犬に玉ねぎはあげたら駄目らしい。何でも下痢になるとか。
子どもの頃に顔面を犬に噛まれたことがあるので、僕は猫派です。
目が覚めると、そこには一面に白が広がっていた。清らかで、それでいて冷たさを感じさせない明るい色だ。視界一杯に広がったその色を暫く眺めて、ようやくダイゴは我に返った。視界と共に紗が掛かっている思考を、頭を振ることで可能な限り晴らしてから、脳の片隅に残っている真新しい今までを、一つずつ拾い集める。
(……長い夢だった、ってオチでも無さそうだな)
昨日の夜までと全く変わらぬ、傷一つない己の体。しかし、今日の朝とすら全く異なっている、清潔感溢れる白いパジャマ。自分から一番近に存在している、日常と非日常の要素に、ダイゴの脳味噌は今までのことが、全て現実であったと認識した。
「やっとお目覚めのようね」
現状の認識と同時に、彼の鼓膜が第三者の声で震える。その声の主が何時ぞやの様に、己の視界の外にいたもんだから、ダイゴはベッドから転がり落ち、頭をしたたかに打つ。学習能力が無いのかこのハゲは。
「あら、どうしたのかしら。まさか私が美人過ぎて驚いちゃった?」
痛みに頭を擦っていると、上からそんな台詞が降ってきた。しかし、その声が耳に入ってくると同時に、ダイゴの肌に冷たいものが浮く。その女性的な台詞は、女性のそれとはあまりにもかけ離れた野太い声で発せられていた。その事実に、いっそのこと狸寝入りでも決め込んでやろうかと考えるダイゴだったが、そうすることでいかなる不利益が自分に降りかかってくるのか、分かったもんではない。恐る恐る床から立ち上がり、強張った顔で声のした方を向く。
「どうしたの? 私の顔にご飯粒でも付いてる?」
ピンクのアフロの筋骨隆々な大男がいた。
ピンクのアフロの筋骨隆々な大男がいた!
ピンクのアフロの筋骨隆々な大男がいたのだ!!
先程まで白一色だった視界に入ってきた、あまりにもショッキングな存在に、ダイゴは白目を剥き意識を手放そうとする。だが、大男はそんな彼の胸ぐらを掴み、物凄い勢いで揺らした。
「ちょっと! 人の顔見て気絶するってどーいうことよ!?」
胸ぐらを通して脳をシェイクされ、朦朧としながらも意識を取り戻したダイゴ。再度入ってくるアフロの存在に、暗黒にUターンしようとする自我を必死で引き留めて、若干震える声で問う。
「えっと、貴方誰ッスか……?」
その質問に、大男はそこでいったんシェイクを止める。おかげで静止した視界を取り戻したダイゴは、改めて男を眺めた。身長は少なくとも2メートルは越えている。目前にそびえ立つ筋肉山脈に、彼は少なからぬ畏怖を抱いた。そんなダイゴの心の内など知らず、大男が口を開く。
「あら、ご挨拶ね。私達が獄牢まで貴方を転送して、そこから貴方をここまで運んできてあげたのに」
獄牢。耳慣れぬ言葉だ。いや、しかし。どこかで聞いたことがあるような気もする。しかし、喉奥に引っかかるばかりで、その心当たりの源泉が何なのかさっぱり見当が付かない。ダイゴはとりあえず、その引っ掛かりを思考の片隅に追いやり、代わりに手っ取り早く脳に浮かんだ質問を投げかけた。
「あのぅ、スンマセンけど、……そもそもここってどこなんスかね……?」
「ああ、それを最初に言うべきだったわ。此処は『獄番』の医療部署、『病床』よ」
