモデルから言い寄られてそんな事を返した俺は本当に馬鹿じゃねぇだろうか。

 なに格好つけてるんだ?と笑い飛ばしてやりたい。そんなんだから、女の子から距離を置かれるんじゃ、と。


 「随分と遅かったね」

 「悪いな。店員は後片付けだとか色々あるんだ」


 いろいろ身悶える様な反省を繰り返して11時。これでも急いだ方だったが、待ち合わせに指定されたファミレスにいくと、依頼主は責める様なセリフほど気にしていない様子だった。

 やはり先ほどの髪はウィッグだったのか、やや大人し目の茶色の髪の彼女の姿にホッとした気持ちの方が大きい。メイクも俺を待っている間に少し落としたのかもしれない。ハッとする美人ではあるが、少なくともファミレスでも浮くことが無い――日常の範疇に入る姿だ。

 うん、俺はこれぐらいの方が好きだな。


 「それはお疲れ様。何か食べる?」

 「いや、水でいい」

 「長くなるかもよ?」

 「所帯持ちは色々と切り詰めねぇといけないんだ」


 情けない話だとは思うけれど、プライドなんてとっくに捨てている。それに対して、それほど交流があったわけでもないが、俺のそんな性格を知っていたのか、彼女も何も言わず一つ頷いただけだった。


 「だから、色々と近況とか世間話をしたい所なんだが、今日は少し話も切り詰めさせてもらうぜ。わざわざ職場に押しかけてまで俺に何の用だ?」

 「……やっぱわかっちゃうんだ」

 「『あ、偶然』で済めば話は別だけど、わざわざ人の仕事が終わるまで待たれてんだから、そりゃあなぁ」


 なーんとなく、その辺り、ウチの光流や武尊辺りが絡んでそうな気がするけどな。からあげに満遍なく振り掛けてやったレモンの仕返しのつもりか……。


 「んで、アナザーに行く、って辺りまでが本音だとは思ってるんだが?」

 「正解。本当ならもっと早く言い出すつもりだったんだけどね……虎徹君もそれどころじゃなくなっちゃったし」


 彼女は軽く笑いながら言う。もっとこう、昔はツンと澄ましていた彼女にしては、珍しい態度の連続だと思う。なんか、完全オフって感じだが、だからなのか、なんか掴みづらい。


 「前から目を付けていたのよ。『ああ、この人はアナザー向きだ』って」

 「なんだそれ?」

 「私の父はね、アナザー初期に向こうの世界で職人をやっていて、そこで評価を得てこっちで起業してるの。だから、私も結構あっちの世界には興味というか、色々とあってね。企業としても、タレントとしても、向こうでのイベントとかって今じゃ広告とかでかなり重要でしょ?」

 「まあなぁ。単純な経済効果だけでも凄まじいっていうしな」


 かつては賛否両論、かなり意見の割れた新しい世界『アナザー」だが、現在の世界ではかなりの割合で肯定派が占めている。というものの、アナザーという半電脳的世界でのイベントがもたらす経済効果は計り知れないからだ。

 たとえば、静海結月の父が経営しているという服飾ブランド『MAO』ならば、その服を向こうの世界で活躍するトッププレーヤーが愛用すれば、それだけでかなりの広告と話題となる。だからこそ、今日日、アナザーで稼ぐにはスポンサー契約をこぎ着けなれば成功しないとまで言われているのだ。


 ……あれ?流れがまずい方向に行っていないか?


 「今更な話、と思うかもしれないけれど――虎徹君。私とデートついでに一緒に稼いでみない?」  

 

 そんな俺の嫌な予感を肯定するようなタイミングで彼女は気安い調子で提案を口にしてきた。口調こそ気安いが、なんかあれだな、散歩ついでに銀行強盗でもしようぜーって言われたような感じだ。

 それでも、まだ高校にいたころに言われていたら一も二もなく飛びついていた話だと思う。

 だが、


 「……本当に今更な話だよなぁ」


 今の俺にはいろんなしがらみがある。それを考えるとどうしても無理な話だ。


 武尊との会話では理と論を以て否定したが、実の所、向こうに渡る資格はとっくに取っている。まあ、ホテル業務というか観光業務の一環でいくかもしれないから、という理由で取っただけで、実際に行った事は無いけど。大体、国家資格とはいってもパスポートや原付の免許みたいなもんだ。


 行ってみたかった、という本音は流石に誤魔化しきれない。


 問題はどれだけの時間が掛かるのかという点に尽きる。

 それ次第では、仕事のスケジュールをどう管理するかという事と、兄妹達アイツらにどれだけのリスクがかかってしまうか、という問題を抱えてしまう事になる。

 ホテルでの事務に関しては「好きな事が出来たらいつでも俺に言え」と漢気満載な社長から言われているが、それでも通すべき筋ってもんがある。


 兄妹たちにしても、唯一面倒を看れる武尊が受験生。流石に子守をさせる訳にもいかないしな。そう考えると、長期間アナザーに行くという話は現実的では無い。


 そんなしがらみが心底鬱陶しい。そう思わないと言ったら嘘になる。もし、両親が生きていてくれたら……ただそれだけなんだ。

 だけど、「もし」と人が願う事は絶対に起きないのだ。

 俺にだけ降りかかるリスクならば別に気にせず呑むだろう。だが、リスクが兄妹達に降りかかるとしたら話は別だ。アイツらは俺が守ってやらなきゃいけねぇんだ。


 「難しい、いや、無理な話だ。大体、その根拠が静海の主観だろ?俺は何かを成し遂げていた訳でもなく、アナザーに関しては素人だ。そこんとこ静海んち親はどう思っているんだよ?」

