第9話:双子の再会
その背中を少し眺めてから、俺は近くのベンチに腰をおろす。
桂のさっきの表情。あれは……
「怒った……?」
かな?
思わず苦笑した。
小さな溜め息を一つ吐く。
美人が怒ると怖いと言うけど……その通りだ。
特に桂と姫咲、この双子の怒りっぷりは怖い。
姫咲は炎の如き怒りっぷりで、桂は氷の如き怒りっぷりと対照的ではあるが、どちらも怖い事に変わりはない。
あの、さっきの眉間の皺の寄りっぷりは……怒らせたかどうか判断が付かない程度だったが、それに近い感情が彼女の中に生まれていたのは確かだろう。
「……怖いな……」
ボソッと呟く。
その時、目の前に一つの陰が落ち
た。
見上げると……
「怖いと思うなら何であんな事言うの?」
「桂……!」
桂が立っていた。
彼女の顔は無表情で……いや、少し眉間に皺が寄っているか……?
ちょっと、怖い。
「“疲れた”なんて……」
目が鋭く俺を見下ろす。
「……」
何も言えず、ただ桂を見上げていると、彼女は小さく息を吐いて隣に座った。
瞬間、フワッと何か甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。
香水でもつけてきたのだろうか?
香りの甘さにドキドキする。
不謹慎な俺。
「希がいないと、私は一人あぶれちゃうじゃない」
「あ……」
桂の言葉に「そうか」と理解した。
「しまった」と思っているとそれが顔に出たのか、桂が小さく笑った。
「まぁ、一人でも良かったんだけど……希が何か、辛いのかと思って」
「え?」
「違った?」
「辛い」と思ったわけじゃない。
別に、何ともない。
ただテンションが低いに過ぎないと、自分では思う。
ただ、それだけだ。
けど……桂に心配を掛けてしまったらしい。
そんな自分も情けないし、腹立つんだけど、でもそれ以上に……なぁ、桂。
それはやめたがいいよ。
「違うよ。……桂」
「なに?」
桂が微笑む。
痛い……
「人の事ばっか推し量ってちゃ、楽しい事が分かんなくなるよ?」
「え……?」
桂の顔が固まった。
「今日のは俺の責任。ゴメン。でも桂、君はいつもそうだ」
いつもそうだ。
人の事ばかり。
自分は?自分の事はどうするの?どうしたの?どこにいつも隠してるの?
ううん、違う。
どこに……仕舞い込んでしまった?
「……」
桂は黙り、俺から目を、顔を逸らした。
「桂は優しいね。人の気持ちを分かろうと努力するし、人の痛みも感じられる、そんな人が桂だ。……優しい、優しいよ。でも……」
「俺は……」続けようとした時、テンションの高い声に遮られた。
「桂っ!」
「!姫咲っ!?」
その声の主に一瞬驚き、でもすぐ嬉しそうな表情に変わる桂。
そう、テンションの高い声とは姫咲の桂を呼ぶ声の事。
この双子はゴールデンウィーク以降会っていないから、約3ヶ月ぶりの再会。
テンションも……そりゃあ、上がるだろう。
「いやぁ〜ん!久しぶり〜〜♪」
ぎゅうっと桂に抱き付く。
姫咲も桂もこれ以上ないくらいの笑顔だ。
その桂の笑顔が、ホッとしたように緩んだのを俺は見逃さなかった。
追いつめた……だろうか。
まだ、深くつっこむのは早いだろうか?
