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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第一章・黄泉
5/113

知らない街に行くとテンション上がるよね

 でも夜の知らない街は何か怖いので苦手です。

 親友と別れた後、ダイゴはその足でハローワークに向かった。そこに居るのはチョビヒゲの職員一人だけだ。ダイゴは早速、彼に声をかける。

「すいません! 仕事、紹介して貰いたいんスけど」

「ああ、仕事探しね。了解。取りあえずその椅子に掛けてよ、お兄さん」

 チョビヒゲの職員はそう言って、己の座っているところと、机を挟んで反対側にある椅子を指さした。ダイゴは言われた通りに腰掛ける。なで肩の職員はどこかフレンドリーで、感じが良かった。顔も人好きしそうな温和なものだ。肌の色や顔つきを見るに、どうやらダイゴと同じ日本人のようだ。

「どんな仕事が良い? 条件を提示してくれば、こっちで探すよ」

「え、本当ですか! えっと、それじゃあ……」

 少しの間考えた後、ダイゴは口を開いた。

「頭をあんまり使わなくて、且つ賃金の良い仕事が良いです。……あ、でも出来れば蟹工船に出てくるような労働環境の仕事は、遠慮したいッス」

「分かったよ。それじゃあ少し待ってて。探してみるから」

 チョビヒゲの職員はそう言うと、手元にある黄緑色のビニール冊子を手に取り、捲る。ちらりと目に映ったその表紙に、ダイゴは少し驚いた。

(な、何だあれ? が、外国語?)

 その表紙に書いてある文字は、日本語とはかなり形を異にしていた。かといって、その文字はアルファベットでもない。テレビで少しだけ見たことのある、ハングル文字やブラーフミー系文字とも違う気がする。しかし、それより何より、その見たことの無い筈の文字の意味が理解できることが、ダイゴを驚愕させていた。

 そんなダイゴのことなど露知らず、職員は冊子とにらめっこしていた。それから、少しだけ考える素振りを見せた後、彼は机の上に冊子を広げた。

「お兄さんの言った条件にあてはまる職業。あるにはあったよ」

 ダイゴが目をやればそこには、これまた何語でもない文字で、『獄番(ヘル)』と書かれていた。

「へ、獄番……? ず、随分と厳つい名前ッスね」

「そうだね。まあ、実際に業務内容も結構厳ついし」

「ええ!? それはつまり、とんでもなくブラックってことッスか?」

 ダイゴの問いに、しかしチョビヒゲは首を横に振る。その身ぶりにダイゴは若干安堵するが、職員はそんな彼に対し、でも、と付け加えた。

「この組織の中に存在する、『獄犬(ヘルハウンド)』って部署は、死界内でも随一の過激な職務を担ってるから、見たところ人のよさそうなお兄さんにはお勧めしないかな」

「ひ、人がよさそう……。グヘヘ、それ程でも……」

 挟まれた世辞に敏感に反応し、いちいち照れるダイゴ。しかし、その崩れたアホ面を気合で戻して、尋ねた。

「過激な業務、っつーのは?」

 職員は頷く。

「ズバリ、犯罪者との戦闘。そして、その後の捕縛、だよ」

「ってことは、警察みたいな?」

「街のパトロールや、犯罪者の追跡もしているから、似てる部分もあるね。……と、今日もその犯罪者の追跡のために、来られているみたいだね」

 そう言って、職員はエントランスの中に視線をやった。ダイゴもその視線に誘導される形で、顔を動かす。すると、そこには身長190センチほどの金髪オールバックの男と、身長173センチほどのスキンヘッドの男が居た。前者は泥色のシャツと、苔色のズボン。後者は継ぎ接ぎがところどころに存在している作務衣、といった服装をしている。スキンヘッドの男の顔にある、左眉から顎にかけて一文字の傷が、やけに視界に入った。少し変わった印象を与える二人は、先程の親友と同じスーツ姿をしている栗色の長い髪をした女性と、何やら話し込んでいた。

