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月に恋する  作者: そばこ
17/21

第17話:迷子の真相

 階段を登り切るとそこには小さな境内が……誰もいない境内があった。


「何だ……」


 拍子抜けする。


 もしかして、と意気込んでいた分、このガランとした境内に力が抜けた。


 俺の考えは間違ってたのか……


 そう思いながら境内を見渡す。


 正面に小さな本殿が、登ってすぐの左右には申し訳程度の狛犬が一匹ずつ置かれている。


 周囲は木で囲まれていて、まるで森の中にあるかのような雰囲気だ。


 祭りのザワつきや明かりもここまでは届かないらしく、静かで暗い。


 唯一の明かりと思えるのは本殿近くの灯籠ぐらいで、だがその割には明るいのかもしれない。


 何となく、その灯籠に近付く。


 意外に明るい灯籠に興味を引かれたからだ。


 すると、本殿の裏から話し声が聞こえた。


 ……ような気がする。


 なぜか忍び足で本殿の裏を覗き見る。


 そこには……


「あんたがついていながら何で……」


「ああ、本当、情けないよ」


 桂と、社の姿があった。


 ザッと目を凝らすが、近くに姫咲の姿は見当たらない。


 そこにいるのはどうやら2人だけらしい。


 暗くて顔を見る事が出来ないが声で分かる。


 桂が憤慨している。


 社は自分の非を認めていた。

 この空気に、なぜか俺は2人の前に出て行きにくくて、本殿の陰に隠れて聞き耳を立てた。


 あまり、気分のいい事じゃないと分かっていながら。


「情けないで済む話じゃないでしょう!?」


「分かってる」


 静かに、だが確かに桂は怒っている口調で社を責める。


 社はそれを全て受け止める。


 それはまるで“大人の余裕”ってのを見せているようで、いちいち桂の癇に障っているようだった。


 それを分かっていて社はそんな話し方をしているのだろうか。


 桂は、何だかんだ言ってもまだ高校生だ。


 だからか、それ以上に社を責める言葉が見つからず、強く社の事を睨んだ。


 社を睨んだ所で何かが進展するわけじゃないと彼女も分かっているのだろう。


 睨む事しかできない自分が歯痒くて悔しくて奥歯を噛む。


 噛んで、やはりただ強く睨み続ける。


「そんなに睨むなよ。目、悪くするぞ」


 しばらく2人して沈黙していたが、社がそれを破った。


 だがそのセリフがさらに桂の怒りを煽ったようだ。


 当然の事だろう。


 今まで話していた事をはぐらかすような言い方を彼はしたのだから。


「……関係ないでしょう?」


 「自分の目が悪くなっても社には関係ない」という事なのか、

「今話している事とは関係ない」という事なのかよく分からない。


 もしかしたらその両方を含めた言葉だったかもしれない。


「……そうか」


 桂の今にも噛み付きそうな言い方に対して、社は静かにそして穏やかに話す。


 また、沈黙。


 桂の態度に社が怯むとは思わない。


 そうだ、怯んだとしたなら、あんなに穏やかに話せるわけないのだから。


 ふと昔の記憶が甦る。


 俺達が幼稚園で社がよく世話していてくれた頃。


 俺や姫咲は結構な問題児で……


 と言っても、俺は姫咲に振り回されてただけなのだけど……


 そんな俺達2人だったから社の苦労も絶えなかった事だろう。


 しょっちゅう2人して叱られていた覚えがある。


 それに対して、桂はやっぱり大人しくて、手が掛からないイイ子だと皆に褒められていた。


 心ない大人からは皮肉も込められていて、

彼女はそれに傷付いていない、気付いていないフリをしていたのだと、今は思う。


 そんな桂に対し、社はとても優しく接していたようだった。


 桂に調子を合わせるように、ゆったりとした雰囲気を持ち、穏やかに、そう、今のように穏やかに話していた。


 それはある意味、社にとって桂は特別だったという事なのだろうか。


 そしてまた、社も他の大人のように差別していたという事でもあるかもしれない。


 桂は気付いていたのだろうか。


 今も、気付いているのだろうか……?


 社がこんなふうに穏やかな雰囲気を飾るのは、もしかしたら意図したものかもしれないと……。


「桂」


「……」


 やはり沈黙を先に破ったのは社。


 桂は応えない。


 睨む力を弱め、平静を装っている。


 しかし、桂の平静さは次の社の一言で脆くも崩れた。


「もう、姫咲に固執するのはやめにしないか?」


「!」


 カッ…と目を見開き、眉間に皺を寄せる。


 奥歯を噛み締め、社の言葉に静かに耐える。


 心ない、社の一言。


 桂はきっと、俺が思う以上に傷付いたに違いない。


 兄ちゃん。


 何でそんな事を桂に言えるの?


 どうして……?


