第8話:遊園地
TOYOSHIMAランドは夏休みという事もあってか親子連れが多く、今日だけを見る限りではそれなりに繁盛しているようだ。
全国に知れ渡っている有名なテーマパークに比べると、アトラクションの迫力は微々たるものだが、子供から大人まで遊べるという点はウリになるのだろう。
「うわぁ〜。やっぱ人多いなぁ〜」
感嘆の声を洩らしたのは松永。
ここに来る間、一番ウキウキした様子だったがさすがにこの人の多さには辟易したようだ。
高校生とは言えやはり子供。こういう所に来る時はどうしても胸が躍る。
しかし、子供と言えども高校生。大人に近い分、子供より少しばかり冷めた部分もあるものだ。
こう人が多いと「ウザい」という気持ちが浮上してしまうというものだろう。
それは子供っぽい松永も同じらしい。
「そうか。今日って夏休みの上に日曜なんだよ。人も多いはずだ」
今その事を思い出したらしい清田が「しまったなぁ」と顔を歪める。
もしかすると彼は空いている状況を想像していたのかもしれない。
たぶん、人が少ない方が貸し切りみたいで、しかもタダで乗り放題だから気分がいいと思っていたのだろう。
俺も、似たような事を考えてた。
「とりあえず、何かに乗ろうぜ?そろそろ飯の時間だろうし、その間少しは空くだろ」
現在午後11時半。
俺はそう分析して提案した。
もしかしたら、同じ事を考えている一行もいるかもしれないが、少なくとも朝から来ている人々は昼食をとるだろう。
それだけでも動きやすくなるんじゃないだろうか。
「そうだなぁ。じゃあ……」
清田がチラッと女の子達を見る。
そしてチラッと……人がたくさん並んでいる一番人気のアトラクションに目をやった。
足場がないジェットコースター。
清田はどうやら絶叫系が好きらしい。
乗りたくてウズウズしているのか、よく見ると頬が紅潮している。
暑さのせいという事はないだろう。
いや、好きなのはいいけどさ、俺も好きだし乗りたいけどさ、すぐに乗れそうなのから行こうよ。
まぁ、絶叫系が苦手かもしれない女の子達に気を遣う所は買うけどさ。
女の子達はそんな清田の気持ちが分かったのか、互いに顔を見合わせて、3人のうち神野さんが代表して言った。
「私達みんな絶叫系苦手じゃないから、とりあえずすぐに乗れるのから乗りましょう?乗り放題なら、できるだけたくさんのアトラクションを体験したいなと私達は思うのだけど……」
清田の気遣いに対し、的外れではないしっかりとした自分達の意見。
さすが、織女!
神野さんに言われ、清田は名残惜しそうにジェットコースターに目をやり、誰が見ても分かるほどガックリとした表情で頷いた。
清田もやっぱり“男の子”か。彼女たちの方がとても大人だ。
「じゃ、とりあえずあそこ入んねぇ?」
今まで静かにしていた松永が、急に喜々とした声でそう提案した。
彼の指先を辿ると……そこにはお化け屋敷。
お化け屋敷が好きなのか、はたまたお化け屋敷で「キャ〜」と叫んで女の子がしがみついてくるのを期待しているのか。
ま、女の子と遊園地って言ったら定番と言えば定番。
でも、一番最初がそれって、むしろテンション下がらないか?
「あそこって、お化け屋敷?」
「そう」
海堂さんの質問に、やはり喜々とした表情で頷く。
……やはりただお化け屋敷が好きなだけだろうか。
「確かに空いてるけど……」
海堂さんは少し不安そうに神野さんと桂を見やる。
その表情から推測されるのは、海堂さんがお化け系苦手かもしれないという事。
そうだとしたら、無理強いはしたくない。
松永はそんな海堂さんに気付いているだろうか?
「ちょっと……私、パスしたいな……」
申し訳なさそうに松永に言う。
「海堂さん、お化け屋敷は苦手?」
「うん……ごめんね」
松永の質問に、海堂さんは本当に申し訳なさそうに目を伏せて答えた。
本当に苦手なのだろう。
「じゃあ……やめようか、入んの」
さすがの松永も彼女の事を思って先程の提案を取り下げた。
すると海堂さんは慌てて顔を上げた。
「えっ!?そんな、私だけの為に入るのやめるなんて……ダメだよ。だって松永くんすっごく入りたそうだったのに……」
「いや、入りたいのは本当だけど、海堂さんが一緒じゃないならつまんないし、入んない」
「え……」
松永の言葉に海堂さんの頬が赤くなる。
松永を見ていた丸い目が視線を逸らして下を向いた。
そんな海堂さんを松永はジッと見ている。
……ラブシーン?2人の世界ってこういう事か!?
