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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第一章・黄泉
3/113

未練たらたら

そういえば今日眼鏡割れました。なんかチャリンコの車輪でパリンとやりました。悲しかったです。

 部屋から出るとそこには洞洞とした廊下が広がっていた。儚げな空色の光を髪に浮かせながら、少女がその中を進んでいく。大悟はその後を追いながら、周囲を見回した。

(俺が出てきたような黒い扉が沢山ある。あれ全部あの黒い部屋の入口なんだろうか)

 遠くのほうに、白い何かが点々と見えてきた。何かはだんだんと大きくなり、ついには大悟達の前に正体を晒す。

「着きました。ここです」

 少女が示すもの。それは、白い扉であった。見れば、周りには同じような白い扉が、黒い空間に浮き上がるように点在している。どうやらこの扉の先に、件の機械はあるらしい。そんなことを考える大悟の前で、少女は白い扉のドアノブに手をかけた。

「入って下さい」

「し、失礼します!」

 促されるままに、部屋に入る。室内は、先ほどの廊下とは打って変わって白一色であった。白い壁、白い天井、白い床、そしてその中に立っている黒いスーツの少女。どちらでもあり、どちらでもない白黒の大悟は、白い空間の中心に『それ』を見つけた。

「これが心象習得用の機械、『認識機(スキャナー)』です。今から大悟さんにはこの中に入ってもらいます」

「こ、この中にッスか?」

 認識機は、白い自動販売機のような姿をしていた。その隅のほうには、これまた自販機よろしく、コインを投入する目的のために存在しているような、穴があった。少女はその穴に、先程の青いコイン、DPを投入した。すると、

「どわあっ!? 認識機が!?」

 認識機が白く発光し、ウィィンという音とともに、仏壇のように開いたのである。それを確認すると、少女は言った。 

「では、入って下さい」

「ウ、ウス!」

 恐る恐る機体に入れば、静かな音と共に、それは直ぐに閉じた。

「それでは開始します」

 ヴーン、と機械が駆動音を発し始める。すると、大悟の脳内に、まるで映画を見てるかの様に、ある映像が流れ始めた。その映像の内容に、大悟は認識機の中で息を呑む。

「こ、こいつは……俺の……!」

 生前の、記憶であった。まるで遅れてやってきた走馬灯のように、記憶は彼の脳の中を駆け巡る。


 赤子の時、母の腕に抱かれたこと。

 一歳の時、祖母に家訓を教わったこと。

 二歳の時、妹が生まれたこと。

 妹が生まれた後、祖父の墓参りに行ったこと。

 保育園で駆と出会ったこと。

 父が祖父から教わった男の生き様を、今度は自分に教えてくれたこと。

 駆と同じ小学校に上がることが出来て、二人で喜んだこと。

 小学校の夏休みに、大山家と的木家とで家族ぐるみで海に行ったこと。

 小学校六年の時、二人目の妹が生まれたこと。

 中学生の授業についていけず、駆に勉強を教わったこと。

 中学の文化祭で女装をし、その姿を母に撮られ、しばらく妹と母にからかわれたこと。

 高校受験に向けて、駆と一緒に放課後図書館で勉強したこと。

 高校にギリギリで受かり、そのことを家族が泣いて喜んでくれたこと。

 高校の授業にもついていけず、駆に勉強を教えてもらったこと。

 悲しかったこと、嬉しかったこと、苦しかったこと、楽しかったこと、全てが頭の中に流れ込んできた。それら全てが彼の胸の奥の、何だか少し暖かいところをくすぐる。と同時に、その温かいところの熱が全身に伝播していき、やがてエネルギーとなって彼の全身に沁み渡っていった。大悟には、そう感じられた。その実感の中で、大悟はぼんやりと思う。ただ、ぼんやりと想う。

(……こいつが心象の習得か。……あれだな、やっぱもっとあいつらと)


   一緒にいたかったな


 走馬灯は、大悟が無意識の内に目を背けていた未練を、引きずり出して彼の前に突きつけた。どくりどくりと、際限なく遺してきた友人と家族への想いが溢れる。もう、どうにも出来ないのに。分かってはいたが、しかしそれで割り切れる程に、彼は強くなかった。