 「流石にお父さんの所とスポンサーを結ぶまでは難しい。けど、お母さんの事務所に所属する事は出来るから、仕事のアテはある。実際、なんでこのタイミングで今更言い出したかというと、一つ、大きな仕事の枠を確保してもらったからなの」

 「大きな仕事?」

 「『MAO』の完全協賛でアナザーで新人が冒険する様子を等身大で映すっていう番組。深夜枠でもやるけれど、メインはネットね」

 「そりゃぁ……」


 確かに当たればでかい、気がする。門外漢だからその程度しか言えないけれど、もしかしたら次につながる可能性も高いし、MAOに限らずスポンサーの掴まえやすさもダンチだ。すえた臭いがするけれど、メディアの効果は今なお絶大だ。

 

 「虎徹君のキャラクターはウケると思う。所謂『冒険者』としても、『タレント』としても」

 「ちなみに静海は?」

 「当然話は来ているけれど、正直キミ次第。なにせ、君を相方にする事を条件にしたからね」

 「お前それはどうなんだよ……最悪干されるぞ」

 「干されたら業界ごと乗っ取るから」


 挑発してくるようなコケティッシュな視線を俺に投げて静海結月は微笑む。

 時折こうしてとんでもない色っ気を魅せるのは無自覚なのかね?色々な意味で危ない女だ。オイシイ話をちらつかせつつも、俺の泣き所である経済的な話題は直接触れてこない。自分から迂闊に触れたら俺の逆鱗までもを刺激する事になるかもしれない、とわかっているからなのだろう。バランスのいい我の通し方に呆れるしかない。


 「なにがお前をそんなに駆り立てているのやら……」

 「これは私にとっての試金石なの」

 「なんの?」

 「これで虎徹君が上手く行ったら、私の見る目は多分、この先この世界で通じるな、って。広告の為にモデルだってやるけれど、私はプロモーターとしてもやっていきたいの」

 

 あ、割と本気で業界乗っ取る気だ、この子……。

 惜しむらくは、人を見る目はあまりなさそうだ、という所だけど。


 「金か?」

 「金が必要なのは虎徹君でしょ?私は別にいい。この世界で生きてみたい――通じるか試してみたい、アナザーに纏わるビジネスを掌握したい、それだけ。その為のパートナーとして虎徹君が欲しい。今回は言ってみればその為の第一手」

 「何で俺」

 「どんな無茶でもやり抜こうとするじゃない。そのなんていうのかな……人を惹きつける力とか、男気っていうの?家族の為にその歳で身を粉にする、そんな人だからこそ、中々手に入らないのはわかっているけれど、だからこそどうしても欲しいと思うの。ホイホイと釣れるような安い男なんてたかが知れてるし、眼中にない」


 なんだろうな、悪女つったらいいのかな、こういうのを。嫌いじゃないが、彼女がこんな感じの子だという事も、それを俺の前でぶちまけた事も意外だ。まあ、同情されて「可哀想だから手を貸してあげる」と言われるより、彼女のように打算がある方が万倍もマシだ。


 「成程な……なんとなくだが、アンタって人間が掴めてきた」


 そんな彼女の物言いがやけに嬉しくて、俺も少しだけ思い改める気になっていた。 

 ならば俺も、元クラスメートからの話、という軽い物ではなく、ビジネスとして話そうか。ビジネスならば条件面のすり合わせや、落とし所の模索なども当然のように行うからだ。

 彼女の事は信頼が出来るのかって?博打じみた投機なのか手堅い投資なのかはこれから彼女から引き出す言葉で俺が判断する。


 個人的感傷などは、置いておけ。現状が無理無謀ならば、彼女から最善の条件を引き出せ。金の匂いがする。少しでも兄妹達の為になるにならば、なんだってする。だから出来る出来ないは話してから決めればいい。


 「おかげで……少し、気が変わってきた。色々聞かせてもらおうか――俺という人間を釣る為にどんな条件を用意した?どんなビジョンを描いている?俺にどんな価値を見出したんだ?おままごとやその場ごまかしの夢物語じゃないっつーなら、その提示される内容次第で今回の件は考えてもいい」

 

 少し身を乗り出して不遜気味に呟いた俺の姿に、目の前の彼女は「そうこなくっちゃ」と呟きながら、相変わらず挑発的な表情で軽く舌舐めずりをした。


 くたびれた深夜の駆け引きが、始まる。

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