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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第二章・番犬
14/113

カレーライス=キレンジャーという風潮

 因みに僕はハヤシライス派です。

 目の前のこの小柄な老人が隊長であるという事実に、ダイゴは驚愕した。

 ニゾウが笑って言う。

「あはは〜。こんなジジイが隊長で驚いたか〜い?」

「あっいや、んなことは・・・」

 ダイゴは慌てて取り繕おうとするが、あんな盛大なリアクションをした手前、上手い言葉が見つからない。そもそもそんな真似が出来るほど、ダイゴは器用では無かった。

 そんなダイゴにアッシュが言う。

「言っとくがよ。ニゾウさんはこう見えても、あの犬の大将と獄犬で唯一タイマン張れる人なんだぜ」

「犬の大将?」

「ボブさんのことよ」 

 アッシュの言葉回しが理解できなかったダイゴに、マリオが説明する。

「ああ、成る程」

 やっとアッシュの言っていることの意味が分かったダイゴ。しかし、

(……なんか、ボブさんと同じくらい強えぇって言われても、あんまピンと来ねぇな……)

 ダイゴの脳裏に、YOYO言っているボブが浮かぶ。もはや最初に抱いたボブに対する畏怖の印象は、完全に消え去っていた。

(……でも、ニゾウさんがただ者じゃあ無ぇことは、なんとなく分かる)

 ニゾウが何の気配もなしに、自分の背後に立ったという事実。

(……まあ、俺が気配を察知するなんていう、漫画みてぇなことが出来無ぇっていうこともあるけどよ……)

 完全にそれが理由だろう。

「……何か腹減ったな」

 ダイゴが思案している時に、アッシュが口を開いた。その言葉を聞いて、ダイゴは鍛錬室の時計を探す。すると、時計よりも先に、待機室にあった電話と同じような装置が壁に固定されているのが、ダイゴの目に入った。

(成る程、鍛錬中にでも通報に対応できるようにか)

 そんなことを考えながら、視線を再び動かす。すると、案外近いところに、それはあった。

「あ、昼だ」

 長い針と短い針は、二本とも12を指していた。


「すんません、奢ってもらっちまって……」

「良いのよ! 私が奢りたかっただけだから!」

 マリオに連れられ、ダイゴは死者の家の中にあるレストランに来ていた。

 驚くことに、死者の家は獄番と100メートル程しか離れていなかった。

 ちなみに、今レストランにはマリオとダイゴしか来ていない。ニゾウは、「あ〜、儂さっき食べて来ちゃったんだよね〜」と言って昼食の誘いを断り、アッシュは、「テメェらみてぇなムサイ奴らと飯なんざ食えるか」と言ってさっさとどこかへ行ってしまった。マリオがパスタを食べながら愚痴る。

「アッシュったら、乙女に対してムサイは無いんじゃないのムサイは!?」

「まあまあマリオさん、落ち着きましょうよ」

 ダイゴはカレーライスを食べながらマリオを宥める。

「そうは言ってもねダイゴちゃん! 私は日々美しくなる為に努力しているの! 髭だって毎日剃ってるのよ!」

 美しくなるのが目的ならば、髭以外にも気を付けるべきところがあるだろう。髪型とか服装とか。ちなみにマリオの服装は下はジーパンで、上は「I LOVE ♂」と書かれたピンクのTシャツだった。ダイゴの乙シリーズよりもセンスが悪い。