 大悟を彼の弱さが苛んでいると、ゆっくりと機体が開いて、部屋の空間が顔を出した。それに気付いて、ゆっくりとその空間に入り込む。すると、その空間にずっと居た少女は聞いた。

「何故、泣いてるのですか?」

「え?」

 大悟の両目にからは一筋の涙が伝っていた。胸から溢れた想いは、どうやら涙腺を通って外に出たようだ。彼は慌てそれを拭って、赤くなった顔で笑う。

「すんません、ちょっと俺ドライアイで……」

 大悟のその笑顔に、一瞬少女の体が強張ったかのように見えた。

「……そうですか。では体に披害は無かったようなので、早速心象を認識してみてください」

 しかし、それでも直ぐに淡々と、少女は平常通り言う。大悟に、気の利いた言葉をかけるようなことはしなかった。

「認識って何するんスか?」

 大悟が問う。少女が答える。

「心象の能力を発動するんです。自分の心象が何かわかりますか?」

「はい。さっき何か温かいもんが体に染み渡るのと同時に、頭ん中に何となく……」

「では、それを使っている自分を想像してください。そうすれば自ずと発動できる筈です」

「り、了解ッス!」

 大悟は少女に言われた通り、心象を使っている自分を想像する。

(さっき感じたあれが俺の心象ならば、想像するべきは……!)

 二十秒くらい、うんうん唸っていた大悟が、急に黙った。代わりに、それまで黙っていた少女が口を開く。

「どうですか? 発動、出来ましたか?」

「た、多分。……あの、すいませんけど何か重くて頑丈なものとかあります?」

「その条件を満たすものなら、貴方の後ろにありますよ」

 少女が大悟の背後にある白い機体を、視線で示す。

「認識機は破壊されないように特別頑丈に作られてあって、尚且つ重さは300キログラムあります」

「ありがとうございます!」

 そう言うと、大悟は認識機の前に立ち、その太い胴体を抱き締めるように腕を回した。到底機体の周囲を腕で囲み、右手と左手を繋ぎ合わせることは出来なかったが。それでも大悟は、

「ぬがああああああああああああ!!」

 と気合いを発しながら、その機体を持ち上げた。全身に汗が滲み、カッターシャツが透ける。己の持っている限りの万力を、目前の大木の幹の様な機体にぶつけているのだ。それから十秒間、額に血管を浮かび上がらせ、顔を赤くしながら持ち上げ続けた後、ドスンと機体を床に置いた。

 肩で息をしながら、大悟はどこか誇らしげな表情で少女を見る。そして、口を開いた。

「こ、こいつが……! ゼェ、俺の……心象、ハァ、『強力(ストロング)』ッス……!」

「成る程、身体能力の強化ですか。良くあるタイプの心象ですね」

 少女は大して驚くこともなく、そんな言葉を口にした。大悟は内心少しだけショックを受ける。そんな内心など知る由も無い少女は、まだ息の整わない彼に言った。

「心象は必要で無ければ、切っておいた方が良いですよ」

「ゼェ、え……? な、ヒュウ、何でッスか?」

「死ぬからです」

「早く切り方教えてください今すぐにぃぃぃ!!」

 少女の衝撃の一言に、我を忘れて心象の切り方を乞う。その姿は情けない。死後の世界も彼は彼であった。平常運転の大悟に、少女が言う。

「心象を使うのを止めた自分を想像すれば切れます。ですから落ち着いて下さい」

 大悟は死に物狂いで想像し、今度はコンマ2秒くらいで切るのに成功した。大きく息を吐いた後、大悟は少女に問う。

「い、心象って、使いまくると死ぬんスか……? 何故に……?」

「それを教えるには心象のシステムから説明しなければなりませんね」

「システム?」

「そもそも、心象というものは何の対価も無しに使えるものではありません。人間が走るときにスタミナを消費するように、死者も心象を使うときにあるものを消費するんです。その消費するものというのが『魂気(ソウル)』というものです」