獄番。その単語が、それまで彼の喉に引っかかっていた小骨であると、ダイゴは理解した。と同時に、モグラたたきのモグラのように、別の疑問が湧く。それを彼は言語化した。
「獄番ってのは知ってるんスけど、病床って単語は初耳ッス。それって、一体何なんスか」
「ああ、別に難しく考えなくて良いわ。単に、病院みたいなものだから」
「病院、ッスか」
ダイゴはその一単語を口の中で転がし、己の低い理解力を補おうとする。そんな彼の反応に、大男は親切にも、説明を加え始めた。
「そうよ。ここでは、重傷を負った隊員の傷を癒したり、事件に巻き込まれた一般人の治療やカウンセリングを行ったりするの。貴方はその一般人枠ね」
成る程、つまり自分は少年との戦闘で重傷を負い、その後正体不明のよく分からない誰かの手によって意識不明にされてから、親切な誰かによってここまで運び込まれたのか。そして、その誰かというのは、目の前の大男なのか。そこまで考えて、ダイゴは深々と頭を下げる。
「運んでくださって、ありがとうございました! ……言うのがワンテンポ遅くなって、申し訳ないんスけど」
「あら、良いのよお礼なんて」
大男が微笑んで言う。その口紅の付いた唇が弧を描いた。見た目はけばけばしいが、しかしその笑顔からはどことなく、彼の優しい人柄が透けて見えるようであった。人は見た目で判断してはいけないな、とダイゴが自戒していると、大男が思い出したかのように口を開く。
「そうだ。貴方に聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「き、聞きたいことッスか?」
ダイゴは大男の意図が読めず、首を傾げる。しかし、彼が運んでくれていなければ、恐らく自分は今頃死んでいただろう。そう思うと、少しでも大男に恩返しをしたいという気持ちが、ふつふつと湧いてきた。故に、彼は首を縦に振る。
「良いッスよ。俺の知ってること、何でも話します」
「あら、それは助かるわ。じゃあ、早速質問に入らせてもらうわね。……貴方、あの裏路地でゼインと戦ったのよね?」
「ゼイン? ……あ! もしかしてあの緑髪の?」
手を叩いてダイゴがそう言えば、大男も頷く。
「そうよ。あの緑髪の天然パーマのあの子よ」
その言葉で、ダイゴは初めて先程戦った少年の名前を知った。逆に言えば、名前も知らない初対面の相手と、あれだけの激しい戦闘をしたということである。その時、ふと彼は己の耳に手をやった。どちらも付いていた。予想通り、死界の医療技術は素晴らしかったようだ。ホッと息をついてから、ダイゴは気を取り直して口を開いた。
「確かにあの裏路地で、俺とあの緑天パは戦ったス。けど、それがどうかしたんスか?」
その時、彼の脳裏にとてつもなく嫌な予感が過った。瞬時に心音を大きくさせて、ダイゴは大男に問う。
「まさか、アイツが俺の頭突きで死んじまったとかじゃ無いッスよね!?」
大男は、一瞬黙った。それから、少しばかり言葉の速さを下げて、一つ一つ確かめるように紡いだ。
「安心して、と言うべきかしら。……その戦いで死んだのは、ゼインじゃなくて貴方よ」
「……へ?」
呆気にとられた。理解が出来なかった。
(死んだ……? 俺が……?)
