死界の技術は世界一ィィィ!!
今日は天気がかなり良くて、いつもより活き活きと生活できました。
「エレベーターもあるんスかー。本当に現世と変わんないっスねー」
臓腑が若干上に浮くのを感じながら、大悟は思ったことを素直に口にした。現在、彼と少女はエレベーターの中に居る。どうやら、次の目的地は先程の階とは違うところにあるらしい。少女が相槌を打つ。
「死後の世界といえど、それを形作り尚且つ生活するのは、現世に生きた人間ですからね。故に、現世の技術も沢山この世界に存在しているのです。エレベーター然り、自動車然り」
「自動車もッスか?」
「ええ。もっとも、死界にはそれより便利が移動手段が存在していますから、専ら短距離の移動にのみ用いられていますがね」
(車よりも便利な移動手段? バスとか?)
それも車の中に含まれているだろう。エンストでもしているとしか思えない思考回路で、お粗末な予想を大悟がしていると、エレベーターが停止した。間もなく扉が開き、中と外がつながる。
「ここが死者の家のエントランスです」
エレベーターのドアが開いた先には、先程のモノクロな廊下とは違う、色とりどりの物体が存在している空間が広がっていた。
「なんか、思ってたより普通ッスね。ちょいとビックリしたッス」
「施設全部がモノクロだと、お客様も退屈されますから」
エントランス内には、大悟達以外の死者とおぼしき者達が、たくさん居た。恐らく、黒いスーツを着ているのが職員で、そうでないのが大悟の様な死んだばかりで、まだ左右が分からない者達だろう。大悟は少女に問う。
「あの人達は、全員が死者なんスか?」
「そうです。職員達も死者です」
「え、ってことは貴女も?」
大悟の言葉に、少女は答えた。
「……いえ、私はこの死界で生まれました。……あの人達とは違います」
その言葉には、寂しさの様な、悲しさの様な、どこか冷たくて暗いものが含まれているようだった。表情も、心なしか沈んでいる。流石の大悟も何かを察し、頭を下げて謝った。
「そ、そうっスか。……何か……すいませんでした……」
「いえ、気にしないで下さい」
すぐに何事も無かったように無表情に戻り、少女は続ける。
「ついて来て下さい。ここで、貴方にはしてもらうことがあります」
「……ウス」
少女の背中を追う。気のせいであろうが、彼女の背中は少しだけ陰っているようであった。
(俺のせい、かなぁ)
何となく、大悟はそう思った。
「ここです」
移動は、ものの数十秒で終わった。少女が示す先には、薄茶色の扉があった。この先に用があるらしい。大悟は少女に導かれる形で、扉の向こうへ入る。すると、中には先程の認識機とはまた違う形をした、ある機械があった。
「今から貴方には、ここに座ってもらいます」
少女の言葉に、しかし大悟は首を縦に振ることが出来ない。その機械の形が、どこか来るものを拒むような形をしてたからである。
(え、何これ? 電気椅子?)
大悟の、機械に対する第一印象が、それであった。その表現は、あながち間違いではない。確かにその機械は、ディスプレイのついた電気椅子の様な形をしていた。座った罪人の脳を焼き切るための、あのヘッドギアの様なものも見受けられた。その椅子の手すりの一部に、先程の認識機に見られたような穴があったが、それが大悟の安心を生むことはなかった。
「では、どうぞ」
少女が掌で椅子を示す。その表情からは感情が読み取れない。しかし、その面の皮一枚の向こうに、海の様に深い殺意が渦巻いているかもしれない。先程少女に嫌な思いをさせてしまった、と考えている今の大悟にとって、そんな後ろ向きな想像力が働いたのは、ある意味で仕方の無いことであった。故に、彼は言った。
「あ、すいません。僕これから空手の稽古があるんで」
「今日は休んでください」
背中を向けて立ち去ろうとした瞬間、むんず、とカッターシャツの腰部分を掴まれる大悟。敵前逃亡は死あるのみとばかりに、少女の引っ張る力が強くなる。
「嫌だぁ! 死にたくねえ!!」
「もう死んでるでしょうが」
