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一厘の花

作者: kazuha
掲載日:2007/10/14

 その花は私の祖父のです。

 私の祖父は散歩に出かけると言い、家の先にあったのでしょう。小さな一輪の花を丁寧に手の上に乗せて、町内一周もせずに帰ってきたことがありました。普段外に出かけない祖父が散歩に行くと言うのも驚きましたが、花を持って帰ってきたのも驚きました。何という花でしょう。その花は雑草に混じって咲いていたとは思えないほど見事に咲かせていたのでした。そしてその花は身の丈より大きな植木鉢に移し変えました。その植木鉢は、今はありません。私が上京している間、捨てたそうです。

 私は当時、大学生でした。昔から祖父っ子で、何かと言えばおじいちゃんと頼りにしていました。その頃から祖母がいなかったのです。早くに死に、だから祖父っ子だったのでしょう。祖父といるのが楽しいのではなく、ただ安心できたからという理由で祖父から離れない一日もありました。祖父の匂いは好きです。幼い頃、祖父の横でよく寝たものです。

 しかし祖父は厳格な人でした。私の父はその遺伝を受け継がなく、実際問題、祖父が父のようでした。生前、祖父は動植物愛護のボランティアをしており、命の大切さを教えてくれました。善し悪しの分別を教えてくれ、ここまでの成長を欠かさず見届けてくれたのも祖父でした。この人生で一番長くいたのは、友達でも、家族でもなく、祖父だったでしょう。

 その祖父はその花を持ち帰って一週間後に死にました。二十年間、毎日欠かさず一緒にいた祖父は死にました。急な心臓病で、病院に運び込まれる前に息を引き取りました。今では、ああ、と気が遠くなるほど懐かしい思い出ですが、そこに封入された思い出は数知れません。回帰されるものは、今にも克明に思い出されます。

 私はアルバムを開きます。アルバムは多くあるのですが、その中で一冊、ひときわ分厚いのがあります。それは私と祖父との思い出の写真です。笑った私と、時々微笑む祖父の写真があります。なぜそんなにむっつりとした写真が多いのかと祖父に問いただそうとしても、今には儚い夢です。その多くある中でたった一枚、祖父と写っていない写真があります。それは私と、祖父が持ち帰った花が写った写真です。

 祖父が死んでから四十年が経ちます。それでもお盆になれば毎年、いや実家に戻れば祖父の墓参りは欠かせません。祖父の墓は日光をよく浴びます。いつも隠居のような生活をしていた祖父でしたので、死後ぐらいは孫のわがままも聞いてくれるでしょう。私が両親にこの日当たりのいい土地を買おうと言いました。少し無理があったようですが、事情を話したら、しょうがない、と承諾してくれました。墓石を磨き、問いかけ、線香をあげ、今が幸せだということを伝えます。そしてちらりと墓石の隣を見やります。そこだけは土があります。

 そこで思い出すことはいつも四十年前の祖父が死んで、葬式が執り行われてからの四日後のことでした。遺産問題の家族会議でした。私の父は二人兄弟です。下に妹がいます。家と土地を売り払って遺産も二分割にすることにあっさり決まりましたが、実はその後にはまだ、別の紙ですが、遺産の文章が記されていました。その文章の宛ては父でも母でも叔母でも叔父でもなく、なんと私だったのです。四角の卓は騒ぎました。

 私にはそんな覚えがさらさらありませんでした。名前の間違いだと言うと、仲介役の弁護士はあなた宛ですと私を指すのです。私は動転してしまいました。

 しかしそれも束の間でした。弁護士は私に遺書を渡しました。私はそれを黙読してみますと、そこには不思議なことが書かれていたのです。

 植木にある一厘の花を世界の中心に植えてほしいとありました。

 驚きました。たったこの一文が、私宛に書かれていたのです。ほっとしたような、残念なような、そして祖父らしさが感じられました。

 ですが私にはそのような文章の意味を理解するのに苦悩し、さらに理解することさえもできませんでした。弁護士も戸惑っていたようです。まして葬儀の仕方ならまだしも、こんな遺言は聞いたことがないと言います。

 私も信じられません。道に咲いていた花を、世界の中心に植える…私の頭の中は、世界地図で埋まっていました。どこが世界の中心だろうか…私はすでに祖父の遺言を承諾していたようです。

 そういえば祖父は死ぬ前に、この花を大層大事に、最後まで世話し続けていました。その花に見惚れながら、取り付くように、一心に見ていました。祖父の趣味は特別に何もありませんでした。唯一、石の形にこだわりがある人でした。私はその時、新しい趣味が持てた祖父が嬉しく思いました。しかしその時から、どことなく祖父の背中が、私には寂しく見えていたのです。

 そして葬儀を終えて三日間、まだ暑さは残っていました。夏休みでありましたので、私は机に地図帳を広げ、パソコンの電源をつけ、インターネットを開いていました。世界の中心はどこだということで探しているのですが、到底見つかるはずもありません。

 それに時間もありません。まだ家の買取先が見つからないうちに探さねばなりませんでした。ですが大体一ヶ月と父は言っていたので、大まかな見当はつくことができるでしょう。