てか松永!お前ケロッと凄い口説き文句を言ったんじゃないか!?
お前って実はタラシ!?タラシなのか!?
今まで……と言っても友達になってまだ半年も経たないけれど、見た事のない松永の男っぷりに俺はパニックに陥った。
そんな俺に気付いてか、松永とは中学からの付き合いらしい清田が耳打ちしてきた。
「アレ、計算じゃなくて天然。中学ん時からあの調子で、好きになった子は絶対逃さなかったんだぜ」
天然!!
う〜わぁ〜、女殺しだぁ。男の敵だぁ、コンニャロウ!!
「マジ?」
「マジ」
清田の目も声も真剣だったから、本当の本当に……天然なんだ。
ビックリ〜。奴にそんな特技があったとは!
なんて、俺達がコソコソと会話をしている内に海堂さんは松永の天然タラシにやられたらしく、いつの間にやらお化け屋敷に向かっていた。
……マジ?
「あの子が自分からお化け屋敷入るなんて信じられない」
ポソッと呟いたのは神野さん。
海堂さんの事を名前で呼んでる所と言い、この口振りと言い、どうやら2人はそれなりに長い付き合いのようだ。
「そんなに驚く事なんだ?」
清田が訊ねる。
「ええ。小さい頃からそういうの、見えるらしくて……」
「えっ!?」
神野さんの言葉に俺と清田が一斉に驚きの声を上げる。
「うん、霊感あるらしいの、あの子。
それで小さい頃から金縛りにあったり、ちょっとした霊にイタズラされたり取り憑かれたりしてたらしく、わざわざ霊のいそうなとこ行こうとしないの。
なのに今日は……」
お化け屋敷のような所には本当に霊が来たりすると聞く。
彼女はきっと、それを心配しているのだろう。
「ああ、だったら大丈夫」
「え?」
清田が何を思ったか自信満々の声でそう断言した。
一体何が大丈夫?
「あれ、希には言ってなかったっけ?あいつも霊感あるんだよ」
「……え!?」
初耳だ。思わず目を丸くする。
「しかもめっちゃ強いらしくてさ、
おもしろがって除霊とかの勉強したら成功しまくりでお寺さんが依頼してくるぐらいスゲーんだよ」
……初耳だ。
「だから、大丈夫」
“大丈夫”の意味が分かった。
あと、松永が喜々としていた理由。
絶対アイツ、霊見たさと除霊したさだ。
ああ、なんて奴だ。
俺の友達って、ホント個性的で……
疲れる。
「おーい。お前ら入らねぇの?」
後ろからついて来ない俺達に気付き、松永が声を張る。
「あ。今行く!行こう、神野さん」
「え、ええ」
清田がさりげなく神野さんを誘って松永の傍に駆け寄る。
「希、行かないの?」
松永の声に返事もできず、清田が走って行ったのをぼーっと見送った俺を不審に思ってか、桂が顔を覗き込むように近づけてきた。
うわっ……!
思わず顔を引く。
一気に身体が熱くなった。
もしかしたら、気温よりも体温の方が高いかもしれない。
「希?」
俺の態度に桂が眉根を寄せる。
「どうしたの?」と、その目が訴えてくる。
「いや……その……」
しどろもどろ。
情けなくて涙が出そう。
……なんて、大袈裟だけど。
「なんか疲れたから、ベンチ座って待っとくよ」
「疲れた」なんて、大した事していないのに。
でも精神的に疲れたのは本当の事。
それに、今日の主役はあの男2人。俺は出しゃばりたくない。
お化け屋敷の前で、4人は俺と桂を待っている。
早く桂を向こうに行かせるべきだろう。
「桂は行っておいでよ。せっかくだし」
笑ってそう勧めると、桂は一瞬、眉間の皺を一層強く寄せ、しかしすぐに普段の表情に戻って、
「分かった」
と一言呟くように言って、4人の基へと歩き出した。




