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月に恋する  作者: そばこ
6/21

第6話:可愛い女の子

 それから数日、学校でもその外でも桂に会うことはなかった。


 それは桂のクラスメートである海堂さんと神野さんも同じで、松永と清田がうるさい。


 どうやら二人は彼女らのことをとっても気に入ったらしい。


 それなのに、あの食料調達に付き合った時、携帯のアドレスを交換するのをうっかり忘れてしまったんだとか。


 どれだけテンパってたんだって話だ。


 で、もう一度会いたいから、桂と繋がりのある俺に、3対3の合コンっぽいグループで遊びに行く計画を持ちかけてきて。


 それを実行させられて……


「おっす!希」


「今日もカワイイなぁ〜♪希」


 以前、姫咲とも待ち合わせをした所で待っていると、浮かれ気分の松永と清田がやってきて、髪をわしゃわしゃされる。


「……あー、はいはい」


 いつもより浮かれている奴らの気持ちも分からないではないので、いつもより控え目に手を払う。


 女の子三人はまだ来ていない。


 学校からは少し遠いから、仕方がないだろう。





 今日、俺が桂に会うということは姫咲には言っていない。


 なぜなら「私も会いたい!」とうるさくつきまとってくるに決まっているからだ。


 でも、まぁ今日は日曜日で社も会社は休み。


 二人でラブラブしているだろうから、俺が文句言われることはないだろう。


 ……たぶん。




 日曜日の街は多くの人でごったがえしている。


 歩いている大半が男女のカップル。


 もしかしたら姫咲と社もこの辺でデートしているかもしれない。


 その可能性は高い。


 ここは姫咲のテリトリー内だ。もしここで、バッタリ会ったりなんかしたら……


 考えただけで恐ろしい。


 人混みを眺めながら青ざめていると、後ろから肩を軽く叩かれた。


「おはよう。待たせちゃったかしら」


 振り返ると、柔らかい笑顔の桂がいた。


 私服だ。ヒザ丈の白いフレアスカートにミントグリーンのブラウスを着ている。


 上品で、可愛い。


「桂。おはよう」


 なんだか眩しくて、目を細めて笑顔で挨拶した。


 そして気付く、彼女が色付きリップをつけていることに。


 それは淡いピンクで、そんなに主張していなくて桂によく似合っていた。


「海堂さん、おはよう」


「神野さん、おはようございます」


 桂の半歩後ろに海堂さんと神野さんの姿を見付け、松永と清田が挨拶する。


 その表情は、俺と同じように眩しそうに目を細めた笑顔。


 もしかしたら、結構本気で彼女らのことを好きになっているのかもしれない。


 海堂さんはデニムのショートパンツに、胸元にフリルのついた白いキャミソールの上から白っぽいシャツを羽織ってるという活発な雰囲気の私服を着ていた。


 『活発』という言葉そのものの姫咲のファンである松永は、きっと海堂さんみたいな子が好みなんだろう。


 神野さんは紺色のノースリーブワンピースという至ってシンプルな格好で、でもそのスカートの裾に和風っぽい花の刺繍が小さく入っていて、そういう所が少しオシャレっぽく見えた。