「あ、あははー。そいつは凄いっスねー……」

 熱弁するマリオに苦笑いで返すダイゴ。その視線は、彼の青々とした髭の剃り痕に向けられている。

「おや、ダイゴさんじゃないですか。奇遇ですね」

 その時だった。ダイゴに誰かが話しかけてきたのだ。

「うぇあ!?し、親友さん!?」

 そこに居たのは、サンドイッチの載っているお盆を持った、親友・拾号であった。

「あら、ダイゴちゃんの知り合いの娘?」

 マリオの問いにダイゴが答える。

「そうッスよ! 親友さんはここの職員さんで、俺が死界に来た時にも、スゲー世話になったんス!」

「あら、そうなの」

 そう言うとマリオは親友の方を向く。

「初めてまして、シンユウちゃん! 私はマリオ! 獄犬隊員でダイゴちゃんの職場の先輩よ!」

「初めましてマリオさん。親友・拾号と申します」

「え? ジュウゴウ?」

 マリオの頭上に疑問符が浮かぶ。親友はそれを見ると、少し悲しそうな顔をして言った。

「……私はアンドロイドです」

 その顔を見て、ダイゴは慌てて言った。

「で、でも親友さんはホントに感情豊かで優しくて、普通の人と全く変わらない、スゲー良い人なんスよ!」

「ダイゴさん……」

 ダイゴが自分を必死で元気付けようとしているのを察し、親友は少しだけ悲しそうな顔を和らげる。

「そしてセクハラをされた時のあの豚を見る目、とても俺の心をくすぐダマスカスっ!!」

 ダイゴの顔に親友の鉄拳がめり込みぶっ飛ぶ。このハゲ、全く懲りていない。

「どうしてダイゴさんは綺麗に話を終わらせられないんですか。馬鹿なんですか」

「あうっ!! その目、素敵!」

「うわぁ……」

 ダイゴの流石の返しに豚を見る目が、汚物を見る目にグレードアップする親友。

「……うふふっ」

 そんなやり取りを見て、突然マリオが笑い声を上げた。

「? どうされました?」

 予期せぬマリオの反応に、親友が首を傾げる。すると、マリオが笑いながら口を開いた。

「いや、ダイゴちゃんの言う通りね! あなた、とても感情豊かよ! ……本当に、普通の女の子と変わらないわ」

「……ありがとうございます」

 マリオの言葉に、親友は少しだけ、しかし、それでいて確かに嬉しそうに笑った。それを見て、ダイゴが椅子にレストランの椅子に座り直して言う。

「見たっスかマリオさん!? 親友さんの笑顔ってスゲー可愛いんスよ!!」

「え!?」

 突然のダイゴの一言に、親友は唖然とする。マリオも笑って言う。

「あらホント! とても可愛いわ!」

「なっ、なっ!?」

 顔が真っ赤に染まる親友。お前本当にアンドロイドかと言いたくなるくらい表情豊かだ。その表情を見てダイゴは「グヘヘ」と笑って続けた。

「おお! 赤くなった顔もかわいバビロンっ!!!!」

 言い終わる前に顔に再び鉄拳がめり込みぶっ飛ぶダイゴ。床に転がるダイゴに、顔を真っ赤にしたまま親友が大きな声で言う。

「か、からかわないで下さい!! ぶん殴りますよ!!?」

「既にぶん殴った後なんだよなぁ……って何これデジャビュ」

 頬を押さえながらダイゴは笑った。安堵はそこには既に無い。既に彼にとって、親友の感情の爆発は普通になっていたのだ。

「し、親友ちゃん? 公共の場所だから、大人しくね?」

「あっ!? ……うう」

 プシュー、と頭から湯気を出す親友。お前本当に感情豊かだな。

「てか、親友さん飯今からッスよね? 良かったら俺たちと一緒に食わないっスか?」

 再び椅子に座り直してダイゴが言った。

「え? い、良いんですか?」

「良いっスよ! 飯は大勢で食った方が上手いっスし! そうっスよねマリオさん!」

「全くだわ! と言うことで、一緒に食べない?」

「……では、お言葉に甘えて」

 そう言うと親友は、今まで大暴れしたのにも関わらず、綺麗な状態でキープされているサンドイッチお盆を、ダイゴ達の座っている机の上に乗せた。

「……」

 ダイゴがそのサンドイッチを不思議そうな顔をして見つめる。その視線に気付き、親友はまた首を傾げる。

「どうかされました?」

「そのサンドイッチの具、何スか?」

「え? 具ですか?」

「いや、何か良く分かんねーもんが挟まってるんで気になって」

「あ、ああ。これはフランスパンです」

「フランスパアアン!? ぱ、パンにパン挟んでるんスか!? 何これ哲学……?」

「い、良いじゃないですか! パン美味しいじゃないですか!」

「い、いや、親友さんが良いなら別に良いんスけど・・・」

 ダイゴはそう言って引き下がる。そんなダイゴに対して、親友は静かに問う。

「……驚かないんですか?」

「んあ? 何にっスか?」

「……ロボットが、普通に飲食することに、です。ほら、ダイゴさん言ってたじゃないですか。『ロボットは飲み食いしないんじゃないか』って」

「あ……、いやまあ。そうなんスけど……」

 確かに彼は、親友に対してそんなニュアンスの言葉を投げかけていた。悪意はなかったが、それでもその言葉が親友を傷付けてしまっていた。そのことに対して、ダイゴは負い目を感じていた。

「……あの時は、すいませんでした。俺、浅はかだったッス」

「いえ。ダイゴさんは悪くありません。あの時、貴方は私がロボットだということを知りませんでした。……それに、あの時のダイゴさんの言葉は、大抵の場合は真理です。普通、ロボットは飲食も睡眠も必要としませんから」

「だったら……、何であの時親友さんは」

 ロボットは飲食も睡眠もすると、悲しそうな顔で言ったんスか。その言葉を、しかしダイゴは呑みこんだ。何故だか、その言葉は彼女を困らせてしまうような、そんな気がしたから。

 その代わりに、ダイゴは言った。

「ロボットって、人間と何が違うんスかね」

「……死なない。年を取らない。感情が無い。という点で、では無いでしょうか」「前者二つは、別に重要じゃないッスよ。てか、俺だってその二つには該当してるッスから。まあ、最期を迎えないという意味で。……それに、三番目の条件は、親友さんに当てはまってないじゃないですか」

 その言葉に、しかし親友は首を横に振る。

「いいえ。これは、感情ではありません。ただの、プログラムです。人工知能にインプットされた、ただの機能。……『感情があるとみなされる』という事象に、『喜び』という反応を見せる、というような」

