下っ端の過去 ①
短編の第二話です。
最初は残酷描写過多です。
苦手な人はささ~と流して、②から行った方が良いかと思われます。
「さぁ。お菓子が焼けたから、お茶にしましょう。クウィに手を洗わせてきてくれる? お兄ちゃん」
そう言ったのは、青年期を終え。
壮年期に入って間もない。
ボクの大事で、大切な、あの子。
「え~?! あたし、おててよごれてないよ!!」
ほら、といって小さな小さな両手を、あの子に差し出す、あの子の一人娘・クウィ。
「こら、クウィ。母さんの言うことを聞きなさい」
窘める声をかけたのは、クウィの父親で、ボクの親友・ディルク。
でも、ボクの可愛いあの子に手を出したことは、許しがたい!
けど。
あの子は幸せそうだったから、許したあげる……。
「だって、父さーん!」
まだ駄々をこねてる小さなクウィ。
ディルクは困り顔だ。
「クウィ。良い子だから……。おい、サンダニオ。何をぼさっと立っているんだ? クウィと一緒にお前も手を洗って来いよ」
ディルクは駄々っ子をボクに丸投げした。
まったく。
しょうがないな。
「おいで、クウィ。ボクと手を洗いに行こ?」
ボクはそう言って、クウィの手を握った。
でも、クウィは歩こうとしなくて、頬を膨らませている。
これを見たディルクとあの子は、楽しげに声を上げて笑った。
「ほら、早く行かないと。二人ともおやつ抜きにするぞ? なぁ。ターシャ」
「ふふ、そうね。早くしないとお兄ちゃんのも、クウィのも。ぜーんぶ私たちが食べちゃうから!」
二人はとても幸せそうに微笑んでいる。
そんな二人の発言を聞いたクウィはというと、慌てて家を飛び出し、手洗い場に走っていった。
クウィの後を追って、ボクも家を出る。
この時。
ボクの心は、とても暖かい何かでいっぱいだった。
この時が『止まってしまえばいい』。
いや。
『止まってくれ』と、切に願う。
でも。
そんなことは無理だと分かっているんだ。
だって、ボクの足は。
ボクの意思と関係なく。
勝手にこの家を出て、手洗い場に向かっているから……。
嫌だ。
行きたくない……!
あの子の傍に、あの子たちの傍に居たいんだ!!
いくら、何を叫んでも、ボクの唇は動かない。
着実に手洗い場に向かっている。
手洗い場は、村の皆の物。
村の皆はそこで野菜を洗ったり、洗濯したり、手を洗ったり、飲み水を汲んだりしてる。
生活に必要な場所なんだ。
だからこそ、人が集まる。
こんな事を思い出していると、ボクの足は、曲がり角を曲がって、手洗い場に到着した。
いつも賑やかな場所。
そこには下卑た笑い声が響いていた。
――ゴツ。
飛んできた、何か。
それはボクの少し手前で、地面に落下して、音を立てた。
嫌だ……。
見たくない。
もう、見たくないんだ……!!
ボクの意思と関係なく、ボクの視線は落ちて、それ・・を見た。
飛んできたモノは。
さっき、ボクの脇をすり抜け、家を飛び出していったはずの、元気な、可愛い。
幼いクウィの…………恐怖に歪んだ顔をした、首。
激しいめまいがして、ボクの体はゆっくり屈んで、その小さな首に、震える手を伸ばす。
「く、うぃ……? ど、し……て…………?」
手がやっとクウィに触れそうになったとき、幼く、恐怖に歪んだ顔のクウィは。
粉々に。
…………踏みつぶされた。
「っ……?!」
「よぉ。サンダニオ。どうした? 地面に這いつくばって」
嘲笑を含んだ、不愉快な声がして。
その声の主の後ろからは、複数の、下卑た笑い声。
「嗚呼、そうだった。ほら、これもくれてやる」
ゴトリ、ゴトリと落とされたモノは。
さっき別れた。
幸せそうに笑っていた、ボクの唯一無二の親友と。
大切で、大事な。
……ボクがあの日。
自分の命と引き換えに、生かした。
大切な…………妹。
父も母も死んだボクの、ただ一人の家族だったんだ。
それに、ボクは。
死んだはずなのに、気が付いたら人間の時の顔のまま。
魔族になってしまっていた……。
妹は、ターシャは。
ボクを見て、不気味がらなかった……。
愛しい、大切な、大切な妹。
ボクはこの子を。
ううん。
この子も含めて、この子が大切だと思っているものを。
『絶対にボクが守る』って、誓ったのに……。
守れな、かっ、た……。
……何一つ…………。
ボクの耳に入るモノは、アイツらの下卑た笑い声。
そして、ボクの親友も、妹も。
クウィと同様。
ボクの目の前で………………踏みつぶされた。
「ター……シャ? ディ、オ、ル……? あ、あ、ぁぁああああぁぁぁああああああ!!」
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