 地図では分からず、地所でも分からず、インターネットで『世界の中心』と検索することにしました。ですが前にブレイクした『世界の中心で、愛を叫ぶ』がズラッと出ました。予想はしていたことなのですが、しょうがないことなのでしょう。前に一度、テレビで観たことがあります。最後まで観ましたが、結局、世界の中心はエアーズロックだったのでしょうか。しかし別のサイトに、エアーズロックは大地の出べそ、地球のへそと約されることもあるそうです。

 そしてその映画に思い立った私は、一度、主人公と同じように、オーストラリアへ行ってみることにしました。私は間近に迫るツアーに早速、申し込むことにしました。そういえば一人旅行というものは私にとって初めての経験でした。世界の中心探しという名目の裏に、興奮も交じっていました。 外国の土地に足を踏み入れるのも初めてのことでしたので、周りが未知の世界に思えて、不安も入り交じりました。

 ツアーは四日間です。花は植木鉢に入れたまま搬送されました。少々ゲートで怪しまれましたが、無事、通過することはできました。

 一日目、二日目は首都キャンベル、シドニーを巡りました。そして三日目はバスでエアーズロックに行くことになりました。しかし目の前を通り過ぎただけで、エアーズロックの間近まで迫ることができませんでした。ウィリーの影響で近づくことができなくなり、予定の変更をせざるを得なかったのです。予定は変わって、バスの中で遠くにある、手の届きそうなエアーズロックがありました。

 ホテルに戻り、私は植木鉢のほうに目をやりました。その時、あの枯れた土地に植えても育たないような気がしました。ただの自己満足でならいいと思いますが、それにエアーズロックを掘り返してこれを植えるのは果たしていいのでしょうか。

 後に家に帰り、インターネットで調べて見ました。すると、エアーズロックは世界遺産であったのです。まだ知識の浅かった私は、過ちを犯さないで、ホッと腕をなでおろす思いでした。

 旅行はただ楽しかっただけに思えて、ですが無情な切なさが訪れました。

 私は帰国し、植木鉢を持って家に帰りました。母は私が植木鉢を持っていることに驚いていました。ただ楽しかったと伝え、花の世話を続けました。

 机の上は広がった地図帳があり、インターネットからメモしたノートがありました。それらはまったく意味をなさず、口を開けて待っている子供のようです。そういえばそろそろ就職活動のことも考えねばなりませんでした。いくら文型だといってももう三年生ですから、論文のテーマなどを早く練り始めねばなりません。大きくため息をつきました。

 机の脇にぽつんと置いてある植木鉢があります。私はそれに目をやりました。すると、水をやり、日光も浴びさせた花が、元気がないように見えました。花弁の重みにでも耐えられないように、お辞儀をしていました。

 もう時期なのでしょう。花の命は短いのは知っていました。ですがその名も無き花はいつからその状態にあったのか知りませんでした。

 私はすぐに水をやり、外に出してあげました。しかし翌日、翌々日と経ちましたが、さらに落ち込んだように、さらに深いお辞儀をしていました。それは不可抗力のように思い、いつもの世話をしながらも、なぜか寂しく思えました。

 父は仕事をするために先に帰っていました。親戚も各家に帰り、この祖父の家にいるのは私と母だけでした。

 明日には出て行かねばならない日になりました。住み慣れた家は売り払われるのです。父と母は残りの人生をまだ考えていないようですが、多分、売ったことを後悔するでしょう。

 私は最後に祖父の墓に訪れました。そこにあの、今では枯れてしまった花を持って行きました。今日は最後の残暑を出し切ったような日だったので、水をかけてやり、線香を立てました。新しい花を供え、手を合わせました。いつまでも安らかに、そして見守ってください。

 膝に手を置き、植木鉢を持って立ち上がろうとすると、驚きました。花は先ほど見たより、いや、祖父が世話していた頃と同様に立っていたのです。枯れていた花だったはずでした。祖父の願いは叶えられないままでした。

 すると、私の脳は揺れ動くように理解し始めたのです。世界の中心など、無い。どこも世界の中心である。それが答えだったのではなかったのでしょうか。

 私は墓石の隣の茶色い所を掘り始めました。そして植木鉢からその花を丁寧に植えて、水をかけてやりました。すると元気よく花を咲かせました。その花は祖父の魂が乗り移ったように生き生きと、そしてさらに天めがけてすっと立っているのです。


 その花は四十年前に植えられた花です。その花は、祖父の墓の隣に、またきれいな花を咲かせています。一度もしおれることなく、枯れることなく、不動に立ち続けています。

 私はそれを見るたびに、まだ見たことのない祖父の明朗に笑った顔を見たような気がしてなりません。


これからの参考にしたいと思いますので、良かったら感想をお願いします。よりよい作品作りにご協力ください。

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[一言] 世界の中心とはなにか? の答えを「私」が発見するお話でしょうか。 セカチューに絡めてそうした問いを発せた着眼はよいと思います。 ただ、いくつか残念に感じたことを言わせてください。 一文ごとの…
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