「また謎のフレーズが……。そ、ソウルっスか?」

 大悟はちんぷんかんぷんといった様子で少女を見た。彼女は説明を続ける。

「魂気というのは人間の魂の力のことです。精神力と言った方が分かりやすいかもしれません」

「えっと、要するに気合いってことッスか?」

「そうとも言えます。そして、この魂気が無くなると、脳が自分は死んだと勘違いして、体に機能停止を命令します。それにより、心臓などの重要な器官が停止、すなわち死を迎える、ということです。」

「わ、分かるような分からないような……。とにかく、その魂気っつーのは無駄遣いしちゃいけないってことッスかね?」

「そういうことです。それから、魂気には良い魂気と悪い魂気というものがあります。良い魂気とは気持ちが高ぶっている時に消費される魂気のことで、悪い魂気とは気持ちが沈んでるときに消費される魂気のことです。良い魂気を消費して発動した心象は大きな効果を発揮しますが、悪い魂気を消費して発動した心象は僅かな効果しか発揮出来ません」

「じ、じゃあ心象の効果の高さはテンションの高さに比例するってことッスか?」

「その通り。理解が早くて助かります」

「ぐへへ、それほどでも……」

 ゲスい笑いを垂れながら照れる大悟。その様子は完全に不審者である。

 それでも、ジャイアンは歌っている最中は、自分のことを音痴だと思わないように、大悟も自分の笑っている姿が、傍から見て補導対象だとは思わない。故に彼は、それから数秒の間そんな笑いを浮かべ続けた。

 しかし、何かを思い出したかのように、突然その笑顔を消して、口を開いた。

「そういやあ、さっき俺の心象が普通のタイプって言われてたッスけど、こういう身体強化系の心象ってやっぱり多いんスか?」

 大悟の問いに、少女は答える。

「まあ確かに、身体強化などの心象は体を鍛えていますとか、そういった経験のある人ならば誰でも発動するきっかけは持っていますから、比較的多いです。ですが、色々あるのが人生というもの。その色々の数だけ、その人が発動する可能性のある心象は増えていきます」

「成る程……。ほいじゃあ、何をもってして普通のタイプと?」

「それは、やはり心象の使用の際に消費される魂気の量でしょうか」

 少女の答えに大悟は目を丸くする。

「え、心象によって魂気の消費量って変わるんスか!?」

「はい。例えば大悟さんの心象の消費量は、その心象の効果の単純さゆえにそこまで多くありません。逆に言えば先程言った水を操る心象などはその効果の自由度ゆえに複雑なため、消費量は多いです。心象の能力が強ければ強い程、魂気の消費量も多くなっていきます。まあ、一長一短ですね」

「……へえ」

 大悟は少女の説明を何となく理解したような気になって相槌を打つ。

「では心象の説明の締めとして、『命気(ライフ)』について触れておきましょうか」

「……何かもう横文字にも慣れてきたッス」

 大悟は諦めたかのように言った。少女は構わず説明を続ける。

「命気とは死者が心象を使用する際に発生する無色透明無味無臭の物質です。例えるなら呼吸の際に発生する二酸化炭素の様なものです。大悟さん、DPの原料が何かわかりますか?」

「え? いえ、全然全く」

 大悟はいきなり脈絡の無いことを聞いてきた少女に少し困惑しながらも答えた。

「実はDPは空気中に漂う命気をと『天番(ヘブン)』という機関で結晶化させたものなんです。ですからDPは通貨であると同時に、心象の不思議な力が少し残っている命気が集まったことで、不思議な力が宿ったミラクルアイテムでもあるのです」

「へ、へえ」

 大悟は少女の言ってることが全く分からないため、とりあえず相槌を打つ。ちなみに天番という単語は聞き逃した。何やってんだお前。

 どこか遠い目をしている大悟に気付くことなく、少女は言葉を続けた。

「これで心象に関する説明は終わりです。しかし、まだ市民権を得るために必要なことは残っています。着いてきてください」

 扉を開き、少女は大悟を誘導する。それに従う形で彼は部屋から出て、彼女も後に続いた。



明日は良いことがあれば良いな。いや本当に。

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