第3話:放課後
チャイムが鳴った。今日の補習はこれで終わりだ。
「あーっ!終わったぁ!!」
人一倍嬉しそうに背伸びをしたのは松永。
「昼飯、マ○クか吉○で食ってかねぇ?」
提案してきたのは清田だ。
確かに、育ち盛りの俺達は腹が減っている。
それに、俺の場合帰っても美味い物が食べられるとは限らない。
なぜなら、花嫁修業中の姫咲のご飯が待っているに違いないから。
姫咲の料理は天才的に美味い時もあれば天才的に不味い時もある。
そんなギャンブル的なものを食べる勇気は今はない。
「お、いいねぇ。じゃあ吉○で!」
だから清田の提案に快く乗った。
「そう言えば、今朝希が言ってたコトってホントなのか?」
「うん?何が?」
昇降口に向かう途中、松永が思い出したように訊ねてきた。
何の事を言われているのか分からず聞き返す。
「ほら、織女に姫咲ちゃんばりの美人がるって……」
「ああ」
松永の言葉で、今朝の話を思い出す。そういえば言った。話した。
「ホントだよ。姫咲と一緒で全体的に色素薄くて……まぁそれも当然だろうけど」
「なにしろ双子だし」
そう続けようとしたら、松永が叫んだ。
「あぁーー!!」
何をそんなに驚いているのかと、松永の視線の先を見る。するとそこには
「姫咲ちゃんっ!?」
「桂」
桂がいた。
松永は姫咲と間違えて大声でその名を呼んだ。
そのせいか、桂がこちらを初めて見た。
俺と目が合う。
「希」
大声でなかったから、桂の声は聞こえなかった。
でも確かに俺の名をその口で紡ぐ様を俺は見た。
久しぶりに見かける桂の姿。
俺は少しだけ興奮した。
だけどそれは誰にも気付かれないだろうほどの興奮。
ゆっくりと、桂の方に歩み寄る。
桂も、俺の方に少しずつ近付く。
「久しぶり、桂。今日から補習合宿だろ?出かけんの?」
「ええ。お昼の買い出し組になっちゃって……希は今から帰るの?」
「うん。ちょっと寄り道してね」
桂は姫咲に比べると物静かで、無口だ。でも全然話さないってわけじゃない。
姫咲がおしゃべりすぎるんだ。
だって姫咲がいない所ではいる所よりもよく話すから。
「……姫咲にバレないようにね」
俺のこれからの行動を読んだのか、桂が唐突に忠告する。
「う゛……なんか今の一言で、姫咲に感付かれた気がする……」
「あ、ゴメン」
俺が暗い表情をすると、桂は慌てて謝ってきた。
「いや、覚悟はしてるから」
「希って、相変わらず姫咲と仲良しね」
「まぁね」
久しぶりに会って、初めて桂が笑顔を見せた。
桂が微笑むと、周りの空気がやわらかくなるように感じるのは俺だけだろうか。
と、その時、後ろから物凄い勢いで抱きつかれた。
松永だ。清田もその傍にいる。
「希っ!この子誰!?姫咲ちゃんソックリ!!」
松永が興奮して顔を真っ赤にさせながら訊いてくる。
そうくると予想はしていたが、まさかここまで興奮されるとは思ってもみなかった。
清田も同じように顔が真っ赤だ。
「そりゃソックリに決まってるよ。だって姫咲の双子の姉ちゃんだもん」
「えぇっ!?」
俺の回答に二人は驚いた。
そこまで仰天しなくてもいいんじゃないか?双子なんて今時珍しくもないだろう。なんたって五つ子とかいるぐらいだから。
「名前は桂。桂、これ俺のクラスメートで松永と清田」
「初めまして、松永くん、清田くん」
「は……初めまして……っ!」
……二人とも緊張しすぎだろう。
でもまぁ、気持ちは分からないでもない。
元気いっぱいの姫咲と同じ顔で、おしとやかな雰囲気を持つ桂は、見た目とのギャップがなく、お嬢様っぽく見えるから。
ちなみに、姫咲は見た目がああでなかったら、ただのおてんば娘だ。
「私も紹介するわ。こちらクラスメートの海堂さんと神野さん。海堂さん、神野さん、彼は私の幼馴染みで小柴希くんよ」
「あ、初めまして」
「こちらこそ初めまして」
俺と桂が話をしている間に、いつの間にか近づいて来ていたらしい海堂さんと神野さんにペコリとお辞儀をする。
それを見て、二人は丁寧に頭を下げてくれた。
礼儀正しい……。
「おっ、俺も初めまして!」
「オレも!初めまして!」
桂のクラスメート、海堂さんと神野さんは、桂や姫咲とはタイプが違うが、彼女達も整った顔立ちをしていて、清楚で可憐な少女という感じだった。
だからだろう、清田と松永が慌ててあいさつした。
織星女子みたいに頭の良い女ばかり集まる所に美人なんていないと言っていた二人だ。
思っても見なかった掘り出し物に出会って、興奮しきりとみえる。
「あのっ!買い出し行くんなら俺らが荷物持ちするよ!」
「そうそう、暇だし!合宿っつーことは人数いっぱいいるっしょ?絶対重くなるからオレら持つよ」
松永と清田がアピールする。二人とも、女に飢えてるんだろうか……?
