第15話:人混み
祭の本番は、午後8時から上がる花火だというのに、露店が並ぶ通りは大勢の人々でごった返していた。
所狭しと並んだ露店で、もともと狭い通りが更に狭くなっている。
「歩きにくい」と言うよりも「流される」という感じの人混みに、俺達は少し腰が引けてしまった。
「うっわ。多……!」
姫咲の感想は短いが、それだけ驚いている事が伝わりやすい。思わず唾をゴクッと飲んで頷いてしまうほどだ。
「こう人が多いとはぐれそうだなぁ……」
4人の内で一番年長の社は、大人であるからなのか少し冷めた感じで、しかし保護者としては的確な心配を呟く。
「帰りたい」
思わず言ってしまった。
その素直な言葉に、姫咲が俺をチラリと睨んできた。
お前だって、一瞬「ゲッ!」て顔したじゃないか!
と思っても口にはしない。
「せっかくのお祭りで、なんて気分を害する事しか言えないのかしら?この口は」
そう言って姫咲は俺の頬をギュウッとつねる。
「ご……ごめんなひゃい……」
痛みを堪えて涙目になりながら謝る。
「分かればよろしい」
パッと放され、解放されてもなお痛む俺の可愛いほっぺたを自分でよしよしする。
なんて暴力的な女なんだ。せっかくの浴衣も、これじゃあ台無しだ。
俺はしばらく、頬をさすりながら姫咲の事を恨めしげに見ていたが、俺の視線に気付いた姫咲が振り返る瞬間に目を逸らした。
もしここで、目が合ったりしたら第二の攻撃がきたに違いない。
「で、どうするの?」
姫咲が社を見て質問する。
社の「はぐれそう」という言葉が気になったのだろう。
「はぐれない」ようにはどうする?という意味の質問だ。
「う〜ん、そうなぁ……。希、お前、携帯、持ってきてるか?」
「え?ああ、持ってるけど?」
今ドキの高校生で、出掛けに携帯を持っていかない人はいないと思う。
その今ドキの高校生に俺も加わるわけだが……俺が持ってきていないと思ったのだろうか。
いや、単なる確認作業かもしれない。
「よし、じゃあ、別行動しよう。俺ら2人と希と桂の2人。桂の事、任せたゾ☆」
パチッ
とウィンクを俺にして、姫咲が何か反論しようと口を開く前に、たったか彼女の手を掴んで人ごみの中に入って行った。
なんか、こうやって別行動するのにやたら慣れているように感じるのは……
奴がそれだけ年を取ってるってことだろうか?
「……きもっちワル」
ボソッとした呟きに振り返ると、桂が眉間にこれ以上は無理だろ、ていうぐらい皺を寄せ渋い顔をつくっていた。
社の、最後のウィンクにとどめを刺されたんだろう。
うん。その気持ち、痛いほど分かるよ、桂。
「立派な大人が、“ゾ”はないよな、“ゾ”は」
あえてウィンクには触れず、同意を示す。
「ええ、ホントに」
渋面のまま、社と姫咲が消えていった人混みを見つめて桂が相槌を打つ。
しばらくそのまま人混みを見つめる。
ザワザワザワザワ
太陽も沈みきった街の通りに、露店の明かりは煌々と、しかし揺れるように妖しく存在している。
それは蛾にとっての誘蛾灯みたいなものだろうか。
人々がふらふらと吸い込まれている。
楽しそうに笑う浴衣を着た女性、はしゃぐ小さな子供。
手を繋ぐカップル、かき氷を手にする女の子……。
少し離れた所から見るお祭りというのは、ちょっとした異空間のように感じる。
「ふぅ……」
異空間を見る俺の横で静かに桂が息を吐いた。
眉間の皺はなくなっていた。
「行こうか、桂」
努めて柔らかく笑う。
桂も柔らかく笑って、
「ええ」
と応えた。
人ごみの中に自らの足を踏み入れる。
はぐれるかもしれないからと言って、姫咲と社のように手を繋いだりしない。
俺と桂は幼馴染みで、友達で……
手を取り合って歩くような関係じゃないことは、俺自身がしっかり自覚している。
手なんか、握れない。