「あの人達が、獄犬?」

「ああ。恐らく、死者の家に情報収集に来たんだろう。ここには、多くの個人情報があるからね。犯罪を犯した人間の個人情報を、彼らは死者の家から受け取って、それを仕事の糧にするのさ。まあ、それ以外の場合に、この施設が個人情報を誰かに渡すことなんてないから、安心してよお兄さん」

 職員の言葉に、ダイゴは首を縦に振る。罪を犯さない限り、己の個人情報が漏れることはない。それだけでも、彼の心に安寧は生まれた。

「で、どうする? この仕事にするかい? とはいえ、獄犬に入るには、身体能力を審査する実技試験と、お兄さんが恐らく苦手な筆記試験の二つをパスしないといけないよ。まあ、獄番内の他の部署と比べると、筆記試験の割合は少ないけどね。他の部署は、筆記試験に比重を置いてるとこが多いから」

 職員の言葉に、ダイゴは暫く考え込む。衣食住の内、後ろの二つを欠いている今、仕事にはなるべく早くありつきたい。そのための試験を挟むとなれば、就職する前に餓死する可能性もある。沈黙ののち、ダイゴは口を開く。

「あの、その試験を受けずに獄犬に入る方法ってありますかね? いや、まあ望みは薄いとは思うんスけど」

 一か八かのその問いに、職員が示した行動は、意外にも肯定であった。

「あるよ。でも、そのためには獄犬の職員と何らかの接点を持たなきゃ駄目だね」

「……じゃあ、無理ッスね」

 死んだばかりのダイゴに、死界での人脈はない。故に、獄犬との接点は、一から作っていかねばならない。しかし、そんな時間は今の彼には無かった。

 そういう結論に至り、沈んだ表情をしているダイゴに、職員が言った。

「……じゃあ、さっきお兄さんが提示した情報と合致する仕事を、こっちが明日までにまとめておくってのはどう?」

「ってことは、俺は明日ここに来れば良いってことッスか?」

 ダイゴの問いに、職員が頷く。

「うん。あ、でもそうなると、今日の宿が無いか。じゃあ、今日は死者の家に泊まるといいよ。ここには、死んだばかりの人が仕事に就くまで、寝る場所と食べ物を提供する施設もあるからさ。……まあ、仕事に就いた後で、それまでのご飯代と宿泊代を請求するけど、でも割と良心的だよ」

 ダイゴは目を輝かせる。これならば、しばらくは飢えに喘ぐことはなさそうだ。そう思い、安堵し、彼は職員に頭を下げた。

「ありがとうございます! それじゃあ、俺もそういう感じでお願いします! ……ところで、それまでの間、俺はどこで何をしとけば良いんスかね? ここで大人しくしとくべきッスか?」

 職員は笑って首を横に振った。

「いや、別にそんなことはしなくていいよ。このまま外に出て、死後の世界の観光でもすればいいさ。ちなみにこの死者の家がある地区は『第1地区』っていうんだけど、いわゆる歩行者天国で車も通ってないから、安心して道路の真ん中を歩けるよ。飲食店やデパート、その他沢山の施設があるから、見てて退屈はしないんじゃないかな。それでも退屈したんなら、またここに戻ってくれば良いさ。お客さんがいなければ、私が話し相手になってあげるよ」

「了解しました! それじゃあ、取り敢えず今から町に繰り出してみるッス! 今日は本当に色々とお世話になりました! この御恩は一生忘れないッス! ……あ、そうだ! もしよろしければ、お名前とか伺っても良いッスか?」

 その問いに、職員は一瞬何かを困ったような表情をする。それもそうだ、初対面の人間に突然名前を聞かれて、警戒するなと言う方が酷な話だ。しかし、それでも職員はダイゴを信じてくれたのだろう。

「私の名前はユキタカだよ。よろしくね」

 と言って、微笑んだ。

「俺はダイゴって言います! 今後とも、よろしくお願いします!」

 ダイゴはそう言って、再び頭を下げた。


 死者の家を出れば、そこにはユキタカが言っていた通り、多くの人間で賑わう街並みが広がっていた。青い空白い雲、輝く太陽の下で、老若男女様々な人間が、色とりどりの看板が立ち並ぶ道を行き交う様子は、非常に活気があった。とても、死後の世界とは思えない。