這い蹲ってでも床に踏み留まろうとする大悟であったが、少女の力は存外に強く、あれよあれよと彼の大きな体は、彼女の小さく細い左腕に引っ張られ、ついには椅子に座らされてしまった。瞬間、彼の手脚に椅子から生じた拘束具の様なものが嵌められる。これでは、もう逃げることはかなわない。先程授かった心象を使うという発想は、ある種のパニックを引き起こして、より一層ポンコツになっている大悟の脳味噌には、到底浮かび上がらなかった。
(何この子強い)
今更な感想が、粗末な脳裏に浮かぶ。パニックが極まり、一周回って大悟は冷静になっていた。
そんな大悟に対し、少女が言った。
「では、現世に遺してきた、欲しいものを言って下さい」
「え? ほ、欲しい物ッスか?」
面食らった顔をする大悟に、少女は頷く。
「ええ、そうです。この機械は、死者が現世に遺した欲しい物の、そのコピーを生み出すことが出来るのです。そのために、一度死者の脳内を覗かなければいかないので、こうした電気椅子の様な形をしているのです」
(電気椅子みたいって自覚はあったんだ……)「ち、ちなみにどういったもんならコピーできるんスかね? 家族とか……は?」
少女は首を横に振る。
「生命体は駄目です。コピーするには複雑すぎますから。しかし、それ以外なら大体なんでもコピーできます。多くの人は、写真や衣服などをコピーしますね」
「写真や衣服……。お、俺もそれをコピーしたいッス!」
大悟の言葉に、少女は頷いた。
「分かりました。では、それをコピーしましょう」
その言葉の後、彼女は機械に近付き、穴にDPを入れると、その近くにある黒いボタンを押した。ブウン、という音と共に、ディスプレイに光が灯る。と同時に、ヘッドギアが大悟の頭に装着される。これによって、彼の記憶を覗くようだ。実際に、彼の頭上にあるディスプレイには、彼の生前の思い出が次々と映し出されていた。映像自体は、凄まじい速度の早送りであったが。
「服というのは、これで全部でしょうか」
ディスプレイには今、大悟の記憶の中にある彼の服が、カタログの様に映し出されていた。子どもの頃の服はそこには無い。現在の彼が着れる大きさの服のみがあるばかりだ。また、服の総数は少ない。大悟はお洒落に興味が無かったのだろう。
「そうッス。それで全部ッス」
大悟は答える。彼の頭の中には、現在ディスプレイに映し出されている映像と同じものが浮かんでいた。その映像の中にある下着を含めた服が、彼の求める衣類の全てだったのだ。
「了解しました。ではまず、これをコピーします」
少女はその言葉と共に、黒いボタンの隣にある赤いボタンを押した。すると、ディスプレイから緑色の光が照射され、その中に現在大悟の頭の中にある衣類が、全て出現した。それらは重力を無視し、ゆっくりと床に畳んで置かれた。と同時に、光が消える。ディスプレイの中のカタログも、その姿を消した。
「では次に写真をコピーします」
その言葉が大悟の鼓膜を揺らすのに続き、彼の脳内にカタログが出現する。その数は、衣類の時とは違ってかなり多かった。
「おや? 大悟さんの家では、写真を写真立てに入れるということはしなかったのですか?」
映像を見て、少女が言う。確かに、カタログの中には、アルバムに入った写真はあっても、写真立てに入った写真はなかった。大悟は一言、そうッス、と返す。すると、少女がこう言った。
「貴方が望むのならば、死者の家で写真立てを用意するということも出来ますよ。もっとも、一週間ほど時間がかかりますが」
「本当ッスか!? じゃ、じゃあお願いしても良いッスかね?」
アルバムを捲るのと、写真立てを見るのとでは、掛かる手間が違う。出来れば、家族や友人の写真は気軽に、且つ頻繁に目に入れたい。そう考え、大悟は少女にそう言った。
「分かりました。では一先ず、全ての写真をコピーして実体化しますね」
再び赤いボタンを押す少女。先程と全く同じ工程を踏んで、アルバムと写真の束が実体化する。それらはやはり重力を無視し、行儀よく服の隣に横たわった。
「……新しいアルバムも、用意しましょうか?」
写真の束に目をやりながら、少女が問う。
「お願いします」