何度その言葉を心の中で反芻しても、全く実感が湧かない。それは動揺と変化して、彼の口から吐き出された。
「じゃあ、何で俺は今生きてるんスか!? 死んだんでしょ!? 俺!」
その大声に、大男は静かな語調で言った。
「まあ、そういう反応をするのが普通よね。確かに、人間は死ねばそれっきりよ。現世なら」
大男の言の葉に、ダイゴは何かを感じ取った。そのお陰か、動揺もかなり収まった。大男の先程の言葉と、自分の現状が、彼の中で結びついて、ある答えを導き出したからだ。
恐る恐るといった調子で、ダイゴが答え合わせを始める。
「……死界では違うっつーことッスか?」
「そうよ」
ダイゴの答えは正解だった。大男は肯定の頷きの後で、こう続けた。
「死界では、死者は死んでも特殊な機械を使えば生き返ることが出来るの。とは言っても、その機械を動かすにはDPが必要だから、無料ではないけどね」
「……DPってスゲー」
そこまで、死界は発展しているのか。どうやら、現在自分の居る世界は、彼の元居た世界よりも何世紀も先に進んでいるようだ。そう考えて、ダイゴは少しばかり身震いした。彼の奥底にこびりついている現世での常識が、警鐘を鳴らしたのだ。それを発展と見なして良いのか、と。
だが、その自問に対する答えを出すよりも先に、ある即物的な問題が浮上していることに、彼は気付いた。
「……ってことはもしかして、俺DP払わねぇといけねぇっつーことッスか!? 俺今無一文なんスけど!?」
そもそも、DPが無いから職を探していたのだ。死者の家に泊まろうとしていたのだ。その泊まるまでの間に起きたアクシデントで、DPを要求される羽目になるとは。死体に蹴りを入れられた気分になるダイゴ。しかし、そんな精神的グロッキー状態の彼に、大男は笑って言った。
「大丈夫よ。今回は特別に私が代わりに払っておくから。生き返りのシステムを知らなかったところを見ると、この世界に来てから貴方まだ日が浅いようだし」
「本当ですか!? あ、ありがとうございます!!」
再び頭を下げるダイゴに、話を聞かせてもらってるんだし、それくらいのことはするわよ、と大男が笑う。
「じゃあ、気を取り直して。質問を続けさせてもらうわね」
それから、再び問いを投げかけ始めた。
「貴方の周囲に、かなり面積の広い血だまりが出来ていたけど、あれもゼインの攻撃によるもの?」
「いや、それは違うッス」
ダイゴは、あの長髪の大男に関する、一部始終を話した。話している最中に、死の間際のあの何とも言えない不快感が蘇ってきたが、それをこらえて全てを伝えた。
ダイゴの話に、大男は顎に手をやり少し黙ってから、口を開く。
「ありがとう。……辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさいね。……じゃあ直接的な死因は、その大男の心象によるものであると、そういうことで良いかしら」
「やっぱ、あの力は心象だったんスか」
「恐らく、ね。死界じゃ不思議な能力は、大体が心象によるものだと相場が決まってるから」
不思議な力と、謎の技術。そして、異質な力を持った通貨。死後の世界というのは、本当に現世に伝わっているどんなものとも勝手が違っていた。そのことに改めて目を白黒させながらも、ダイゴは問う。
「しかし、傷口を開く心象かぁ。変わった心象もあったもんスね」
「あら、そのくらいの心象、死界では比較的普通の部類よ? 他にも変わった心象はごまんとあるわ」
「マジっスか!? た、例えばどんな心象が……?」
ダイゴは興味津々といった様子だ。それまでの動揺などは、全て好奇心に追いやられて、脳味噌から出て行ってしまったらしい。目を輝かせているダイゴに、大男は少し安堵したような様子で、こう言った。
「まあ沢山あるけど、強いて言うなら“体を何かに変化させる心象”や、“何も無い空間から変わった能力を持つ道具を生み出す心象”とかかしら」
「な、何でもありッスね。心象」
目をぱちくりさせて、そんな感想を漏らすダイゴに、大男は苦笑する。
「そりゃあ、心象は人生を特殊能力に変化させたものだもの。人一人の人生一つとっても色々なドラマがあるんだから、その具現である心象が変わったものになるのも仕方ないわよ」