 また、長い髪をキレイに結い上げていて、大人っぽい。


 清田の好みは大和撫子な感じの人。


 神野さんはジャストミートだと思われる。


「私服、取りに行ってて遅れちゃったの」


「え?」


 桂が言ってる意味が良く理解できなくて聞き返す。


「私達学校にいるから、ずっと制服なのね。私服は寮に置きっ放しだったから、一度戻ってから来たの。だから時間かかっちゃって……」


 今度は詳しく説明してくれた。


 そうか、織女は夏休みが終わる一週間前までうちの学校に寝泊りするんだ。


 私服は必要ないんだ。


「うわ。そっか、ゴメン」


 思わず謝ってしまった。


 だって、俺達が誘ったために彼女らにいらぬ労力を使わせてしまったのだから。


「ふふ。なぜ謝るの?そんな必要ないのに。私達だって女の子よ、オシャレしてお出掛けしたいって願望があるの。気分転換にもなるしね?だから私達、感謝してるのよ?」


 クスクスと、小さく、柔らかく、上品に桂が笑う。


 その笑顔は俺にはとても刺激的で、周りの音や物が消えてそこには桂しかいないような、そんな錯覚に陥る。


 恋って……魔力だ。


 そう実感する。


「……みっ!希!」


「えっ!?うわぁっ!!」


 突然名前を呼ばれ、しかもヘッドロックをかけられそうになって驚いて大声を出した。


 そんなことをして来たのは松永だ。


「おっ前、ボーッとしてんなよ。通行人の邪魔だろ」


 こんな人通りの多い場所を待ち合わせに選んだのはお前だろ、松永。


 という文句が頭に浮かんだけれど口には出さない。


 確かに今、俺はボーッとして通行人の邪魔だったと思うから。


「悪い……」


 素直に謝る。


「おぅ」


 松永は返事をしてパッと手を放した。


 どうやらヘッドロックをしようとしたのではなく、通行人とぶつかりそうだった俺を庇っての行動だったようだ。


「さてと、これからどこ行くか」


「え?」


 松永のセリフに思わず聞き返す。


 なぜなら奴が俺に持ち掛けてきた計画には行き先からどこでご飯を食べるかまで決められていたから。


 どこに行くかなんて、迷う必要はないはずだ。


「ゲーセンとかカラオケとかじゃねぇの?」


 てっきり計画通り事を進めるのだろうと思っていた俺は、キョトンとなって訊ねた。


「バカッ!希っ!」


 俺はただ訊ねただけなのに、松永がものすごい形相で怒鳴ってきた。


 どこか真剣な感じがむしろバカっぽく見えるのは俺だけだろうか……。


「織女のお嬢様が、んな野蛮な所に行くわけないだろ!!」


 今度は清田が真剣な表情で詰め寄ってくる。


 あー……お前らって、ホントにバカ。浮かれ過ぎだろ。


 しかも野蛮な所って、お前らが先に計画した所だから。


「……じゃあ、どこに行くのさ?」


 清田に詰め寄られた分、後退って訊ねる。


 たぶん、彼らは計画段階の時にまさかこんなに彼女らが可愛らしい格好で来るとは思っていなかったのだろう。


 というか、相手が「女の子」というのを浮かれ過ぎて失念していたのかもしれない。


 別に、彼女らにしてみればゲーセンぐらい行っても平気と思っているかもしれないが、ここまで可愛いとその分誰かに絡まれやすくなるだろう。


 そうなると、まだ高校生になって半年足らずの俺達には……少し、荷が重い。


 ゲーセンに行かないという考えには賛成できる。


 しかし、高一の俺達にはそんなにお金はないし、遊び場なんて決まったトコしかない。さて、どこに行く?


「どこに行くか、決めてないの?」


 俺達の会話を聞いて桂が訊ねてきた。


 海堂さんと神野さんも行き先が定まっていない事に少し不安を抱いているようだ。


「ん〜、決まってないっていうか、予定を変えたというか……桂達はどこ行きたい?何かやりたい事とかないの?」


「私は特に……海堂さんや神野さんは?」


「えっ?急にふられると……ねぇ?琴実」


 海堂さんが焦って神野さんを見る。神野さんの名前は琴実というらしい。響きが上品だ。


「とか言いながら私にふらないでよ、紗代。……私は別にどこでもいいけれど、前にケイちゃんが言ってたトコは?」


「え?私?」


 一巡りして再び桂に回った。


 紗代というのが海堂さんの名前らしい。サラリとした名前で、海堂さんに合ってる気がする。


「桂、“ケイちゃん”て呼ばれてんの?」


 神野さんが桂を呼んだその名が気になって、思わず横から口を挟んでしまった。


 桂は俺を振り向き、「あ」と小さく呟いて頬を赤らめた。目が逸れた所、どうやら恥ずかしいみたいだ。


「そう、ケイちゃんってクラスの皆から呼ばれてるんだよ。ケイちゃん大人っぽいから、カツラちゃんよりケイちゃんの方がしっくりきてね」


 海堂さんが説明してくれる。桂の頬はまた少し赤くなった。


 可愛い……


 こんなふうに焦ってる桂を見るの、珍しい。いや、初めてかもしれない?


 だって桂はあまり表情豊かでない。変わる時は大抵が笑顔で、社がいる時は無表情か不機嫌そうにしているぐらいしかパターンは知らない。


 高一になって、初めての発見だ。


「ケイちゃん……か。確かに、大人っぽい響きがあるかも」


 自分でも顔が緩んだのが分かるぐらい、とても力のない表情をした。それはつまり一番自然な笑顔ということ。


 そんな俺を見た桂は更に顔を赤くする。


 うわぁ〜……カワイイ。


「で、ケイちゃんの言ってたトコって?」


 ちょっと意地悪して、わざとニコニコと桂に訊ねる。


 それが分かって桂が小さく怒った。


「希っ。性格が悪いわよっ」


 大声で怒鳴らない所が姫咲と違う所か。いや、姫咲のように般若にはなってないから全然違うかな。


「日頃傍にいる子の影響だよ」


 舌を出して反論する。


 俺の反論は桂にはとても納得いくものだったようで、言葉が詰まり、小さく睨まれただけだった。


 それがまた可愛くて、小さく息を洩らして笑う。




 女の子の成長は男に比べて早いと聞く。それは姫咲や桂、そして俺にも当て嵌まる事だった。


 高一になってもう半年経とうかとしているにも関わらず、俺の身長は158cmと小さい。

 それに比べ、姫咲は167cm、桂は165cmと俺よりも高い視線をキープしている。


 このように、物理的な面の成長も彼女らが早かったわけで、それと同時に精神面も彼女らの方が早熟だった。


 でも、あとは俺が彼女らに追い付き、追い越す番。だから、今日の桂をやたらと可愛く思うのだろう。


 いつか、背も彼女らを越すだろうか……


「あは。ごめんって。で、どこ?」


 謝ってもう一度訊く。


 桂は一時俺を睨んでいたが、小さく息を吐いていつもの調子を取り戻した。


 いつも通り、整って綺麗な桂。


「別に、大したトコじゃないのよ。ただ……姫咲が楽しかったって言ってたから、ちょっと興味を持っただけ」


 そう言った桂の表情は笑顔のような、でも眉間に皺を寄せて不機嫌そうな、文字通り複雑な表情。


 きっと、その心の中も複雑な感情が渦巻いているのだろう。


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