大悟がそう言えば、少女も頷く。と同時に、彼女は黒いボタンを押した。すると、ヘッドギアが大悟の頭から外れ、彼の首が自由になった。ほっと一息ついて、大悟は笑う。
「いやあ、ホントにありがとうございます。何から何までお世話になっちまって」
「構いません。それが死者の家の仕事ですから」
淡々と少女は答える。そんな彼女の対応に、少しばかり寂しさを覚えながらも、大悟は言う。
「……じゃあ、そろそろこの拘束具外してもらっても良いッスかね。何か生きた心地しないんスよ。これ」
既に死んだ身で何をぬかすか。そんな言葉を吐くことはせずに、かわりに少女はこう言った。
「それは出来ません。大悟さんには、その状態でまだしてもらうことがありますから。むしろ、その状態じゃないと、大悟さんは逃げようとされる可能性があります」
その言葉に、大悟は心外だとばかりに口を尖らせる。
「いやいや、そんなことしないッスよ今更。この大山大悟、どんなことを貴女にされそうになっても、どっしりと構えて受けて立つッス」
「そうですか。では、その言葉を信じますよ」
そう言って、少女は黒いボタンの隣にある白いボタンを押した。すると、拘束具はするりと彼の体から外れて姿を消す。晴れて自由の身となった大悟は、ご機嫌に言った。
「いやあ、制約が無いってのは良いッスねやっぱ。で、今から俺は何をすれば良いんスか?」
少女は椅子の下の部分にあるスイッチの様なものを押した。すると、引き出しの様にそれは開き、中から何やら出てきた。それを取り出して、少女はダイゴの方を向いた。
「これです」
少女の手には、透明な液体の入った注射器があった。瞬間、大悟の脳内に石をぶつけた際に発生する火花の如く、ある計算式が発生した。
(注射器×よく分からない液体×青髪の美少女=死)
刹那、大悟が選んだ行動は、椅子から立ち上がってすぐの逃走であった。
「予想はしてました」
案の上少女の手が伸び、大悟の背中を掴む。そしてやはりというべきか、彼は椅子に座らされ、四肢に拘束具を嵌められた。
「嫌だぁ! 死にたくねえ!!」
「大丈夫ですよ死にません。むしろ、これを注射したほうが生存率が上がります」
「へぁ!?」
少女の言葉に、驚愕のあまり素っ頓狂な声をあげる。それに続けて、大悟は問いを発した。
「せ、生存率が上がるってのは、一体どういうことッスか?風邪とかひきにくくなるってことッスか?」
「そうですね。この液体を注射すれば、病気にはかかりにくくなります。この薬を注射したならば、自然治癒力が上がりますからね。風邪だって羅患して直ぐに治りますし、現世では治療の難しかった難病だって己の力だけで治すことが可能になります。逆に、この薬を注射しなければ、例えば包丁で指を切った時などに、血が止まらずそのまま失血死します」
「えぇ!? し、失血死……。あ、あの、その薬の効用って、一体何なんスか?」
大悟の問いに、少女が答えた。
「そうですね。まあ、かいつまんで言えば、“死者の肉体に時間を注ぎ込む”というものでしょうか」
「……すいません。言ってなかったッスけど、俺って結構馬鹿なんスよ」
「存じております。しかし、今の私の説明で理解しろという方が無理な話です」
さらっと侮辱される大悟だったが、本人はそれに気付かない。鈍感なのだ。悪い意味で。そんな彼に、少女は何食わぬ顔で続ける。
「まず最初に、死者の体について説明しなければなりませんね。人間というのは、死界に来た時に体の時間が止まります。つまり、体の細胞や因子が増えなくなるということです。故に成長もしませんし、病原菌が入ってきても免疫細胞を生産しようとしません。傷を負っても、血小板の形状は変化しませんし、細胞接着因子も発現しませんから、瘡蓋も出来ません。この薬は、そういった人間の体の変化を促し、生前の様な、むしろ生前よりも高性能な治癒力を獲得させるのです」
「成る程、じゃあこの薬さえ注入しとけば、死後の世界でも子どもは大人になれるってことッスね」
大悟が一人納得したように頷く。しかし、そんな大悟の前で、少女は首を横に振った。
「残念ながら、この薬を使用しても死者は歳を取ることがありません。理由は……現在でも、明らかになってはいません。一部の人々は、神の作ったシステムだと言っています。死後の世界には、死の根本的な原因である“老い”が存在しないのだと」