「ふおおお! スゲエや! 俺の住んでた所より、断然都会じゃねぇか!」

 華やかな町の雰囲気にあてられて、少年のようにはしゃぐダイゴ。その足取りは、まるで重力がそこから取り払われてしまったのではないかと言うくらい、軽やかになっていた。思わずスキップしそうな己の脚を、しかし生前の日本社会で培われた恥の精神でぐっと押えて、ダイゴは早歩きで街を巡る。

(こりゃあ良いや! なんつーか、スッゲエ楽しそうだ! 死後の世界ってのは、もっとこうじめっとしてて暗いもんだと思ってたが、とんでもない杞憂だったぜ!)

 明るくなった気持ちは、見えている世界にも彩りを加えた。カラフルな春の街並みに、心は更に温かくなる。

(しかし、この天気や気温を見るに、季節は春か? 死後の世界にも四季があんのか、それとも死後の世界は一貫してこんな気候なのか……。まあ、暖かけりゃ何でもいいけどよ)

 春になれば桜を楽しみ、夏になれば太陽と空と緑を楽しみ、秋になれば紅葉を楽しみ、冬になれば雪を楽しむ。季節が変わるならば、それに合わせて楽しみも変えれば良い。そんなことを考えながら、ダイゴは一先ずこの爽やかな温度を楽しんだ。

 しかし、そんな暖かで明るい街の、建物と建物の隙間に、ダイゴは冷たくて暗い闇を見た。

(……ありゃあ、裏路地ってやつか?)

 生前住んでいたところは比較的寂れていたため、裏路地というものが無かった。正確には、裏路地と言う特殊な空間を形成できるほど、建造物同士の密度は高くなかった。故に、ダイゴは物珍しげな顔で、鮮やかな町にぽっかりと存在している闇に、目を向けたのだ。

(ちょっと、行ってみようかな)

 都会の裏路地というものは、何があるかは分からない。そこに危険が潜んでいる可能性も、十分にある。しかし、それに対する警戒心よりも、好奇心の方が勝った。ダイゴは、色彩画の中に垂らされた墨汁の様な影の凝縮に、脚を踏み入れた。

「おぉ。何か涼しい」

 町の光を背に、感想をぽつり。人口密度による熱が、そこからは少しばかり取り払われているようだった。若干狭いことに目を瞑れば、その空間は案外心地が良い。夏の木陰の様な安心感を、ダイゴは裏路地の闇に見出した。

(……もうちょっと進んでみよう)

 闇の心地よさが、ダイゴの少年の心に火を点ける。何となく、冒険がしたくなった。空から差し込む日光は、上に位置している建物の凹凸に阻まれ、地面には届かない。濃さの違う影を踏み踏み、狭い路地を進む。

「お、横道がある」

 裏路地は、一本道では無かった。左右にいくつか、別の道が続いている。

 ダイゴは、最初その道に進んでみようとした。しかし、ここで横道に入ってしまっては、死者の家への帰り道が分からなくなってしまうかもしれない。そう思い直し、彼は再び歩き始めた。

「あれ」

 しかし、歩き始めて数分と経たぬうちに、行き止まりにぶつかった。何の建物かは分からないが、高い壁が彼の前に立ち塞がる。どうやら、ここでこの裏路地の冒険は終いらしい。ダイゴは溜め息を吐く。しかし、その瞳はまだ諦めてはいなかった。

「何か、持ってなかったっけ。ルパンに出てくるような、建物を駆け上れるやつ」

 冒険をまだ続けたいダイゴは、往生際悪く学生ズボンのポケットをまさぐった。勿論、いくら彼が脳味噌の大半を盗まれているのではないかと疑われるほどの馬鹿であるからといって、本人も己のポケットの中に怪盗の七つ道具が眠っているなどと期待してはいない。ただ、何となくゼロに近い可能性に、賭けているだけである。しかし、次の瞬間。