「た、確かに……」
思えば、自分の短い人生にも、平凡ながら様々なことがあった。ならば、より多くの人生経験を積んだ社会人や老人などは、その中でかなりの数の喜劇や悲劇に出会っているだろう。そんなことを考えていると、大男が思い出したかのように言った。
「……そういえば、貴方の名前をまだ聞いていなかったわね」
「あ! グヘヘ、そうッスね! えっと、俺は大山大悟って言います! ……貴方のお名前は?」
生前での癖が抜けていないダイゴは、苗字込みの自己紹介をする。そんなダイゴに対して、大男は笑って返した。
「私はマリオ・トレランツよ。獄番戦闘部署『獄犬』に所属してるわ。宜しくね」
「獄犬……? あ!」
確かに、死者の家でユキタカが、獄番には獄犬という部署があると言っていた。それを思い出したダイゴは、問う。
「そういやあ、獄犬は死界で警察の役割を担ってるんスよね? じゃあ、この世界に獄犬って組織は、もとい獄番って組織は、数多く存在しているんスか? 現世に、沢山の警察署があるみたいな感じで」
マリオは頷く。
「そうよ。それこそ、両の指じゃ数えられないくらいあるわ。その中で一番大きくて、設備も充実していて、尚且つ一番最初に出来たのは、今私達が居るこの獄番だけどね」
「へー……」
周りの白い壁を見て、ダイゴはそう呟いた。成る程、確かに現在居るこの部屋一つとっても、かなり広いように思われる。加えて掃除も行き届いており、四方八方全ての面に、シミは一つも確認できない。これもまた、設備の充実がなせる業か。そんなことを考えていると、それとは全く別の疑問が、彼の頭にふと湧いた。
「……そういやあ、ゼインは今何をしてるんスか?」
先程死闘を繰り広げた相手が、DP目的で自分を殺そうとした少年が、ダイゴには少し気がかりであった。一度拳を合わせたことで、情が湧いたのかもしれない。最後のあの、満足そうな笑顔を見たことで、親近感を覚えたのかもしれない。生前の平和ボケは、どうやらダイゴをかなり愚かな人間に育ててしまったようだ。もっとも本人にその自覚は無いが。
「そうねぇ。あの子は今、尋問を受けているわ。とは言っても、対応している子が対応している子だから、直ぐに終わるとは思うんだけどね」
「そうッ……スか」
尋問。その単語で、ダイゴはゼインが犯罪者なのだということを再確認する。何だか少しだけ悲しいような、そんな気がした。それを紛らわすために、ダイゴは問う。
「そういやあ、俺を助けてくれたのって、マリオさんと他に誰か居られるんスか?」
「ええ。ニゾウさんっていう人よ。今は今回のことを上に報告しにいってるから、ここには居ないけどね。彼、私とバディを組んでるの」
「バディ? ……相棒ってことっスか?」
ダイゴの問いに、マリオが頷く。どうやら、マリオはニゾウという人物、つまり彼の相棒と共に、ダイゴのことを助けてくれようだ。まあ、正確には助かってないのだが。死んでるのだが。
「ええ。獄犬では、隊員は必ず誰かバディ……相棒が居るのよ。まあ一ヵ月ごとに変わるんだけど、その分色々な人とコンビを組めるから、幅広い信頼関係を築くことが出来るのよ。で、その月替わりの相棒と一緒にパトロールをしたり、任務を遂行したりするの。今回は私とニゾウさんが一緒にパトロールをしていて、その最中に貴方を発見したって訳」
成る程。そう言えば、死者の家で見た獄犬隊員も二人組であった。あれもつまり、そういうことなのだろう。
そんなことをダイゴが考えていると、ガチャリと扉が開く音がした。この部屋の扉だ。白い空間に見える長方形型の向こう側から、誰かが入ってきた。
「マリオさん。事情聴取終わりましたよ。って、大悟さん目覚められていたんですか! 良かったぁ……」
見ればそこには、身長160センチほどの白人の少女が立っていた。ポニーテールの形に縛られた金色の髪が、部屋の電気を反射して眩しく輝いている。その聡明そうな光を放つ瞳は、澄んだ深いブルーだ。紺色のズボンと黄色い半袖のTシャツを着ている彼女の身体情報を、しかしダイゴは頭に入れて解析する余裕は無かった。
(な、何で俺の名前を知ってんだこの子!?)