「な、成る程」
それはつまり、死後の世界の人間は、皆不老不死だということか。不死に対して、現世で否定的な考えを植え付けられている大悟は、少しばかり恐怖した。
「じゃあ、死者は食べ物とかは食えないんスか? 寝ることもしないんスか? 機械帝国のロボットみてえに?」
その言葉には、これっぽっちも悪意は無かった。ただの知的好奇心、純粋な興味から出たものであった。しかし、その言葉を受けて、突然目の前の少女は体を硬直させた。そんな少女に、大悟もびっくりした。が、彼が何かを言う前に、少女の方が口を開いた。
「……ロボットだって、食べたり、眠ったりしますよ」
その表情は、一度目に見せた悲しげなものよりも更に悲しく、痛ましく。とにかく、単純な大悟の心を抉るには十分すぎるものであった。
「……え」
抉れた心から溢れる血を、口から言葉という形で垂れ流す。しかし、出た血の量の殆どは彼の心に溜まるばかりで、口から出た言葉は少なかった。
「何でもありません」
少女は、その一言で表情を元に戻す。冷えた声を、血の気の薄い白い唇から溢した。
「安心して下さい。死んでも、人に三大欲求は残り続けます。細胞の、体の、命の質を保つために。とは言っても、性欲なんかは必要ありませんけどね。子どもを成すことは出来ませんから。胎児も、歳は取らないので」
「じゃあ、どこの家庭も夫婦だけってことッスか?」
その問いに、再び少女は首を横に振る。
「いいえ。養子を取る形で、死界の夫婦というのは子どもを獲得します。死後の世界には、子どもの死人もいますからね。そういった養子は、養護施設から斡旋されます。そのため、死界には数多くの養護施設が存在します。この死者の家がある『第1地区』にも一つあります。もっとも、死者の家も死界に数え切れないほど存在していますがね」
「成る程……」
大悟は相槌を打つ。しかし、その頭の片隅には依然として、先程の少女の反応が引っかかっていた。
そんな大悟に、少女が言う。
「他にご質問は?」
大悟はハッとして、慌てて考えて、口を開いた。
「えーっと、ちなみに筋肉とかはどうなるんスかね?」
「そうですね、死者の筋肉というのは、生きている人間と比べて、発達してもあまり大きくはなりません。しかし、薬の効用で格段に超回復しやすくなっているので、生きている人間よりも大きな力を蓄えやすいです」
「おお! それは良いッスね!」
大悟は目を輝かせた。少女のことは気になっていたが、それでも今の言葉は彼の心を躍らせるのに、十分な魅力を持っていた。良くも悪くも、この男は正直なのである。
そんな大悟に、少女が問う。
「他に質問は? 無ければ、この『活性薬』を投与したいのですが」
(ど、どら……?何語だ……?あれ、でも何となく意味が分かる)「あ、はい。お願いします」
疑問を感じながらも、大悟は今度は暴れなかった。活性薬の効用がよく理解できたから、というのもあるが、何よりも少女に対する負い目が、彼の心を縛り付けたのである。
痛みはこれっぽっちも感じなかった。死界の注射器は、現世のそれよりも針は細いらしい。気が付かない内に針は抜かれ、同時に彼の体に薬が回った。心なしか、自分の体が軽くなるのを、大悟は感じた。
「これにて、市民権獲得のための全行程は終わりです」
そう言って、少女は白いボタンを押し、大悟の拘束具を外した。
部屋から出て、二人は再びエントランスの中を歩いていた。大悟の手には、服が入った『死者の家』というロゴ入った袋が、少女の手にはアルバムと写真の束が携えられている。
「では、あちらの機械で市民権を発行しますので」
歩きながら、少女が空いているほうの掌で、ある方向を示す。そこには、駅の切符発行機のような機械があった。
(なんか、さっきから現世と似た機械ばっかだよなぁ。だからどうっつー訳でもねえけどよ)
大悟はそんなことを思いながら、機械の方へ少女と共に歩んでいく。機械の前に来ると少女は再びポケットからDPを取りだし、機械についているコイン投入口に入れる。