 つくづく、社は姫咲本位だ。


 そりゃそうだ。


 彼にとって、姫咲は全てなのだろうから。


「……固執……?」


 静かに、しかし喉の奥から絞り出すようにして桂が言葉を紡ぐ。


 声に、力は感じられない。


 変わりに怒りを、俺は感じた。


「私が、姫咲に、固執してる……?」


 ゆっくりと言い、そして自嘲するような笑みを見せた。


 ゾクリと悪寒が走ったのを感じる。


 暗闇で、俺は物陰に潜んでいるわけだから、彼女の顔がはっきりと見えるわけじゃない。


 ……その、声にゾクリときたのだ。


 声だけでもそうなのに、目の前でそれを見た社は、どんな気分だろうか。


「あ、……ああ」


 頷く社の声は上擦っている。


 顔は蒼白で、口許が引きつっている。


 自業自得だ。


 だとしても、まさか桂がこうなるとは想像していなかっただろう。


 怒らせるような事を言った。


 社にその自覚はあるに違いない。いくら何でも大人なのだから、それくらい分かっているだろう。


 しかも今回のは絶対に、ワザとだ。


 怒りに任せてでもいいから桂の言葉を聞きたいと、そう思ったのじゃないだろうか?


 穏やかに話すだけでは、過去の経験上で本音を曝す人間じゃないと知っているだろうから。


 しかし、まさか怒った桂がこうなろうとは……予想していなかっただろう。


 俺だって、驚いているのだから。


「何を、どこを見て、私が固執していると……?」


 桂の声は冷たい。


 夏だというのに、暑さが消し飛ぶほどに冷たく感じる。


 だがそれでも、社は怯まず桂と会話をしようと一つ深呼吸をし、目を瞑り、開いて彼女を見据えた。


「俺を、嫌うのが何よりの証拠だろう?」


「!」


 いきなり核心を突かれ、また桂は目を見開いた。


 そして今度は先程と違い、小さく、淡く、笑んだ。


 それでも自嘲気味に。


「……そうね。確かに、固執しているのかもしれない」


 桂は認めた。


 大きく息を吐く。


 足元に視線を落とし、それから社の顔を見ることなく、クスリと笑って話し出す。


「双子だからか……私と姫咲の絆は強かった。それこそ、永遠に2人きりであっても構わないと思っていたほどに」


 彼女の心の内を聞くのは初めてだった。


 ……それを、俺ではなく、社に話しているのだと思うと無性に腹が立ち、嫉妬の念に駆られたが、そんな状況ではないと自分に言い聞かせる。


「でも違った。実際に、姫咲はあなたに奪られて……消失感が強くて、私から大切な者を奪ったあなたが憎かった。

でも、ダメね、そんな気持ちでいたら姫咲に嫌われちゃう。だから……今日でやめにする。それで、いいでしょう?」


「え……?」


 やっと本音を話してくれたと思った矢先、あっと言う間に桂は結論を出し、社はそのあまりの即決差に間抜けな声を出した。


 俺だって、キョトンとなる。


「もう、あなたを嫌う態度は取らないようにするし、姫咲とも距離を置くという事。それが、あなたの望みでしょう?違う?」


「いや……違わないけど。……いいのか?」


「いいも何も、私自身きっかけが掴めなかっただけだし、調度いいわ」


 晴れ晴れとした様子で桂は微笑む。


 社はポカンと口を開いて呆気に取られている。


 なんとも情けない格好だ。


「……それで」


 桂の声が急に凛とした響きに変わった。


 思わずギクリと首を竦める。


「いつまで隠れているつもりなの?」


 凛とした声音のまま誰かに向かって訊ねる。


 ヤバイ。バレてた……?


 そう思っても出ていけないでいると、俺が隠れていた所とは反対側から誰かが姿を現した。


「やっぱり、姫咲」


「姫咲!?」


 えっ!?姫咲!?


 桂だけは気付いていたらしく、


「困った子ね」という表情で姫咲を見る。


 姫咲はバツが悪そうに舌を出して笑った。


「えへ。バレてた?」


「当然でしょ。それに、はぐれたのも意図的にでしょ」


「あは。さ〜すが桂。お見通しね♪」


 どうやら今回の騒動は、もともと姫咲が仕組んだ事らしい。


 一体どの辺りからそうと気付いていたのか知らないが、姫咲の魂胆まで彼女にはお見通しだったようだ。


 その魂胆とはまさに、先程の桂と社の会話の事で、姫咲なりに2人に仲良くなってほしいという願いからの事だったらしい。


 きっと桂にはそんな姫咲の気持ちまで分かっていたのだろう。


 だからこその即決だった、という所か。


「それじゃ、やっと姫咲も姿を現した事だし、邪魔者は退散するわ」


 明るい声で半分呆れたように言うと、桂は姫咲が隠れていた方から階段へ向かった。


 俺は慌てて追い掛けた。


 また見失うなんて事はしたくなかったから。


 でも、それだけが理由じゃない。


 何かが俺の中で不具合を感じさせたからだ。


 ……何が?


 妙に晴れ晴れと微笑んだ事が?


