悪女の前奏曲 con malinconia -憂鬱に-
「ふふ…枢機卿ったら、お遊びが過ぎますわ」
光の差し込む回廊の中、一人の女が跪いていた。
その静かな声が、長大な歩廊の中に霧散する。
立つ男の手に口付けているその顔を上げれば、艶やかな笑みが浮かんでいた。
そんな女に、男の身体に微かな震えが走った。えも言われぬ妖艶な笑みには、主である筈の自分ですら恐怖を覚える。
「お前には負ける。白の国一の悪女には、な」
声に震えが表れないよう、男もゆったりと口を開いた。
先程の女の声とは対象的に、男の声は回廊の奥まで響き渡る。
その男の長いローブに刻まれている紋章は、アウレア教の第一枢機卿であることの証であった。
(白の国一の悪女……ね)
内心で漏らした苦笑を悟られぬよう、女は唇に描いた弧を深める。
そしてそれは女の望み通り、目の前の男に気取られずに、女に押し殺された。
「しかし…あれは見事だったぞ。アルス……ラ・カルディアの奴を信じ込ませたあの演技は!くくく…くははははっ!」
いかにも悪役らしい高笑いを響かせながら、枢機卿は女を見下ろした。あのラ・カルディアを虜にした女が、今自分に跪いている。
その事実に、男は酔いしれた。
(俺が……俺こそがこの国の支配者だ!!!)
そして自分を見下ろす視線に気づいた女は、垂らした頭を更に下げた。
(反吐が出るわ…)
愉悦に歪んだ男の顔を視界に入れたくもない。そして、不快感に歪んだ自分の表情をこの男に見せる訳にもいかなかった。
「顔を上げよ」
(この女は、俺のものだ)
顔を上げろと命じれば、言うままに顔を上げる女に気を良くした男は、女の小さな顎に手を這わせた。
大輪の薔薇のようなこの女。傾国の美貌を持つこの女の全ては、俺の思いのまま。
歪んだ嗤いを浮かべた男に、女は静かに瞳を閉じる。そして、強く強く、歯を食いしばった。