「この機械も、DPで動くんスか?」
「はい。死界において、不思議な機能をもった機械というのは、DPを内部で分解して、それによって発生した命気を糧にして動きますから」
「へー。凄いッスね、DPって」
命気によって得られるエネルギーは、凄まじいものらしい。だから、今まで自分が見てきたような機械を動かすことが出来るのだろう。そんなことを思っている大悟の横で、少女は動き出した機械のディスプレイにタッチする。ピッピッピッ、と規則的に響く電子音ばかりを受け止める大悟の鼓膜が、続けて少女の問いを拾った。
「大悟さん。貴方の家族構成を教えてください。今その情報が必要なんです」
「え? ……えっと、婆ちゃん、父ちゃん、母ちゃん、妹二人ッス。爺ちゃんは俺が生まれるかなり前に死んでます」
「分かりました」
少女がディスプレイをタッチする。情報を入力しているのだ。のぞき込めば、『家族構成』と書かれている欄に、今大悟が言った情報がそのまま載っていた。ディスプレイの映像に目を奪われていると、少女が再び質問した。
「では次に、大悟さんの誕生日を教えてください」
「ふぇ? ……2月9日、ニクの日ッス」
「分かりました。・・・情報入力完了、しばらくお待ちください」
少女がそう言って数十秒後、機械の切符取り出し口のような穴から、小さな青いチップが出てきた。それを取り出して、大悟に手渡す。そして、少女は言葉を紡いだ。
「では大悟さん。このチップを胸に当てて下さい」
「こうスか?」
大悟はそう言うと、チップを持った手を胸に近付けた。少女の。
バキィッ!
次の瞬間、少女の鉄拳を顔面に受け、大悟は吹っ飛ぶ。
「びおらっ!!」
「ふざけないでください。殴りますよ?」
「既に殴った後なんだよなぁ……」
頬を擦りながら大悟は立ち上がる。しかし、その表情はどこか安堵したようなものになっている。マゾヒストなのだろうか。大悟は、今度は自分の胸に、チップを近付けた。すると、
「うおっ!? チップが……!」
チップは青い光となり、大悟の胸に吸い込まれていったのだ。その不思議な光景に、言葉を失う。今まで同じくらい不思議な光景を見てきたが、それでも彼はまだ慣れないらしい。
「これを持って大悟さんは正式に死界の住人、『ダイゴ』として認められました。これにより死界の様々なサービスを受けられるようになります。怪我をすれば病院で治療が受けられますし、お腹が減ればレストランで食事をすることも出来ます。DPを払えば、の話ですけれど」
若干あたふたしている大悟、もといダイゴに、少女はそう言った。
「さて、これで死界で生きていく為の全課程が終了した訳ですが、これからどうされますか?本施設内にあるハローワークで仕事でも探します?」
「そうッスねー。ちなみにハロワの他にはどんな施設があるんスか?」
「レストランやコンビニエンスストア等ですね」
「死者の家スゲーッスね!」
少女の言葉に感動しているダイゴに少女は問う。
「それで、どうされます?」
「うーん、じゃあやっぱ最初の予定通りハローワークで職でも探すッス!働かないと食っていけないみたいですし!」
「でしたらハローワークの受付はあちらです」
少女が示した先には、七三分けをしたちょび髭の男が受付をしているスペースがあった。ダイゴはそれを確認してから少女に礼を言った。
「今回は本当にありがとうございました! ……ところで」
少女の手にあるアルバムと写真の束に目を向けて、大悟は尋ねる。
「アルバムや写真立てを頂くまで、その写真やアルバムって預かっててもらうことって出来ますかね? しばらく俺、家が無いんで」
死んだばかりで、死界に一切のつながりが無い俺は、これから暫く色々なところを転々としなければならない。そう考えながら、ダイゴがした質問に、少女は頷いた。
「構いません。では、一週間後に取りに来てください」
「ありがとうございます!!」
満面の笑みで礼を言う。本当に、それしか言葉が見つからなかった。死者の家という施設は、とても良心的だと、ダイゴは改めて思った。それから、彼は少女に背を向けて、ちょび髭のいるところに行こうとした。だが、大悟は途中で歩を止め、少女の方を振り返った。