「えっ?でも悪いし……」
黒い髪を真っ直ぐ背中まで伸ばしている神野さんが戸惑ったように目をしばたかせる。
小首を傾げ、困ったように桂を見た。ショートカットの海堂さんも、目をパチパチしている。
男二人のがっつき様に驚いてんのかな……
「希」
「うん?」
桂に呼ばれ、彼女を見る。その目が「いいの?」と問うているのが分かったから、俺は言ってやる。
「ああ、いいよ。ホントに暇だし。その二人、力持て余してるから使ってやって」
「何!?使ってやってっていう言い草は何だ希!?」
「俺なりに君らをオススメしたつもりだよ」
「ありがとう!」
俺の言葉に怒った松永が、俺のフォローに即座に礼を言って握手をしてきた。
そんな俺たちを見てか、海堂さんと神野さんがクスクスと笑っている。
どうやらウケてるらしい。
がっつかれたことを忘れたのか、さきほどまでどこかよそよそしかった雰囲気がこれで払拭されたようだ。
「桂」
「はい」
「そゆわけで、お供します」
にっこり笑って、桂が持っていた小さなバッグを持つ。
軽かったから財布ぐらいしか入っていないんだろう。
「希は、すっかり教育されちゃってるのね」
俺の行動に桂がくすりと笑う。
「教育された」というのはこの行動のこと。
小さい頃から姫咲に荷物持ちだのレディ・ファーストだの叩き込まれていた。
なぜなのかは知らない。
だけどそのおかげで、今みたいに自然に桂の荷物を持ったりすることができるようになった。
「まぁね。お前の妹は妥協って言葉を知らないから」
肩をすくめて少しおどけてみせると、桂はまた、小さく笑った。
「ふふふ。そうね。確かに。でもそういう所が姫咲の長所だわ」
「身内のひいき目だと思うよ、それ」
「そう?」
「そう」
そんなことないよ、みたいな顔してたから断言してやる。
桂は昔っから姫咲に甘い。姫咲がどんなことをやらかしてもずっとにこにこ見守ってる。
たぶん、自分がやらないことを姫咲は当然のようにやってしまう所にひかれているんだろうと思う。
昔から思ってた。姫咲が太陽なら桂は月だと。
太陽は自ら光り輝き、それに照らされ姿を現すのが月。
それは逆を言えば、月がいなければ太陽が自ら光っていることにも気付かないということではないだろうか。
つまり、この二つは対照的であるのに互いの存在が不可欠な存在ということ。
それはそのまま、姫咲が桂にコンプレックスを抱いていることにつながってくる。
姫咲は、おとなしい桂が好きで好きで、好き過ぎて憎んでいた時期があった。
二人が小6の頃だ。
当時の姫咲は自分が輝いていることに気付いておらず、周りを見る余裕がなかったんだと思う。
だから、自分とは違う輝き方をする桂に目がいったんだろう。
しばらくして、姫咲の桂に対する憎しみは愛情に変わった。
だがその時感じたコンプレックスは消えてはいないだろう。
静かに光り、人を魅せるような桂が羨ましいと思う部分があるに違いない。
だけどそんな桂が自分に魅せられているのだと気付いてからは、そのコンプレックスすら愛しいのだと姫咲は笑う。
そんな強さに社はひかれた。
桂は、それを知らない。
だから社のことが好きじゃない。
だけど社と姫咲が互いに愛してることは知っているし、認めている。
だから文句は言わない。
そんな頑固な所に俺はひかれた。
俺は、桂が好きだ。
でも誰も、そのことは知らない。