マリオはダイゴの名前を知らなかった。ということはつまり、獄犬隊員に己の名前は割れていなかったということだ。それに加えて、少女は今入ってきたばかりでダイゴの自己紹介を聞いてはいないはずだ。なのに、どうして少女は自分の名前を知っているのか。それが鋭い疑問となって、ダイゴの頭をぶち抜く。そんあ彼に、少女が苦笑いで解を示した。
「それは、私がダイゴさんの心を読むことが出来るからですよ」
「うぼあ!?」
動揺を隠せないダイゴ。どうやら、今考えていたことは一語一句違わず彼女に筒抜けになっていたらしい。声に出していない問いに答えられたダイゴは、マリオに聞く。
「こ、この人は一体誰なんスかマリオさん!?」
「ああ、この子はサレムちゃんっていうの。彼女が今回、ゼインに対する尋問を担当したのよ」
その言葉に、ダイゴは目を丸くする。サレムは、自分とあまり年が違わないように見えた。むしろ、自分より若干年下のように見えた。そんな少女が、犯罪者の尋問だなんて。
「あはは……。死者の外見年齢は変化しませんから、見た目で判断しない方が良いですよ」
まただ。また声に出さずに心の中でだけ言ってることを、見透かされた。ダイゴは顔を赤くしながら、恐る恐る問う。
「えーっと、その、サレムさん? が心を読めるのも心象の効果ッス……か?」
「そうです! 私の心象は『理解』、他人の心理を好きなように覗き込むことが出来る心象です!」
サレムは笑顔で答える。そんな彼女に、ダイゴはおずおずと再び口を開く。
「……ゼインって、どんな奴でした?」
「ゼイン、ですか? そうですね。暴行や窃盗などを働いて指名手配中、というのが彼の犯罪者としての人物像です。……多少は捕まってしまったことに対する不満から、大悟さんを逆恨みはしていましたけど、でもまあひどく憎んでいるような感情は、読めませんでしたよ。安心して下さい」
「……いや、スンマセン」
何から何まで心を読まれ、ダイゴは縮こまる。そんな彼の前で、マリオがサレムに聞いた。
「ゼインがダイゴちゃんを狙った理由は何だったの?」
「DP欲しさ、というのが主な要因ですね。獄犬からの逃亡用の費用として使うつもりだったようです」
「成る程ね」
マリオが納得したように頷く。しばしの間隙が、会話に生まれた。そこを縫うように、ダイゴはサレムに問う。
「……あの、サレムさんって」
「アメリカ人ですよ」
「また心読みよったよこの子……。たまげたなぁ……」
問おうとしたことを先に答えられ面食らうが、めげずに続ける。
「スゲェ日ほ」
「日本語は喋れませんよ」
「心読ミスギィ!!」
即座にめげるダイゴ。もっと頑張れ根性なし。そんなダイゴにサレムは言う。
「死界では、詳しい原理は分かりませんが、様々な言語を様々な人が自然と理解できるような仕組みになっているんですよ」
「ああ、だから理解とか操作とかの意味も俺にも何となく分かるんスね!」
「はい! だから生前英語のテストで赤点連発していたダイゴさんにも英語の発音の心象の意味が分かるんです!」
「おいプライバシーだぞ! 心を読むのヤメロォ!!」
学生時代の苦い思い出をつつかれてダイゴがシャウトする。すると、急にサレムの表情が申し訳なさそうなものに変化した。
「す、すみません! 失礼なこと言ってしまって! 私、生前から凄く無神経なところがあるもので……」
予想以上に平謝りしてくる彼女に、ダイゴは慌てた。何もそこまで本気で拒絶したわけでは無いのに。ダイゴはばつの悪い表情で頭を掻く。
(まさかここまで謝られるとは……。これからは勢いで大声は出さねぇようにしよっと……)
「例え勢いによる大声だとしてもダイゴさんを不快にさせてしまったことは事実です……。本当に申し訳ありませんでした……」
サレムは、心を読んでまで謝罪をしてきた。どうやらサレムは、かなり人に気を使う少女のようだ。心を読む心象を持っているのに、人の心の機微を大げさに捉えてしまうのか。それについて疑問を抱きながらも、ダイゴはどうして良いのか分からずオロオロする。
そんなダイゴに、マリオが助け船を出した。
「まあサレムちゃん。ダイゴちゃんもそう言ってるし、もう良いじゃないの?」
(ダイゴちゃん!?)