 明るい声だったのが?


 何が、こんなに気になるのだろう?


 何が……


 こんなに俺の不安を掻き立てているのだろう?


「桂!」


 階段を数段降りた所で呼び止める。


 驚いたのか、弾かれたように俺を振り返り、しかし俺の姿を見た途端にホッとするように笑んだ。


「希……」


 呼ぶ声に力はなく、今にも倒れこみそうな不安に襲われた。


 すぐに階段を降り、桂の傍に寄る。


「いたのね」


 少し恥ずかしそうに俯きながら、桂は言う。力なく。


「うん、ごめん……聞いてた」


「うん……」


 さっきまでの桂は力いっぱい虚勢を張っていたのだと、今の桂を見て思う。


 痛々しい……。


 そうだ、傷付いてないわけがない。


「ごめんね、希。いつも心配掛けちゃって」


 また、そんなふうに人を気遣う。


 いいのに。


 たまには気を抜いても、いいのに。


 なぜ彼女は、こういうふうにしか人に接する事ができないのだろう?


「桂」


「はい」


 返事する声が、弱い。


 目を、合わせない。俯いたままだ。


 不安になる。


 このまま、桂が消えてしまうのではと、不安になる。


 桂……。


「家に、帰ろうか」


 だけど、その不安を無視して、できる限り柔らかい声で提案した。


 桂は、たぶん今日はもう、姫咲と社が2人でいる所を見たくはないだろう。


「……うん」


 答えが声は、小さいままだったけど、桂は顔を上げて、小さく笑った。


 だから、俺の提案は間違いではなかったのだとホッとする。

 残る階段を並んで降り、祭りの明かりの方へと足を踏み出した。


 その時。


「あ!希!もしかしてあんたも神社にいたの!?」


 階段の上から呼び止められた。


 振り返ると、当然それは姫咲で、その横にはしっかり社もいる。


 こっち来んの早過ぎだろ。


 そんな文句が頭に浮かぶ。


 何でこうもタイミングが悪いんだろう。


 せっかく、桂も持ち直したというのに……。


 隣の桂を見ると、そこにはただ、真っ白な肌をした女の子がいた。


 一瞬ゾクッとするほど彼女の肌は白くて、白過ぎて……


 その目は姫咲を見上げているようにも、何も見ていないようにも見えた。


 ああ、今、桂は傷を抉られた。


「……いたよ。てか、2人のんびりしてけば?俺達、先に帰っとくし。行こう、桂」


 これ以上、桂のこんな表情を見ていたくなくて、乱暴に言い捨てると、俺は桂の手を取ってさっさと2人から遠ざかった。


 そのまま小走りで祭りの中を抜ける。


 時々、人とぶつかったりもしたけど、その足を緩めることなく、ひたすら真っ直ぐ露店が並ぶ通りを抜けた。


 抜けた後も、しばらくは桂の手をつかんだまま小走りで家の方へと向かった。


 だって……手が、離せなかった。

 桂の手は冷たかった。


 夏だというのに、ひんやりしていて。


 俺がその手を掴んで祭りを抜ける間にも暖まる事はなく……


「希」


 そう呼ばれて立ち止まるまで、彼女の手は冷たいままだった。


「……ごめん。走らせちゃった」


 でもその手の冷たさに気付かないフリで笑う。


「ううん。いいの。いいの……」


 そう言って首を横に振る。


 目を伏せ、何かに耐えるように眉間に皺を寄せ。


 小さく、そっと息を吐いた。


 いくら街灯しかともっていない暗闇の中と言っても、これだけ傍にいれば表情ぐらい分かる。


 手を離すのが躊躇われた。


 手を離したら、彼女のこの手の冷たさだ、もしかしたらそのまま、霧のように消えてしまうかもしれないと不安を抱く。


 でも、人間が消えるなんて有り得ない。


 だから、そっとその手を離した。


「のど、渇かない?走って来ちゃったし、せっかくのお祭りなのにあんまり買えなかったし」


 あえて明るく、桂の表情に気付いていないフリで訊ねる。


「すぐ近くに公園あるし、自販機でいいならお詫びに奢るよ」


 と、数メートル先にある公園の入り口の横に立っている自販機を指す。


 桂は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに小さく微笑んで、


「じゃあ、お言葉に甘えてご馳走してもらおうかな」


 と応えてくれた。


「ん。何がいい?」


「そうね、紅茶……ストレートがいいな。あれば。なかったら普通のお茶で」


「了解」


 注文を受けて自販機に向かった。


 桂は先に、公園に行っていると言って、入り口から入っていった。


 ……ごめんね、桂。もしかしたら君に、無理をさせてしまったね。


 辛い表情を見たくなくて俺が今誘ったって事、人の気持ちを推し量る事が美味い君にはきっとバレているよね。


 だから、笑ってくれたんだよね。


 ごめんね。


 謝っても仕方ないって事は分かってる。


 でも謝る事しかできないのも事実。


 だからごめん。


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