「あ、そういやあ、貴女の名前なんて言うんスか?」
「? その質問に私が答えたところで貴方に利益があるように思えませんが?」
少女は首を傾げる。その顔には、今まで通りの無表情が張り付いており、感情が読めない。そんな彼女に、ダイゴは笑った。
「良いじゃないッスか! 一期一会! ここで会ったのも何かの縁ッス! お互いの名前を知っておいて良いことはあっても悪いことはないッスよ! 」
その言葉に、少女はしばらく考えた後、静かに口を開いた。
「親友・拾号」
「え?」
「私の名前です」
状況が飲み込めていないダイゴに少女、拾号がぽつりと言う。
「……私は、アンドロイドです。死界にて、ある女性に作られました。……驚きますよね、いきなりこんなこと言われても」
口を閉じ、笑った。その笑顔は、取って付けたようでも、奥から滲んだようでもあった。偽物の様でも、本物の様でもあった。しかし、一貫してそれは、ひたすらに悲しげであった。
そんな笑顔を前に、ダイゴは息を呑んだ。しかし、彼は直ぐに後頭部を掻きながら言った。
「……良い名前、ッスね」
「……大丈夫です。慰めてくれなくても。もとより、私に感情はありません」
「慰めなんかじゃないッスよ」
「……え?」
拾号は問う。その表情には、しっかりと疑問が滲んでいた。そんな彼女に、ダイゴは己の首を撫でながら、はにかんだ。
「俺の名前が大悟ってことは、知ってるッスよね」
「……はい」
「じゃあ大悟には、どんな漢字が使われてるか分かるッスか?」
「……大きいに、悟る、でしょうか」
「グヘヘ、……正解ッス」
ダイゴはそう言って、顔を綻ばせる。元のアホ面が、更に間抜けになる。そんなダイゴに、拾号は問うた。
「……あの、それが何か」
「……俺の名前には懐を大きくして、他の奴の事を悟る、つまり理解する男に育って欲しいって願いが込められてるって感じの事を、父ちゃんに聞いたことが有ったような気がするんス。その名前に込められた願いは、俺が死んでも変わらねぇって思うんスよ。多分」
ところどころ曖昧なのは何故なのか。しかし、親友はそんな雲の様にふわふわして頼りない大悟の話に、耳を傾け続けた。
そんな親友の目を見て、大悟は気の抜けたアホ面のままで、しかしはっきりと言った。
「……親友・拾号って名前にも、アンタを作った人、つまりアンタの親の願いが込められてるんスよ。俺は、そう思うんス」
「あの人の、願い……」
その言葉を、ゆっくりと噛み砕くように、親友・拾号は俯く。その空色の瞳は、確かに揺れていた。
「……少なくとも、どうでも良いと思ってる奴に、『親友』なんて良い名前、つけないっスよ」
親友の空色の髪を上から見ながら、ダイゴはゆっくりと言う。意識して口調をゆっくりにしてる訳では無い。足りない脳味噌をフル回転させて、必死で言葉を生んで繋いでるから、たどたどしいだけだ。しかし、それでも彼は、最後にははっきりと、きっぱりと言った。
「だから親友さんのその名前は、親御さんの願いがこもった最高の名前ッス! 少なくとも俺は、心の底からそう思うっス!!」
親友はその言葉に、面食らったような様子を見せる。しかし、その丸くなった目をゆっくりと細めて。
「……ありがとうございます。ほんの少し、救われました」
今度は優しく微笑んだ。はっきりとではない。きっぱりとではない。ましてや、完全に救われたと言った訳では無い。でも、確かにその顔には。悲しみは、冷たさは、仄暗い感情は浮いていなかった。
ダイゴはその姿を見て、歯を剥きだしにして、ニカッと笑う。
「何スか! しっかり笑えるんじゃないッスか! てか感情が無いわけないんスよ!だって俺が親友さんの胸触ろうとした時、露骨に嫌な表情してましたもん!まっ、更に恥ずかしそうな顔見してくれてたら最高でめーてるっ!!」
ダイゴが最後まで言う前に、彼の顔面に親友の鉄拳がめり込んだ。
「ほんの少し前に抱いた感謝を、耳を揃えて返してくださいこのエロハゲ」
親友は、床に倒れ伏すダイゴをきっと睨めつける。それから、その表情を再び綻ばせて、また笑った。
故に今から梅雨が恐ろしいです。