マリオの自分に対する呼び方に寒気を覚えながらも、それをこらえてダイゴは便乗した。
「そうッスよ!大体俺別にどんなこと言われても気にしないっすよ!むしろサレムさんみたいな可愛い女の子に貶されたら嬉しいというか、気持ちいいというか……」
ダイゴ、まさかのドM宣言。しかし、それを受けてもサレムは笑って言った。
「……あ、あはは……。そ、それは、その……良い、性癖です、ね……?」
訂正、苦笑いだった。心を読めるが故に、今の言葉があながち嘘でない事まで見透かしてしまったがための反応だ。
心象はオンオフが利くんだから、平常時には切っておけば良いのに。そのようなことを考える余裕が、今のダイゴには無かった。サレムの様子にいたたまれなくなり、半分我を失っていたからだ。そんな空気を変えるため、坊主頭は芝居掛かった口調で言葉を紡ぐ。
「あ、あー! そう言えば、俺の服はどうなったスかねー!」
今ダイゴが来ている白いパジャマは、勿論ダイゴの物では無い。どこかに行ってしまった自分の服の所在が、ダイゴは気になった。そういうことにした。
「ああ、それならそこに有るわよ」
マリオが指差した先には、死者の家にて親友に渡された袋があった。中にはダイゴの服が入っている。その袋をとり、彼はマリオ達に言った。
「あの、すんません! 着替えたいんでちょっと部屋を出てもらっても良いッスか!? パンツ一丁とかになるんで!」
「は、はい! 分かりました!」
サレムは了承した。
「えー、私ダイゴちゃんの着替えシーン見たいんだけどー」
マリオは本性を現した。
「サレムさあああん!! マリオさんを早く追い出して下さい今すぐにいいぃぃぃ!!」
「りょ、了解です! ほらマリオさん! 早く出ますよ!」
「あーん、いけずー」
サレムにズルズルと引っ張られて部屋から出ていくマリオ。その様子を見送ってからダイゴは溜め息を吐いた。
「はー、危なかったー……。何か色々と身の危険を感じた……」
例え自分をここに運んでくれて、その上蘇生代まで払ってくれた恩人だからといって、何もかもを差し出すわけにはいかない。ダイゴにだって恥じらいはあるのだ。バカの癖に。
「あ、やっぱカッターシャツとか無くなってる。……まあ、あんだけ血で汚れりゃな……」
ベッドの上に袋の中身を出し、戦闘時の衣服の不在に気付いてから、ダイゴは呟いた。それからパジャマを脱いで、新しい服に着替え始める。その最中、ダイゴは先程自分の中に鳴った警鐘について考えてみた。
(死んでも生き返れる、か。……だからゼインも、俺を殺すことにあんまし躊躇が無かったんだろうか。……そもそも、この世界での命の価値って、どのくらいなんだろうか)
生前の普遍が、この不変の世界に通じるのか。そんな不安を抱かせるほどに、彼が今いるこの世界の日常は、あまりにも特異であった。
(……いや、考え過ぎか。どの世界でだって、命は皆平等に尊いに決まってるもんな)
今までいた日常でも、既に特異としてカテゴライズされ始めてる思いを抱きながら、ダイゴは着替えを済ませた。
でも犬も好きです。