第2話:夏期補習
翌朝。「高校」そのものは夏休みに入っているが、実際には「補習」という名の授業があって、俺達生徒は学校に行かねばならない。
と言っても、高1、2年までは朝補習のみで、午後には帰れるのだけれど。
「ああっ!何が悲しくて花の高校生が夏休みだというのに学校に来て勉強しなければならないのだ!」
補習が始まる10分前、俺の目の前に座る友人、松永が大袈裟に嘆いてみせた。
朝だというのに暑苦しい奴だ。
「普段のように、愛らしい姫咲ちゃんが見られるのならばまだいい。しかし、しかしだ!姫咲ちゃんはなぜに補習に来ないのだぁ〜っ!!」
……暑苦しい。
松永の言う“姫咲”とは当然俺の幼馴染みの姫咲のこと。
確かにあいつの外見は目の保養になる。我が校のマドンナ的存在だ。
もちろん、人妻ということは誰も知らない。
高校生だからいろいろと厄介だということで内緒にしているのだ。
だから学校では姫咲の名字は「小柴」でなく「大島」で通っている。
「姫咲が商業科だから補習はないって知ってるだろ」
暑苦しい松永を冷たくあしらう。
俺が通う高校には、普通科と商業科がある。
高校を卒業したら正式に我が小柴家に入る予定の姫咲は、進学しないので俺と違って商業科にいるのだ。
「何で商業科なんだぁ〜っ!!」
冷たくあしらったにもかかわらず、松永は暑苦しく吠える。
うるさい。暑い。姫咲は嫁になるんだから仕方ないだろ。
そう思いながらエアコンの効かない教室で松永を睨む。
松永が騒ぐ度、教室の温度が上がっている気がする。
そんなことないかもしれないけれど……
「大体、姫咲だけが美人じゃないだろ」
俺はぼそっと呟いた。
それを聞き付けた松永とは別の友人、清田が割り込んできた。
「そうそう。オレらのクラスにゃ大和撫子美人の希ちゃんがいるんだから、他のクラスよかラッキーだろ?」
清田は俺の肩をグッと抱いてニヤニヤ笑いながら言う。
「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて……」
清田という男はどうやら俺のことをとても気に入っているらしい。
だからと言ってホモというわけではなく、自分の理想の女に俺が一番近いんだとか。
……嬉しくない事実だ。
「“そうじゃなくて”?」
俺のセリフが途中で終わったことが気になってか、さっきまで暑苦しく吠えていた松永が先を促してきた。
それで清田も興味を持ったのか、俺を離して聞く体勢を整えた。
「そんな真剣に聞かれることもないけど……」
「ないけど?」
歯切れ悪く言葉を紡ぐ俺にずいっと二人は寄って先を促す。
この様子だと、「美少女大好き☆」な二人のくせに、彼女の存在をどうやら知らないようだ。
「夏の補習って、同系列の織星女子が商業科の校舎使って“補習合宿”するだろ?」
「え、そうなのか?」
キョトンと「知らなかった」と呟いたのは松永。
「そういえば、聞いた気がする」
と言ったのは清田。
この分だと本当に知らないな、コイツら。
「それがどうしたんだよ?織女っつったら高慢チキのがり勉女の集まりじゃねぇか」
「そんな中に希や姫咲ちゃんばりの女っていねぇだろ」
「なぁ」と不思議そうに二人は顔を見合せ相づちを打ち合う。
「いるよ」
「は?」
「だから、姫咲ばりの美人、いるって。その織女に」
「うそだぁ〜」
本当のことを言っているのに、二人はケラケラと笑って聞かない。
『織星女子高等学院』通称『織女』は、T大やK大、W大といった超難関の大学を目指す、頭がめちゃくちゃいい女子が集まっている高校だ。
俺や姫咲が通う『天乃学園高等学校』も同系列の学校だが、その偏差値は織女の半分ほどしかない。
そういう理由もあって、二人は織女の生徒を「高慢チキでがり勉女」と言うのだが……この学校には、姫咲の双子の姉、桂が通っている。
当然、俺が言ってた「姫咲ばりの美人」とは桂のこと。
「本当だって。信じないならいいけど」
と、その時チャイムが鳴った。
気付くと補習を担当する先生が教壇に立っていた。
今日から、夏休みというのに、勉強勉強の毎日が始まる。