「お?」

 彼の指が、ポケットの中に潜む、固く冷たい物体に触れた。

「まさかまさかもしかしてもしかして」

 これはひょっとするとひょっとするかもしれない。そう思いながら、ダイゴは期待に満ちた目でポケットの中にある物体を出した。

 それは、表面に『愚者にも一得』と書かれている、金属光沢を放つメダルであった。

「……あ、そういやあ」

 今朝、母ちゃんが学生ズボンでゴソゴソやってたな。なるほど、こういうことか。

「いや、どういうこったよ!!」

 これっぽっちも納得できないと、ダイゴはメダルを地面に叩き付ける。すると、角度が良かったのか運が悪かったのか、そのメダルはキインッ、という音と共に跳ね、目の前の建造物の壁にぶつかった。それだけなら良かったが、神の悪戯か悪魔の罠かそれとも深子の嫌がらせか、メダルはその壁にぶつかった瞬間またしても跳ね、勢いよくダイゴの額に命中した。

「りふれくとっ!?」

 頭蓋骨の振動と共に漏れた断末魔を耳に転がせ、ダイゴは地面に倒れ伏した。肌に触れて分かったことだが、裏路地の地面は若干湿っていた。ダイゴのテンションも水をかぶせられたように下がった。

「畜生……。最期の最期まで、母ちゃんは俺に災難をふっかけるのか」

 横たわりながら、呟く。しかし、その呟きは路地裏の涼しさに溶けることなく、ダイゴの心の中で反復した。

(最期、か)

 もう二度と、あの喧しい母の嫌がらせを、身に受けることはない。その事実は、しかし額の痛みよりも、鈍くて深い痛みを、彼のどこかに生んだ。心の場所を知らないダイゴは、患部をさすることは出来なかった。ただ、己の横に落ちているメダルに手を伸ばし、それを握って立ち上がった。

「……」

 無言で、メダルを裏返す。そこには、“愚者にも一得”という言葉の、その意味が記してあった。

「……“愚かな者でもたまには良い考え方をすること”、か。……ぐへへ、俺にピッタリなことわざじゃねえか。分かってんなあ、母ちゃん」

 深子が、このメダルに込めた意味は分からない。否、意味など無いだろう。何故なら、彼女はこのメダルが、息子への最期のプレゼントになるとは、思っていなかったのだから。

 ごそり、とメダルをポケットの中にしまい込む。この裏路地の冒険で、彼は最後に宝をゲットした。冒険が無くとも、手に入れることは可能な代物ではあったが。

「ま、良いか」

 そう呟いて、ダイゴは笑った。そもそも冒険自体が当初の目的だったのだ。楽しい回り道だったと喜びこそすれ、無駄足だったと嘆く道理は無い。ダイゴは、そう思うことにした。

「引き返そ」

 そう呟いて、ダイゴは後ろを振り返る。


 そこには、繁華街の喧騒を背に、何者かが立っていた。


 ダイゴは目を凝らした。逆光で良く見えないが、どうやらその何者かは、少年のようであった。身長は170センチほど。髪は緑色の天然パーマで、服装は黒い肌着とダボついた深緑色をした半袖の上着に、くすんだ鼠色のズボン、というものであった。

「おい、ハゲ」

 薄い影法師が言った。ハゲとは十中八九ダイゴのことだろう。その事実に若干凹みながらも、ダイゴは問うた。

「えーっと、どちら様で? てか、俺に何か用スか?」

 その質問の最中、ダイゴは背中にうすら寒いものを感じていた。裏路地の気温のせいだと、この重複した日陰のせいだと自分に言い聞かせていると、少年が口を開いた。

「別にこれと言った用じゃねえんだけどよ」

 その口調は穏やかだ。その事実に、単純なダイゴは僅かに安堵する。

(良かった。てっきり、襲われるんじゃないかと思った)

 溜息を吐くダイゴの前で、少年は己の緑髪をわしゃわしゃと掻く。それから、


「死ねや」


 上着のポケットから、逆光でギラギラと輝くナイフを取り出して、笑った。

 ところで増えるワカメってあれどういうメカニズムで増えるんでしょうか。

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