第7話:男の子と女の子
桂の話しで思い出した。最近、姫咲と社がデートした事を。
確か行き先は今年リニューアルオープンしたばかりのとあるテーマパーク。
その日帰ってきた姫咲は「楽しかった」と満足気な感想を洩らし、「桂に写メ送った」とも言っていた。
たぶん……いや、間違いなく、桂はそのテーマパークの事を言っているのだと思う。だから、複雑なんだ。
姫咲と社の関係は、桂の心をすり減らす。
なぜ彼らと桂は幼馴染みなのか、姉妹なのか。
もし違っていたら、桂はどんなに伸び伸び朗らかに生活できた事だろう。
でもそれは、俺とも幼馴染みではないという事。
それは嫌だ。
……自分勝手だ……
と思う。
「それって、TOYOSHIMAランドの事?」
絶対ここだと、分かっているけど一応訊ねる。
「TOYOSHIMAランド」。
リニューアルされる前は「とよしまランド」だった。
「とよしま」をローマ字にするなら、「ランド」もアルファベットに変えりゃよかったのにと思うのは俺だけ?
「うん。よく分かったね?」
「姫咲様のお口は軽やかだから」
わざと丁寧に言う。
嫌味だ。
それが分かっていて、桂は笑う。
声を出さず、小さく息を洩らして楽しそうに。
「ふふ。“軽やか”ね。いい表現だわ」
「適切だろ?」
「ええ、とても」
そしてまた笑う。
今日はよく笑うね、桂。
何か良い事でもあったのだろうか。
「へぇ〜。TOYOSHIMAね。オレ、タダ券手に入るよ」
俺と桂の会話を聞いていた清田が言った。
「え?」
清田の言ってる意味が分からず、全員が清田を振り返る。
「タダ券が手に入る?」……?それは、どういう事?
全員が同じ気持ちで清田を見る。
俺達が言いたい事を察したのか、清田が「ああ」と小さく声を洩らし、続けた。
「オレの親父、TOYOSHIMAの社長と友達なんだよね」
「うぉっ!マジで!?」
「マジで」
松永の正直で大袈裟な反応に気を良くしたのか、清田がニヤリと笑う。
清田は眼鏡をかけている。銀縁で、インテリに見える。実際にはただのバカ。
その眼鏡が光に反射してキラリと光った。
「しかも家族ぐるみの付き合いでさ、美人連れなら大歓迎でタダでアトラクション乗り放題にしてやるって会うたんびに言われててさ、調度いいと思わねぇ?」
「確かに、ナイスタイミングだな。なんと言っても美人が4人も揃ってる」
松永も清田の雰囲気に乗ってニヤリと笑う。
確かに、「美人連れ」っていうのは引っ掛かる所だけど、松永が言うように今日は美人が揃っている。
しかも女3人中3人ともが可愛い。
……ちょっと待て?今松永は「美人4人」って言っていなかったか……?
「松永、美人は“4人”じゃなくて“3人”だろ?」
不思議に思って訊ねる。
すると質問相手の松永ではなく、清田がさも当然のことと言わんばかりの口振りで答えた。
「いや、4人だ。桂さん、海堂さん、神野さん、希。ほらな?4人」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を出した。
今、こいつ、何て言った?
「ちなみに希が一番可愛い」
そう言って清田が俺をガバッと抱き締める。
思いもしなかった事態に、俺は清田を突き飛ばす事さえ忘れて頬を赤くしてしまった。
「ば……っ!お前何言ってんの!?バカ!?俺のどこが可愛い……つーかいい加減放しやがれバカヤロー!!」
焦って、しかしここが街中であることを思い出して奴の足を踵で踏んづけて突き放した。
そのまま倒れりゃ良かったのに、松永がフォローに入って飛ばされた清田をしっかりキャッチ。
フォロー入んなよ!!
「つーかお前、こんな可愛い女の子達目の前にしてよくそんな事言えるな!恥を知れ!つーか俺は男だ!この子達の方が可愛いだろうが!!」
一気に怒鳴る。
さっきまで男に抱きつかれていた男だ。
もう街中の視線なんて気になんないね!
「確かに、お前の言う通り彼女達はとてもキレイだし可愛い」
清田が真面目顔で率直に言う。
その真面目な顔に腹が立つのは俺だけか!?
小馬鹿にされてる気がするのは俺の思い過ごしなのか!?
