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月に恋する  作者: そばこ
21/21

第21話:月に恋する

 番組を終え、スタジオを出ようとする桂を呼び止めた。


 今を逃すと、もう彼女とは会えない気がしたから。


「桂!」


 振り向く。


 その表情は、なぜか泣きそうに歪んでいる。


 クリスティー達に先に戻っていてくれと伝え、彼女の傍へ駆け寄った。


 先程の平手打ちがまだ記憶に新しい周囲は、何事かとざわついた。


 また桂の平手が飛ぶと思ったのだろうか。


 いや、飛んでもおかしくない事を俺はしている。


 もう一度、叩かれても仕方ない。


 その覚悟もして、彼女を呼び止めたのだから。


 でも、今度はただ俺を見上げるだけだった。


 心なしか、その瞳が潤んでいる気がする。


「桂……」


「……」


 名前を呼んでも、返事はない。


 ただ、俺を見つめている。


「ごめん」


「なぜ、謝るの?」


 堪えるように眉間に皺を寄せ、俺に問う。


 「謝る必要はない」という意味の問でない事は俺が一番分かっている。


 謝る理由を、俺に自覚させる為の問い。


 そうだよね?


 そんなの、充分すぎるほど理解しているけど、それでもきっと彼女には足りない。


「君をたくさん傷付けた」


「……」


 桂は無言で、続きを目で促す。


「たくさん傷付けたくせに、君を弱いと詰ったくせに、その俺が弱くて逃げ出した」


 一つそこで息を吐く。


 そして自嘲するように微笑んだ。


「愚かだよね」


「バカ」


 間髪入れず、桂が罵る。

「希のバカ。バカ、バカ、バカ」


 堪えるように眉間に皺を寄せ、“バカ”を繰り返す。


「バカ」


「ごめん」


「謝ればいいってものじゃないでしょう?」


「うん、ごめん」


「また、謝る」


「うん。じゃあ、何て言えばいい?」


「……そんなの、私は知らない」


「そうだね」


 胸が苦しくなる。


 桂とのバカみたいなやり取りに、胸が苦しくなる。


 こんなやり取り初めてで、苦しくなる。


 だから笑った。


 桂は怒るように眉間に皺を寄せた。


「桂」


「はい」


 今度は返事してくれた。


「俺ね、昔も今も、桂が好きだ」


「……」


 でもまた、桂が黙る。


「さっきの俺達の曲。そのまま、俺の桂への気持ち」


 桂は黙って俺の話を聞いている。


「ごめんね。たくさん、たくさん君を傷付けた。

本当は誰よりも守りたかったのに。

桂がとても傷付きやすくて、あの時とても傷付いていた事分かっていながら……

分かっていたからこそ、君を傷付けた」


 10年前のあの日の事を思い出す。


 そう、俺はわざと、彼女を傷付けた。


「もう、君が傷つく所は見ていられなくて……

だからこれ以上ないくらい傷付けた。

今俺は謝ったけど、俺には謝る資格さえ、本来はないって事、分かっている。

でも、君を好きだという気持ちに嘘はない」


 告白する、10年越しの想い。


 「好きです」なんて単純なものではない、この重たい告白を彼女はどう受けているだろうか。


「知っていたわ」


 ポツッと桂が呟いた。


「知ってた。希が傷付きながら、私を傷付けた事。だからこうして、私は今ここにいるんだもの」


 桂が微笑む。


 10年ぶりの愛しい君の笑顔。


 身体中が熱くなった。


「本当はね、自分でも分かってた。私のあの醜い感情。

自分でも直視できなくて、ずっと奥に仕舞い込んでた。

でもそれを希に見付けられてしまって、直視するしかなくなった時、その醜さが消えたの。

素直に、やっと自分と向き合う事ができて、

社兄ちゃんにも話す事ができて、

とてもスッキリした。

でもね、そこでまた気付いたの」


 そこで言葉を切ると、桂の表情は笑顔から泣きそうな顔へと変化した。


「希がいなくて辛い事」


 ポトリ。


 と落とすように桂は言った。


「確かに私は、社兄ちゃんの事が好きだった。

それもそのはず、唯一ちゃんと私と話してくれた大きな人は、彼が初めてだったんだから。

今思えば、あの恋は幼い。

姫咲への嫉妬も、バカげてる。

嫉妬するほど大人の恋じゃなかったんだもの」


 自嘲するように笑う。


 胸が痛む気がした。


「そう考えてみて、よくよく思い出してみるとね、少なくとも私が本音を出してたのって、希だけだったんだなって事に気付いたの」


 桂の言葉は続く。


「その事に気付いて、ごめんね、やっとそこで、希の大切さが分かった。

本当言うとね、知ったかぶりの年下としか思ってなかったの。

酷いよね、性格悪いよね。

でも……やっと、気付いた。

どれだけ希に支えられていたか、負担を掛けてきたか……」


「負担じゃないよ」


 “支えられていた”と言ってくれた事に、俺は救われて、口をついて出たのはそんな言葉。


「負担じゃない。確かに苦しかったけど、それは桂が苦しそうだったから。

ねぇ桂。俺、さっきも言ったけど、桂の事が好きなんだ。

だから、負担なんて思った事ない」


 そう言って笑ったら、桂の目から涙がこぼれた。


 きっと、もう10年ぐらい堪えていた涙。


「希……っ」


 嗚咽混じりに呼ばれて、どうして俺はこんなにも嬉しいのだろう。


「希……お願い…帰って、きて……」


 愛しい君の懇願。


 10年前の悲痛な叫びとは違う。


「帰ってきて……お願い……」


 君の目が、言葉以上にそれを願ってくれてるのが分かる。


 10年経ったのに、俺はまだ、君の瞳で君の心が分かるよ。


 なんて、幸せな事だろう。


「桂」


 愛しい君の名前を呼ぶ。


 君はただただ、潤む瞳で俺を見上げ、そして言った。


「希……私の傍にいて……」


 消えそうな声。


「好きだから、一緒にいて……」


 小さいけれど、確かな声に、胸がつぶれた。


 どうして、こんなにも君の事が愛しいのか。


「うん。俺も、好き。大好き。ずっと、傍にいたい」


 愛しい……。


「桂、好きだよ」


 俺は涙を溢れさせる桂の頬を両手で包み、その額にキスをした。


 愛しい桂。


 まさか君に好きになってもらえるとは。


 


 ねぇ、桂。


 君自身も、驚いただろうね。

 

 

 

 

 数日後。

 

 

 俺はバンドメンバーと共に、アメリカに帰ってきた。


 さすがに、今すぐどうこうってのは無理なので。


 とりあえずは、アメリカと日本で遠距離恋愛。

 

 

 スタジオでの出来事は、ちゃっかり日本のスクープとして、大々的に発表されてしまい……

 

 

 今思えば、何であんなこっ恥ずかしい事が、あんな公衆の面前でできたのか不思議だ。

 

 

 でも幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 桂。

 

 

 今俺達は、やっぱり遠い地にいるけれど……

 

 

 それでも俺は、月のような桂に、恋してる。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。評価いただけると嬉しいです。

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