「じゃあ、人間と同じじゃないッスか」

「……え?」

 再び、親友はダイゴの方を見る。そんな彼女に、彼は笑った。

「人間のそれだって、今まで培ってきた経験や、過ごしてきた日常による、プログラムみたいなもんスよ」

 ダイゴは思い出す。アッシュに対して、結局は心の奥底にある葛藤のせいで、心象をうまく発揮できなかったことを。あれは正に、そういった日常のプログラムによるものではないだろうか。そう考えながら、ダイゴは続ける。

「そのプログラムを元に、脳味噌から指令が出されて、その通りに行動する。笑ったり、怒ったり。丁度、さっきの親友さんみたいに」

「……! ……それでも、私がロボットであることに変わりはありません。私は、『拾号』です」

 ロボットであるから、人間のそれと比べて、感情表現に電子反応が付きまとう。それに、親友は負い目を感じていた。その負い目という感情にすら、彼女は負い目を感じていた。

「それで、良いじゃないッスか」

 それでも、ダイゴはそう言った。その言葉に対して、親友が否定的な言葉を紡ぐ前に、彼は続けた。

「機械の体も、コンピューターの脳味噌も、ただの欠片ッス。……確かに、……それが無けりゃあ親友さんは存在できなくなるかもしれません。でも、その欠片があったとして、親友さんが優しい女の子だってことに、……何の支障があるっていうんスか。下心ありきの善行が、真心によるそれと同じように、人を救うことが出来るみてえに。……鉄から出来た親友さんは、肉から出来た女の子と同じように、……思いっきし怒って、思いっきし人をぶん殴って、……思いっきし笑って。……それで、良いじゃないッスか」

 ダイゴはたどたどしく、しかし一語一句を真剣に、言葉を紡いだ。そして、目を丸くしている親友を、彼は見据えて口を開いた。

「ロボットだろうと何だろうと、親友さんは『親友さん』ッスよ」

 その言葉には、彼の言いたいことが全て込められていた。しかし、彼の言いたいことが全て現れている訳では無かった。

 そんな不完全な言葉に、親友は。

「……ぐすっ!……ひっく………!」

 急に泣き出した。

「ど、どうしたんスか!? 腹でも痛いんスか!?」

 あたふたと慌てるダイゴ。そんな彼を、先程から黙りこくっているマリオが見守る。親友が嗚咽交じりに言葉を紡いだ。

「いえっ……! 違いっ、ます……! ただ、そうっ、言ってくれる、人がっ、今まで、居なくてっ……! お前はっロボットだっ……! お前はっ……じゅう、ごうなん……っだって……、いつもっ、いつも、言われてっ……、誰もっ……、『私』をっ、見てくれなく、て……っ、だから、……つらくっ無いように……、感じょ、っうを、殺しっ……て、……じぶんに……、私はっ……、ロボットだか、ら……、これで……良いんだっ……て、これがっ……当たりっ……前な、……んだっ……て……」

 涙交じりに心情を吐露する親友。その眼から溢れる液体は、確かに温かかった。

「だからっ……、ダイっ……ゴさ……んっが、……『私』を、今日、……初めっ……て、見つけてっ……くれたっ……のが、すごっ、く……嬉しくっ……てっ……。『私』の……『全て』を肯定……してくれたのが……嬉しっ……くって…………!」

「……そんなこと無いっス!! ぐっ、親友さんを、見てくれて、っぶぐふっ! いる人は、沢山居るっスよ!!」

 ダイゴが叫んだ。その目からは涙が溢れている。その鼻から鼻水が垂れている。その泣き顔は汚い。だが、熱かった。

「朝も言ったッスけど! 親友のズビッ、名前には、絶対にゲホッ、愛が込められてるッス! だから、だから! 誰にも見られてなかったなんて! 悲しいこと、言わないで欲しいッス!!」

「……そうっ……ですかね……」

 親友は泣きながら、涙で顔をグシャグシャにしているダイゴを見る。

「……フフッ」

 その顔があまりにも不細工だったので、少し笑ってしまった。ダイゴはそれを見て、不思議そうな顔をする。その顔は不細工なままだ。それを見て親友はまた笑ってしまった。

 そんな二人を見て、マリオは口元を綻ばせる。しかし、そのまま空気に流されるようなことは、彼はしなかった。温かいが、冷静なのだ。

「……ダイゴちゃん。そろそろ帰らないと、時間がヤバイわよ」

「うぇっ!? マジスか!? ヤベエ! 泣いてる場合じゃねえ!!」

 そう言ってダイゴは大急ぎでカレーを頬張る。その様子を見て、親友は言う。

「……そんなにがっつくと、むせちゃいま「げふぅぼあっ!!!?」ほら言わんこっちゃない」

 盛大にむせたダイゴに呆れながらも、親友は手元にあった水を渡す。

「ほら、飲んでください。本当は、喉にパンが詰まった時のために取っておきたかったんですが」

「げほっ! す、すんません親友さん!」

 礼を言って、水を煽るダイゴ。その顔は赤い。苦しさからなのか、それとも恥ずかしさからなのか。やはり格好が付かないその様子を見ながら、親友は微笑んだ。







 でも昔はカレーの方が好きでした。

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