どうなんだ清田!!
もっとたくさん怒鳴りたい所を抑えに抑えて清田の言葉を待つ。
「が、しかし」
清田は「しかし」を協調した。
「男なのに可愛いと思えるお前が一番可愛いってコトだろ。違うか」
どっかの教師のように真面目で、そして低めの声音で話す。
……本気で言ってるんだからイヤになる。
「そんなもんヘリクツだろ」
「そうだ」
キラリと眼鏡を輝かす。
「認めんなよ、バカ」
何だかどっと疲れた。
そんな俺達のバカバカしいやり取りを見ていた桂達はクスクスと楽しそうに笑っている。
彼女達にはこのやり取りがコントにでも見えていたようだ。
……やんなる。
「ふふふ。でも、確かに希は可愛いわよねぇ」
桂がやわらかく微笑む。
彼女にそんなふうに微笑まれたら俺は何も言えない。
「あ、桂さんもそう思う?」
「ええ」
「希は俺らのクラスのアイドルだからね〜」
松永がぐりぐりと俺の頭を撫でる。
その手を払うのも面倒で、睨んで抗議する。
……伝わらず。
「希くんは女の子から見ても可愛いよね。私もそんなが良かったな」
海堂さんがちょっと羨ましそうに俺を見る。
彼女の背は俺と余り変わらないらしく、いや、俺より少し小さいかもしれない。
俺から見ればみんな可愛いのに……何でそんな目で見るかな。
思わず溜め息を吐きそうになって、慌てて飲み込んだ。
「俺は、女の子ってだけでみんな可愛いと思うけど?
その中でも確かに顔がキレイな子はもちろんいるんだけど、
そうじゃなくて女の子はみんなどこかしら……弱い面があるでしょう?
いや、男にもあるんだけど。
でも女の子の場合そういう弱い面をそのまま見せてたり、
隠そうと努力したり、強くなろうとしたり……見ないフリしたりしてて、
そこが痛そうで庇ってあげたくなる。
そんな可愛さがあると思うんだけど?
男はたぶん、本気で惚れた人にはそういうの感じてるんだと思う。
それに気付いている男もいれば、知らない内にひかれてて、
でもそこの方では認識して守ろうとしてるんだと思う。
それは、兄・社の事でもあり、俺自身の事でもある。
社は強くあろうとする姫咲の痛みに反応した。
俺は弱さを無視する桂の痛みに反応した。
痛々しいほどの、彼女らの心は頑なで、モロい。
崩れた時、支えられる男に俺はなりたい。
たとえ望まれないとしても。
話をしているうちに真剣になってしまっている俺を、みんなが真面目な顔して見ている。
そこでやっと我に返った。
何を語っているんだか……恥ずかしい……
「……な〜んて、そんなかたっ苦しく考えんなって話だよな」
ハハハ。とわざと大きな声で笑って頭を掻く。
照れ隠しだ。できればこれで、聞き流して欲しい。
つっこまないでくれよ。
「希って、たまに男らしい事言うよな」
ポツリと松永が言う。
「正直、惚れるなぁ」
つられて清田もポツリ。
いや、だからつっこむなって……!
「希は小さい頃からそんなよね」
「え?」
桂の言葉に俺は思わず聞き返してしまった。
だって、「小さい頃から」って、俺、そんなマセガキじゃなかったと思うから。
どちらかと言えば、大人びていたのは桂と姫咲の方だ。
それについていくのが俺はやっとだった記憶がある。なのに、桂はそんな事を言う。
なぜ?
そう思うのは当然だろう。
「希は……私達よりいくらか大人びていたわ」
「へぇ〜、そうなんだ」
「そんな感じは確かにあるよな〜」
なんて。俺の疑問や戸惑いを余所に、桂達は話を進めている。
「大人びてた」?
ウソだ。俺は幼かったよ。
「私達より」?
君らの方が、大人だったじゃないか。
分からない。なぜ、桂がそんな事を言うのか。
「……まぁ、いいじゃん、そんなの。それで清田、タダ券は?」
なんだか桂の話をこれ以上聞きたくなくて、話を元に戻す。
「あ、そうだった。連絡してみるわ」
清田は思い出して携帯を取り出した。
結局、待ち合わせ場所で約10分ほど立ち話をしてTOYOSHIMAランドへ移動となった。
10分……無駄な時間を過ごしたような、重要な時を過ごしたような、よく分からない。