もう、子供と言うには育ち過ぎた精神年齢。
一部、ひた隠しにしている所を除き、桂の大人度は高いだろう。
でも、その一部の成長がなされないままでは……
彼女は、ガラスのように脆い。
「相変わらず桂美人〜。カワイー♪」
美人って……カワイーって……お前、同じ顔だから。
「姫咲も変わらず、元気でカワイーわね」
照れたように笑って、桂も姫咲をぎゅっとする。
あーもー、バカップルめ。
「はい、そこまで。公衆の面前であんまりイチャつかないように。ハタから見たらナルシストだぞ〜」
「兄ちゃん」
「やぁちゃん!」
「……」
姫咲は俺と桂が座るベンチから少し離れた所から駆けてきていたらしい。
双子の再会が一通り終わって、姫咲の夫、つまり俺の兄である社が登場した。
慎重179cm、細身で黒髪のイケメン……ちょっとタレ目……な男、社。
学生時代からモテモテのこの男は、今でも歩けば女の子が寄ってくる。
今年で25歳、姫咲との恋人暦3年目(あ、結婚したら恋人じゃいのか……?)、姫咲に惚れてからは……5年目。
本人はロリコンじゃないと言ってるけど、当時は姫咲12歳で、社20歳。
誰だってロリコンと思うんじゃないだろうか。
社の登場に、姫咲は一層笑顔になり、反対に桂は眉間に皺を寄せて渋面になった。
姫咲の登場から予測はしていたのだろうが、実際目の前に現れると嫌らしい。
それが顔にしっかり表れているのだから、社に対しては素直と言う事ができるかもしれない。
……まぁ、“素直”と言うより、“ワザと”そうしているのに過ぎないのだろうが。
「ナルシストだなんて、ヒドイ」
姫咲がぷぅっと頬を膨らます。
「顔、一緒じゃないもん」となんとも子供ぽい言い方で文句を言いつつ、桂から離れて社の右腕に自分の腕を絡める。
……バカ。
桂の表情は変わらない。
しかし、小さく眉を顰めたのを俺は見逃さなかった。
彼女は小さく、だが大いに傷付いた。
何で、最近デーとしたばかりのTOYOSHIMAに2人はまた来たのか。
タイミングの悪さに心の中で舌打ちする。
今朝の桂はご機嫌だったというのに、今はただ暗く沈む。
タイミングが悪い……
「桂、久しぶりだなぁ〜」
桂が社の登場で不機嫌になっている事を知ってか知らずか……いや、絶対に気付いているだろうに、嫌がらせをしたいのか、社が桂の頭を撫でようとご機嫌で腕を伸ばす。
しかし桂は、社の腕が届かない所まで上体を反らし、一睨みした。
腕を払う為だけでも、社の身体に触れたくはないらしい。
「そうね」
一言、冷たく言って、社から目を逸らす。
……目も合わせたくないらしい。
桂の眉間の皺が深い。
「たまには、帰っておいで?」
優しく、社は言う。
「実家にね。あんたがいない時ね」
社に対する桂の口調は、本当に桂が言ってるのかと疑わしく思うほど、冷たく刺々しい。
表情はそれ以上に強張り、硬く静かな怒りのオーラを漂わす。
そんな桂が、見ていて辛い。
社は桂のその頑なに自分を拒む様に苦笑し、これ以上話すのは無理と悟ったのか、今度は俺に話を振った。
「で、今日は2人でデートか?」
「違うよ。他に4人、俺と桂の友達がいる。6人で遊びに来たんだ」
社の質問で、姫咲が俺の事を睨んだから、少しビビリながら答える。
デートじゃない。遊びに来た、それだけだ。ま、男2人の気分はデートだろうけど。
もちろん、その2人とは松永と清田の事。俺は……そんな軽やかな気分にはなれない。
「そういう2人はまたここでデート?バリエーションないね」
桂が不機嫌になった事が辛くて、嫌で、知らずきつい口調になる。
それに社はただ笑ったけれど、姫咲はそうはいかなかった。
「ちょっと希。その言い方は何?お姉さんそんな子に育てた覚えはないわよっ!」
社がいるから少し控え目に、だけどもの凄く怒っている事が分かる形相と口調で俺の頬をギュッとつねる。
「ひひゃいひひゃいっ!」
涙目で「痛い」と訴えると、一瞬強くギュウッとつねってパッと放した。
「ひぃっ……たぁ〜いぃ……」
思わず涙声。
なんて乱暴な奴なんだっ!姫咲!
そう思って姫咲を睨みそうになり、慌てて顔を伏せる。
勢いに任せて彼女を睨んだりしたら……
更に恐ろしい目に遭うだけだ。
それはさすがに避けたい。
だから慌てた。
そんな俺の心理が伝わったのか、姫咲はニヤリと笑った。
「よぉく分かってるじゃない」とその雄弁な瞳が言っている。
恐ろしい女だ……。
ていうか、俺お前に育てられた覚えないんだけど……
そうは思っても心の中に仕舞い込む。
言っちゃったりしたら……あーもー、……恐ろしい。
「バリエーションがないんじゃないの。もうこの辺のデートスポットは行き尽くしちゃったのよ。だから、気分でここなの。分かった?」
にぃっこりと笑って俺を見下ろす。
女王様め。
なんて、意味不明な文句しか浮かばない俺って、バカかもしんない……。
「そーですか。それはスミマセン」
「分かればよろしい」
俺が素直に謝ると、姫咲がご機嫌で俺の頭をなでなでした。
桂がその光景を「仲良しね」ってお姉さんみたいな……実際お姉さんだけど、そんな顔で微笑ましげに見ている。
1歳しか違わないのに、何で俺はこうも子供扱いされるんだろう?
情けない。
「で、何で今日桂と遊ぶ事、教えなかったのかな?」
顔はにこやかに。
でも声は冷ややかに目は鋭く俺を突き刺す。
やっぱ……それがお怒りの原因ですか……?
冷や汗を掻くのを感じながら、俺は笑顔を作る。
怯んだら……つけこまれるぜ、気を付けろ!
「今さっき、決まったから☆」
嘘八百。
実は数日前から決まってた♪
なんて本当の事言ったら石にされかねない。
「へぇ〜。すごぉ〜い。よく予定合ったねぇ〜。偶然なんだぁ〜。ふぅ〜ん」
姫咲の笑顔が怖い……
嘘ってバレバレ。
そりゃそうだ。
「数日前からウキウキしてたみたいだけど、今日の事、予感してたのかなぁ?すごいね、希は」
ええ、ウキウキしてましたとも。そらバレるさ。
ハハン!
「でもずるいと思わない?私、前に桂と会いたいって言ってたのに、自分ばぁっかりで」
姫咲の目がギラリと光る。
「そ、それはっ……」
お前がいるとうるさいんだもん!
なんて本音は胸の底胸の底。
たじたじ状態ながらもなんとか誤魔化そうと頭をフル回転させるが、言い訳は思い浮かばず。
どうしようかと焦りに焦った時、松永達がお化け屋敷から出てきた。
「あ」
と小さく呟いて桂がそちらを見やる。
つられて姫咲と社もそちらを見、松永と清田に面識のある姫咲が「わっ」と小さく叫んだ。
松永と清田が俺の友達で、もちろん同じ学校だという事を知っている姫咲は慌てた。
「やぁちゃん、バレちゃう!」
「えっ?」
姫咲が慌てて社にそう言うと、社は一瞬わけが分からないという顔をしたが、すぐに理解した。
「ああ。じゃあ、また今日帰ったらな、希。桂も身体に気を付けろよ!」
「またね!桂!」
口早にそう言って、2人はさっさと遠くへ行ってしまった。
姫咲が慌てた理由は、学校に社との関係が知れ渡る事を恐れた為。
この2人が制式に結婚するのはあと2年先の事。
姫咲が高校生の間は、社と夫婦である事も、一緒に暮らしている事も隠し通すと決めているらしい。
それが2人にとってのケジメなのだとか。
もしここで、姫咲と社が一緒にいる事を松永と清田に突っ込まれた場合、幼馴染みという理由では済むはずがない。
なぜなら姫咲と社は2人きりでテーマパークに来ており、しかも社は25歳。
“幼馴染み”という関係だけで、こんな所に2人っきりで来る人なんて……大人なんて、そういやしないだろう。
どう考えても怪しまれるのがオチだ。
だから、2人は慌てて立ち去ったのだ。




